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飛地物語  作者: 白くじら
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隠れない要求

 ヨイチはたっぷり2時間は待たされた後、執務室へと通されることになった。

 外は薄暗くなっていたが、早々と灯された照明のおかげで館内は明るい。美術品たちは人口の光によって陰影を濃くして、その表現力をさらに高めていた。

「どうぞ、お入りください」

 使用人が押し開いた両開きドアの先に歩を進めると、ここの実質的主である代官ホウジョ・マサゴがいた。

 部屋は明るく、他にもまして精緻な工芸品、美術品で溢れている。何より、中央に掛けられたタペストリーに描かれた、どこか虚ろな女性の姿が威容な存在感を放っている。

「これはこれは、ヨイチ様。長きにわたる遠征から、よくぞお帰りになられました」

 ホウジョ・マサゴは、くるりと頭を剃り上げた壮年の男性である。立派に手入れされた口ひげは最後に少し跳ねていて、どこか愛嬌があった。背は高いが、痩せていて、高い鼻が鳥類を思わせた。

「ただいま戻りました」

 ヨイチの報告に、マサゴは着座のまま、繊細で色気のある右手で目の前の席に促した。

「さあ、どうぞ、座ってください、長旅でお疲れでしょう」

 前領主の実弟に対する態度としては不遜な態度だが、その行為を否定するほど、ヨイチは世間知らずではなかった。継承権の持たない貴族の息子など、騒乱の種にしかならない。しかも、凱旋帰国というわけでもないのだ。笑顔を作ってくれるだけでも、良しとしなければならない。

「ありがとうございます。兄の葬儀にも帰らない薄情な弟としては、全ての荷物を背負いこんでくれたマサゴさんには感謝のしようがありません」

「いやいや、そう言ってくれますな。たまたまお兄様の一番近くにいた古株が私だったということで、こんなことは先代から教育を受けた者にとっては当然のことですよ」

 ヨイチは背もたれのある椅子に浅く座った。

「まず、お待たせした事を謝らせていただきたい。何せ、先ほどまで聖教師どもが抹香臭い理屈を並べていましてね、やれ最近の生活魔法の流入が、教会の不文律を侵しているとか申しましてね。いやはや、坊主という人種ほど強欲な生物はいませんな」

 坊主の陳情は珍しい事ではない。

 というより、世界の常識になりつつある。

「そんなに生活魔法が普及しているんですか」

「ええ、ヨイチ様が出征された頃と比べれば、それはもう。やはり、南聖教師軍の影響が強いのでしょう、教会にとっては邪法とはいえども、市井の者にしてみれば生活を豊かにするものですからな。有意義な技術が商人などを通じて市場に流れているそうです。ほら、この館で使っている照明技術も新しいモノですよ。今まで聖導師達が生成した燃焼魔法を炎で着火させていましたが、これは昼間の光を蓄積し発光するんです」

 マサゴはおもむろに燭台を引き寄せて、小石ほどのガラス玉のような光源を持ち上げて見せた。

「どうです。この光は熱くないのですよ。しかも、坊主達から安くない金で燃焼魔法を買う必要もない。いや、教会はもちろん教典に反する邪法だと言って強硬策をとろうとしていますがね、ただ、便利な技術というのは川の流れと一緒で留めることはできませんな」

 ヨイチも、マサゴからそのガラス玉を渡され、柔らかな光源を手のひらで弄んだ。

 確かに、「緑大陸」で用いられていた「光玉ひかりだま」だった。

「もしかして、ヨイチ様は向こうの大陸で、ご覧になったことがあったのですか」

「ええ、まあ……。しかし、この館の光源は全てこいつだったんですか」

「いや、一部です。実は、この照明は南聖教師軍に随行した商人達が、教会の目を盗んでここに運び込みましてな、この便利な道具を普及させるために領主自ら教会と交渉してくれと頼み込むのです。私としても、邪法の産物とはいえ安全が確認できれば立場上、拒否はできません。まぁ取り敢えず安全確認のためと言ってこの館で実験的に使用してみるということになったんですな」

 マサゴの口元がにやりと歪む。

 ヨイチもその意図を理解した。

「時間を作り出したんですね」

「さよう!なるほど、流石はコムギ様の弟君でいらっしゃる。まあ、本音で言いますと、私は信心深い方ではありませんので、商会と教会がきちんと住み分けをしていてくれれば、それで良いのです。しかし、彼らは水と油ですからな、片方は危険を顧みず新しい道を求めていきますし、片方は安定と既得権益にすがる。いやはや、頭の痛い問題です」

「しかし、交渉の時間を設けても、教会が光玉を認めるでしょうか」

「確かに。彼等が信じる魔術加工論には単念主義が付きまといますからな――」

 マサゴは忌々しいとばかりに机上の聖典を指先ではじいた。


 この地球上で、恣意的に空間内の自由魔力原子を利用できる人間は、全体の10パーセントに満たないと言われ、この白大陸に限定すれば、その人間はほぼ教会に属していてるのが現状である。つまり、燃焼などのエネルギー媒体は全て教会が独占しており、その市場独占権が絶対的な支持力に、実力を添えている遠因である。

 ただ、教会が宗教団体である以上、煩わしい教義からは逃れられない。彼等は教典の解釈によって、複合魔術加工を禁止している。

 複合魔術加工とは、一つの物質に、いくつもの魔術加工を施すことを指す。つまり、分解しにくい固形物に「燃える」という施術をする単念魔術加工は許されるが、「光を蓄積する」「同じ光量を出す」「衝撃によって起動」と、最低でも三つの施術がされている光石は邪法とされる。

 この一見無意味な規制は、世界が創造主の一念によって誕生した、という基本的な思想を持つ教会によって頑なに守られてきた。


「『人よ在れ――』ですね」

「厄介なものです。しかし、聖職者である彼等も人間です。人間である以上、欲望がある」

「取引はできると」

「欲望を持たない人間とは話をすることは出来ません。一方的に聞くか、話すかをするだけです。しかし、人は常に何かを求めている。金、女、土地だけではありません、名声、人望、死後の栄光を求めている人もいるでしょう。それを理解すれば、交渉の場に引きずり出すことが出来ます。『与えれば答える』と言っているのは聖典ですからね」

「なるほど、街が発展した理由が分かります」

「大事なのは相手が何を求めているかを見極めることです。狡猾な人ほどそれを相手に掴ませないものですが、私にはヨイチ様のお父様の時代から培った経験があります」

 マサゴは腕を組み、目を鋭くヨイチの視線に絡めた。

「さあ、ヨイチ様、始めましょう。前段は終わりにして、そろそろお互いの要求をぶつけあいましょうではありませんか。私の懐は厚く、あなたは薄い。形成は有利とは思いませんが、あなたの意志をお聞かせください」

 ヨイチは身構えなくて済んだ。

 最初から浅く腰かけていたから――。


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