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飛地物語  作者: 白くじら
19/61

それぞれの問題

「あらあら、わざわざ許可など取らなくても良かったのに、ご苦労ですこと」

 ユギリをミツシへ派遣する許可はあっさりと下りた。

「ありがとうございます。これでニノ村長(ミツシ村長)にも顔が立ちます」

「例のピクニックの事?」

「ええ、ニノ村長が積極的に宣伝してくれたおかげでミツシ村での評判は良好です。正直助かっていますよ」

「フクラは相変わらず?」

「そうですね……住民に浸透しているとは思うんですが、今一つ抵抗があるように感じます。まあ、こういうのは急いで良い事はありませんし、のんびりやりますよ」

「そうですね、それが良いでしょう。あれでもフクラ村長(|オオマ・ヘハチ)はこのマヤヅル半島の代表者という自覚のある男です。軽率な行動をしない代わりに、慎重になり過ぎるきらいがありますわ」

「覚えておきます」

 ヨイチは恒例になった世間話の後、席を立った。


 外に出ると、相変わらず見事な庭園である。ユギリから、ここの生育魔術について少しづつ話を聞いているが、それは魔術というより技術作品に近い。事実、殆どの作業が手作業で行われていて、魔術は作業工程を短縮させる程度しか機能していない。つまり、この複雑な庭園は、それだけの知識と手間が投入されているという事になる。

「早かったですね」

 振り返ると、網に入った落ち葉を大量に抱えたユギリが立っていた。ヨイチは自然に手を伸ばす。

「二つ返事で許可を頂きました。忙しいとはおもいますが、ミツシの件、よろしくお願いします」

「分かりました。出来る限り頑張ってみます」

 細い腕で小さくポーズをとる。

「この大量の葉はどうするんですか」

「そこのミズバシラ草の所に撒いて頂けますか。この子達は寒さに弱いので、今のうちからこうやって落ち葉を敷き詰めておかないと花を付けないんです」

「落ち葉だけで大丈夫なんですか」

「少し、細工をします。広い空間で育てるのであればこのままでも大丈夫なんですが、直ぐ脇にヒグレナグサがあるので土に苦みが出てしまうんです。ですから落ち葉を発酵させて、少し土壌改良をしないと……よいしょ」

 高さ二十センチ程度の単子葉植物が密生しているところへ、二人は落ち葉を大量に撒く。

「それではヨイチ様、少し離れていてください」

 ユギリは懐から小瓶を取り出すと、優雅な手つきで蓋を取る。瓶の中身は黄金色をした液体で、揺れながら淡い光を放っているように見えた。ユギリは目を閉じ、指先を瓶の縁から中空へと移動させる。すると、液体が細い糸状に伸びながら飛び出し、ユギリの前方に雲の様にまとまった。

「届きなさい――」

 ユギリが指を振り下ろす。その動きと声に合わせて、黄金の雲は落ち葉の敷かれた地面へ吸い込まれていく。

「なるほど、気化させる術と、届かせる術だ」

 ヨイチは思わず声を上げる。香りを使う魔術において必須となるのが、安定した液体の状態から気化させて広範に拡充させる技術と、特定の相手に届かせる技術だとは聞いていた。

「羽根などに染み込ませておけば最適のタイミングで発動させる事ができるし、風を無視して必要な領域に毒を満たす事もできる……恐ろしい技術ですね」

 ユギリはくすりと笑う。

「また毒とおっしゃいました?」

 ブルブルとヨイチは首を振る。

「フフフ、まあ、これは毒と言って頂いても過言ではありませんが……」

 ユギリがクルリと指を動かすと、金色の雲が一筋、ヨイチへ向かって流れていく。眼前を過ぎる粒子の流れに思わず触れてみたくなるが、「毒」と言われればそうもいかない。ただ眺めるていると……。

「ん……ん?……臭い!うおぁクセェえ!」

 ユギリが悪い笑顔でヨイチを睨む。

「発酵を促す為に、特別に調合した液体です。触れると、一週間は臭いが取れませんからお気をつけて」

 ヨイチは咳き込み、悶絶する。涙に滲む視界の隅でユギリはニヤニヤと笑っていた。



「ひどい目にあった」

 ヨイチは切り立った海岸沿いを縫うように進んでいる。鼻腔に残る刺激臭を潮風で洗いながら、目指すのはマンジのあばら屋である。

 コトハマにも男達はいる。しかし、その数は少なく、村の中心には住むことが出来ない。マンジもその例に違わず不便な村はずれに住んでいるのだが、ヨイチとしては何もここでなくても良いのではないかと思ってしまう。風は強く、真水は手に入りづらい。

「どうも、御無沙汰してます」

 適当なノックの後、返事も待たずにガチャリと扉をあけると、マンジは何やら鉤状の金具を研いでいる所だった。

「これはこれはヨイチ様、ようこそいらっしゃいました」

 ヨイチの姿を見ると、マンジは作業を中断して腰を上げた。「お構いなく」と手で制するのだが、「ちょうど休憩しようとおもったもので」と言われ、仕方なくヨイチは腰を下ろした。間仕切りも何もない、本当に簡素な小屋である。もともとは海女用の休憩所だったらしいのだが、もっと立地条件の良い場所に新築したため、空き家になっていたところをヨイチ達が低額で譲り受けた。一応、名目上はマヤヅル行政庁のコトハマ出張所ということになる。

「生活はどうですか?」

「おかげさまで、穏やかに過ごさせていただいとります」

「コトハマの海女さん達には好評みたいですね」

「ええ、これでも長らく漁師をやっとりましたから、道具の良し悪しぐらいは分かりますわな」

 出された飲み物は海藻の入ったお湯……お茶のつもりなのだろう。強烈な磯臭さが鼻を蹂躙する――のだが……。

「うまい!」

 マンジがとてもいい笑顔を向ける。

「こんなモノしかありませんで」

「いや、着飾った輩が、気取った手つきで飲む紅茶の百倍上手い」

 素直な感動である。マンジは、大げさなヨイチに多少困惑しながら自分も腰をおろした。金属の摩耗音がしなくなって、室内には波の音が響く。

「コトハマは住みやすい土地ですな。年寄にも生きる場所があります」

「そうみたいですね。しかし、男性には厳しいと聞いていますが」

「確かに、男には後見人を付けてくれないっちゅう話ですが、最低限の食べ物は分けてくれます。こうやって道具を直したりする仕事ができなくなっても、皆に支えてもらえるってのは幸せな事ですなぁ。手が動く内に精一杯頑張ろうって思いますわ」

 治安維持部隊を担うコトハマならではの利点だろう。

「フクラではそうはいかないですか」

「……まあ、そうですな……」

 マンジはフクラの事になると口が重くなる。忠誠心からくるものなのか、罪悪感からくるものなのか、いずれにしろ理解できない感情ではない。

「猜疑心……ですかね」

「……さあ、どうでしょうねぇ。ただ、我々も元をただせば脛に傷ある身ですから、同じように流れてきた人間が真っ当な輩だなんて思っちゃいないんですわ。つまり、隣に住んでいる奴が犯罪者に見えてしまうってことですな」

「それがフクラが抱えている問題ですか」

「それだけってことじゃあないんでしょうが、まあそうでしょう。ミツシに住んどる連中は畑をやらなきゃならんもんで、土地が必要でしょう。よそ者が入りにくい。コトハマは軍隊ですから仲間で動けなくちゃあ話にならん。フクラだけが一人で動いていても支障がないんです。まあ、お恥ずかしい話になりますが、だからトビゴマの口減らしが続いてるって事なんでしょう。いや、その節はほんとに……」

 マンジは申し訳なさそうに頭を下げる。

「いえいえ……」

 ヨイチは手をひらひらと振る。

「しかし、まあ、コトハマは本当に住みやすいところですわ。問題も抱えているんでしょうが、それを引いても皆優しい。それぞれが苦労をしているからなんでしょうかねぇ」

「確かに皆優しいですよね。治安維持を担っているとは思えないぐらいですよ。まあ、早々に対策しなくちゃならない事もありますが」

 マンジの動きが一瞬だけ停まる。

「……人さらいの件ですかな」

 慎重に質問するマンジに、あえてヨイチは明るく答えた。

「ええ、お気づきですよね。というより、マヤヅル全体が黙認している。よそ者を早急に排除しようとする理由の一つでしょう?」

「そうですな……。どんなにやる気のない執政官でも、女しかおらん村の人口が減っていない事に気が付けば結論は出るでしょう。そうならん内に処分しておこうというのはヘハチ村長らしい考えですな」

「フクラ村長の独断ですか?」

「そこまでは分かりません。しかし、ここで起きることに責任を取らされるのは、やった本人とヘハチ村長だけじゃあないですかな」

「なるほど」

 ヨイチは残った海藻茶を飲み干す。マンジから見ると、その目に奇妙な光が宿っているように感じた。

「どうするんですか」

 マンジにしてみれば、コトハマが組織だった誘拐をしているのは必要悪であり、仕方がない事だと思っている。コトハマに身を寄せている以上、事を荒げて欲しくない。弁明の準備があった。

「心配しないでください」

 ヨイチはそれを察し、笑顔で制する。

「正直、誘拐の事実に気が付いた時はびっくりしました。まさかとは思いましたよ。でも、マヤヅルに着いてすぐに魔獣の餌にされそうになった立場からすれば、むしろ理由が一つ(ヨイチは『一つ』を強調した)分かって安心しているぐらいです。理由も、反論も理解してます。攫ってくるのは助けを求めている遊女か、もしくは孤児ですよね。大きい目線で見れば社会福祉とも取れる。しかし、このままでは、いつかトチリア、いや、遊女をかどわかしたなるとトクカワ王国から目を付けられるかもしれない。そうなる前に手をうたなくちゃなりません」

 マンジは驚きを隠せない。執政官自らが犯罪に手を染めると言っているのだ。

「まあ、そっちは安心してください。優秀な部下が良い案を考えますから」

 ヨイチは「御馳走様」といって席を立った。


 突然の退席にマンジは慌てて腰を上げる。粗末な玄関の前で「また――」と声を掛けようとしたところ、ヨイチは急に振り返った。

 瞬間――マンジは迂闊な自分を呪った。

 絶対的な隙を付かれ、何もできないマンジにヨイチは申し訳なさそうに言う――。

「その海藻茶……少し分けていただけませんか……」

 どうやら部下への機嫌取りに必要らしい。

  

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