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飛地物語  作者: 白くじら
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拾う

 その扉はやはり朽ちた建物側にあった。

 幅2間はある開口部が、崩れた酒屋側に設置されている。明らかに建築当時には無かっただろう配置に、ヨイチは明確な意図がある事を確信する。ただ、厳重に施錠された扉をここで破壊する訳にはいかない。確認したい気持ちを無理やりねじ込み、ヨイチはその場を離れる決心をした。

 既に深追いした感はあるが「今は答えを急ぐことよりも、間違えないようにすることの方が大事」と自分に言い聞かせる。

 しかし、上手く隠したものだ。

 一見すると潰れて入ることが出来ない酒屋だが、実は玄関を塞いでいる梁は簡単に持ち上げることが出来る。一度入ると、中は意外に広く(酒甕が並べられていたのだろう)コンテナを持ち込んでも十分に余裕があるぐらいだ。ますます濃くなる疑惑に、ヨイチの神経はつい思考に奪われる。

 ――説得に応じるだろうか。

 たとえ麻薬の密輸でなくとも、その行為は止めなくてはならない。誰も被害者のいなかったコトハマの誘拐とは違い、密輸とは経済原理に唾を吐く行為だ。容認される隙間はない。

 ヨイチは考える。

 考えてしまっていた。

 そして、今は考える時間ではなかった。結果、不意打ちを許した。

 体重を乗せた打ち下ろしの大剣である。とっさに出した左腕に例の化物弓を持っていたおかげで刃の直撃は防げたが、剣の平で思い切り左肩を打ち付けられた。

 衝撃で横に転がりながらも、瞬間的につがえた矢で相手を穿つ。

 しかし、十分に引き絞られなかった矢は相手の大剣を弾き飛ばしたが、胸当てには刺さらない。次の矢をつがえる前に突進を許した。人間の感触とは思えない衝撃が腹に刺さり、思わず弓が手から離れる。

 相手も剣に固執していないようだ。続けざまに頭部へ拳が飛んで来る。拳は何とか避けられたが、その腕に引っかかる形でヨイチは後方に吹っ飛んだ。

 強い――。

 ヨイチはようやく相手を視界に捉えた。

 それは見慣れた姿の男だった。

 銀色の胸当ては兵士の命を守る為のものではなく、装飾品として大衆を鼓舞する目的のものだ。青いマントは騎乗を許された者の証で、胸に光る金のメダルは殺した者の数を示す。

 装甲は胸当てだけの軽装だが、間違いなく聖教師軍の兵士。しかも、その佇まいは、どっかのお坊ちゃん騎士や、くされ盗賊とは違い、明らかに返り血で洗練されていた。

 身長はヨイチよりも十センチは高い。がっちりとした体格に、金髪の髪が栄える。口元に浮かぶ嘲笑で、褐色の肌と白髪を持つヨイチ達山岳系民族を蔑んでいる輩だと分かる。

 お互い、転がっている武器を取るつもりはなかった。大きな剣も、化物弓も室内で使うには勝手が悪い。一方はこの状況を楽しみながら、一方は仕方がなく飛び出す。

 拳が交差する。

 男の顔が大きくのけ反るが、左腕がヨイチの襟首をがっちりと掴んだ。しまったと思う前に、背中から床に叩きつけられ、あまりの衝撃に肺の空気が一気に無くなる。「踏み潰される」と思ったヨイチは必死に兵士の脚を掴もうとするが、振りほどかれ、蹴り上げられる。

 飛ばされながらもヨイチは態勢を整えるが、男は更に突進を加えて来た。

 恐怖しかない。

 ヨイチはとっさに右足を踏ん張り、肩から突っ込んでくる男の顔面に肘を合わせる。狙ったというより、多分の偶然を含むんだ一撃に相手は膝をつくが、返す大ぶりのフックをガードしきれずヨイチの顔が大きくねじれる。

 一瞬、飛んだ意識を必死でつなぎとめてヨイチは気力だけで正面を向くが、腹部に深々と前蹴りが突き刺さる。胃の内容物が飛び散らせながら、ヨイチは死を覚悟した。

 しかし、である。

 ヨイチの吐しゃ物を避ける様に相手が一瞬、突進をためらった。

 その隙ともいえない一瞬で、ヨイチは矢筒から矢を取り出す。化物弓につがえる矢は十分化物だ。小さな槍に見えなくもない。しかし、男は構わず拳をふるってくる。

 ヨイチは必死で躱した。

 もう、攻撃する意志はない。ダメージに浸かった脳で思いつくのは、どうやってこの場を逃げ切れるかどうかの算段だけだ。必死で攻撃を避け続ける。

 

 一方で兵士の男は、この突然の不届き者の正体を暴く気はなかった。

 彼は秘密の守護者であり、それ以上の思想も哲学もなかった。ただ「主によって肌を焼かれた種族のクセに、潔白の肌を持つ私に手を上げるなんて生意気」だと思っただけだ。

 そして、その仕事も終わりかけている。

 侵入者は反撃する事を諦め、唯一所持している凶器の矢を握りしめて逃げ回っているだけだ。逃げながら主に謝罪の言葉を訴えているようだが、男にははっきりとは聞き取れなかった。

 しかし、男は思う。

 主は忘れない。過去にお前ら山岳系民族が犯した罪を――。

 だから、その願いは聞き取られないはずだ。いくら願っても、頼んでも――。


 ヨイチは必死で逃げる。

 逃げながら必死で唱える――。

「いついろのおと いつかたにとりはえて……」

 矢じりの後ろに虹色の球体ができ始めた。

「まよいくりて はらいたまん……」

 男の拳がヨイチのガードした左腕に直撃し、お互いが後ずさる。その間の空間へ、ヨイチは矢を投げつけた。もちろん、鼻と口を上着で押さえながらだ。

「――はぜたまえ」

 くぐもった声に呼応し矢は爆ぜて、煙と光が飛び散り、室内は騒然となる。

 魔獣ものたうち回る催涙弾を、ただの人間が無防備に浴びてまともに行動できるはずがない。叫ぶ男を置き去りにして、ヨイチは弓を回収しつつ廃屋を飛び出した。

 痛む体と、沁みる目に耐えながらであるが「拾った」命を握りしめる。

 

 夜明けはまだ遠い――。


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