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飛地物語  作者: 白くじら
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弱者たち

 コトハマでは着々と準備が進められている。

 フクラ、ミツシでの戦闘ができなくなった今、時間的に追い詰められたヘハチはコトハマへ決定的な戦力を投入する事しかできない。次の密輸船が来るまでにヨイチの首をすげ替えなくてはならないのだ。

 ただしコトハマは要塞である。

 村へ通じる道は街道筋一本。片側は舟の着け難い海、他の二面は切り立った岸壁になっている。分かり易いほど攻めにくい。

 その上、コトハマには蓄積された魔術の知識がある。

 盤石といえる。

 しかし、コトハマは準備を怠らない。彼女たちは、かつて自分達が弱者であった事を忘れていないのだ。隙を見せれば食い物にされる世界を生きて来た者達に慢心はない。それこそがコトハマの持っている最も危険な武器なのだろう。

「時間によっては霧の魔術は使えません。万全の準備が必要です」

 声高らかに取り仕切るのはエチュウで、左右をコトハマ随一の魔女であるアメノ、警備担当であるトモエが固めている。ユギリの姿は、ない。



 ユギリは自室にてヨイチの手当てを行っていた。

 ヨイチの怪我は順調に回復しているものの、まだ全快には至っていない。

「だいぶ良いみたいです……」

 ヨイチが恐る恐る様子をうかがう。ユギリはそれを黙殺する。

「……弓も引けましたし、走れもしました。まだ痛みは残っていますが、おかげさまで――」

「気を使われている感じがイライラします」

 言おうとしていた礼をピシャリと切られ、ヨイチは小さくなる。

「戦中ですから無理をしなくてはならない場面もあるでしょう。私はそんな事も分からない馬鹿女に見えますか?」

 もともと化粧をしなければ爽涼な印象を受ける眼元である。そこに怒りが加わると、冷徹な凄みを持つ。

 怒りの原因は、負傷している身を押してまで港に残る盗賊と教会兵を捉えに行った一件らしい。ユギリにしてみれば、「行くな、行く必要はない」と意思表示をした(術中であったため、あくまで視線のみであったが……)のにもかかわらず、軽々しくあしらわれた事が許せないのかもしれない。

「はあ」と溜息をつくのはユギリである。

 ユギリは湿布薬を取り替えている。ヨイチの脇腹には、まだ痛々しい青あざが残っていた。

「でも――無理は困ります。痛みを和らげてはいますが、軽症ではないんですよ」

「面目ない……」

「あの時点で、何か思い当たる所があったのですか」

「いや……可能性の問題でした。力を持て余した獣が長期間潜伏するには、相応の餌が必要なのかもしれないとは思っていたんです」


 教会兵が潜伏していた倉庫には大量の密輸品が納められていた。

 しかし、納められていたのはそれだけでは無かった。長期にわたる蟄居生活に対する彼等らしい配慮なのだろう――倉庫の奥には豪奢な部屋があつらえられており、十分すぎる酒と食料、そして何より優秀な玩具が置かれていた。泣く事も、叫ぶ事もできるが、拒否する事だけが許されない存在――奴隷である。

 ヨイチ等が踏み込んだ際、彼女は一糸まとわぬ姿で打ち捨てられていた。

 容姿から緑大陸の女性である事が分かる。

 生きてはいた。

 しかし、それが決して喜ばしい事とは思えぬほど焦燥していた。

 おそらく、コトハマの女性たちの助力がなければ社会復帰はできないだろう。哀しい事だが、彼女たちにはそのノウハウがある。


「……緑大陸にいた時です。数人の村人が捕縛されているのを見た事がありました。そして、彼等のうち女性や少年が連れて行かれるのを見た事があったんです。トクカワ王国は奴隷制を禁止していますから、まさかとは思っていましたが、港であの兵士に会って『いつから潜んでいたんだろうなぁ』なんて考えていると、ふと緑大陸の光景と記憶が繋がってしまったんです」

「あなたが行く必要は無かったでしょう?」

「コトハマの兵士たちだったら間違いなく侵入してからの暗殺を選ぶでしょう?追い詰められた奴等なら最悪の口封じをしかねないと思ったんです。自分なら催涙弾で燻り出す事が出来るかと……」

「可能性だけで……何も見ていないのにそこまで考えていたんですか?」

「思い付き半分でしたが……でも、結果は最悪でした。最悪の形で想像が現実になってしまいました……」

 ユギリの手がヨイチの胸に置かれる。

 治療ではない。

「最悪ではないですよ。彼女は回復します。今は全てが黒く、霞んで見えるかもしれませんが、世界はもともと複雑な色に満ちているでしょう?時間と適切なケアさえあれば、彼女の目はそれらをきちんと見通すことができるようになりますよ。明るくなる必要なんてありません、あるがまま受け止められるようになればいいんです」

「……お願いします。自分も兵士として、彼等に加担していた身です。他人ごととは思えない」

「傲慢はいけませんけど、全部を背負うことも許しませんよ」

 ユギリは微笑みながらヨイチの頬をつねる。

「それよりも――」

「なんですか?」

「ヨイチ様が女心を読めないのは、たくさん、色々な事を考えているからなんだって分かりました。納得です」

「やかましい」

 ヨイチは上着に手を伸ばしたが、ユギリがそれを遮った――。

 



「ヨイチ様、治療は終わりましたか」

 状況確認のため指揮所へ向かうとエチュウに尋ねられた。ヨイチは思わず必要以上に頷く。

 何かを察せられたと感じた。

「可愛いでしょう」

「はあ……」

「女は我儘で難しいから可愛いのですよ」

「見解の相違がありそうですが……」

「それはあなたが本当の男になっていないからです。男は女が可愛いモノです。そして、女というのは我儘で難しいのです」

 ヨイチは眉間に皺を寄せて、しばらく間を空けてから言う。

「進行状況を教えてください」

 エチュウはカラカラと笑う――。


「まず、各部隊の布陣だが、今回は霧の掩護が受けられない可能性もあるので、比較的オーソドックスな形にしてある。」

 話始めたのはトモエだ。

「なんで霧が使えないんですか?」

 それにはアメノが答える。

「この季節、夜であれば霧の発生しやすい条件が整っておりますので我々の力も届きましょうが、攻めて来るのが日中であれば……」

「なるほど。すみません、続けてください」

「ん、ああ、わかった。まず、敵の侵入だが間違いなく街道からになるだろう。一応、岸壁の警備に人員は割くつもりだが、基本的に街道を主に対歩兵戦を想定して組み立ててみた。フクラやミツシでの戦闘方法を見る限り、騎兵も混ざっていると思われるが、コトハマは入口に馬では上がれない段差がある」

「ミツシには起動力のある斥候部隊が送り込まれたって聞いていましたけど、それらの対策はどうです?」

「相手方にヘハチがいる以上、斥候が深く入り込む必要もないだろう。もし、威力偵察をしようとしてもミツシを襲った程度の輩なら問題ない」

「それもそうか」

「むしろ、がっちりと陣形を組んで攻めてこられた方が難しい」

「というと?」

「コトハマの戦術はマヤヅルで培われたものだから、原則ゲリラ戦だ。戦力が劣っている中で、固まられていると崩すのは難しい」

「そうか……ならそれは私がやりますよ。このポイントからなら街道からの通りを見渡せるし、打ち下ろしだから距離も稼げる」

「ああ、それは頼もしい。そこで陣形を崩せてもらえたら後はこちらに誘導する」

 トモエが地図に示された袋小路を指す。

「ここは盲目的に通りを進むと入り込んでしまう行き止まりだ。この脇から延びる細い階段を隠してしまえば、間違いなく誘導できるだろう」

「昼間だと魔術のサポートは難しいんですか」

「雨でなければユギリさんと香料での攻撃ができます。ここだけでじゃあなくて、敵を集める箇所をいくつか用意してくだされば一網打尽にしてみせましょう」

 アメノがいくつか候補地を示した。トモエも頷く。

「頭数では敵わない。勝つためにはどうやってもアメノ達のサポートが必要になる」

「雨の日でも機能する魔術はあるんですか」

「今仕込みをしている所ですが、ジャミングという手段があります。所々に仕込んでおいた鐘と大気中の水滴を共鳴させることにより、意志疎通を妨害したり、場合によっては三半規管の麻痺を起こします」

「凄いじゃないですか」

「でも、味方にも均等にかかってしまうので、エリアの設定が難しいんですよ」

 アメノが腕を組む。

 彼女の仕草もユギリと同じで完璧に整えられているのだが、どこか媚びるような甘さがあり、ヨイチには強い。

「いずれにしろ兵はポイントへの誘導だな。施設の確認が終わったらさっそくフォーメーションの訓練にはいろう」

「私たち(アメノを含んだ魔女たち)との連携も稽古しておく必要がありますわ」

 ヨイチは頷く。

「じゃあ、私は射撃ポイントを確認しておきます。エチュウさん、奴等がいつ襲いに来るかは分かりません。住民にいつでも対応できるように注意喚起を願います」

「分かりました。トモエもアメノも、くれぐれも不注意で命を落とすことがないように頼みますよ」

 エチュウの祈りにも似た激励で意志確認は終了した。

 完璧はない――。

 ここにいる誰もが認識している。



 

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