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飛地物語  作者: 白くじら
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道すがら

 ヨイチが周辺の調査を始めて三日目である。今日も弓を担ぎ、インク壺とペン、記録紙を持って、フクラ北東の山林を進んでいる。

 草木の生い茂る斜面を上り、地形や植物に至るまで、詳細な記録を残す。記録は主観をなるべく排除した面白みのない箇条書きだが、それらが集まってくるとパズルのピースのように全体像が浮かんでくる。ヨイチは中腹の見晴らしの良い場所に立ち、眼下の景色と自ら記した記録の束を見比べた――。


 マヤヅル半島は傾斜が多く平地が極端に少ない。沿岸部に少しと、山間にポツンと窪地がある程度だ。その盆地とも呼べない小さな平地がミツシ村で、マヤヅルの穀物事情を一手に担っている。なるほど、これだけ山に囲まれたら潮風の影響も受けにくいのかもしれない。

 マヤヅルで特筆すべきは地質である。半島の東半分には溶岩質の岩肌が見えるのに、西半分は堆積岩が露出している。よって、溶岩質のフクラ、ミツシ村は水はけのよい土地柄なのに対し、コトハマ村は低湿地で採れる作物の種類が違う。

 街道はフクラにぶつかり、東へ向かうとミツシ、西へ向かうとコトハマに出る。軍港として栄えてたこともあるフクラだが、こうして見ると耕作地域が極端に狭い。とてもじゃないが、このエリアで兵隊の胃袋を賄うことは難しかっただろう。それはミツシの耕地を含めてもだ。

 おそらく、フクラの住民は長いこと海洋ルートを経由して持ち込まれた食材で生活していたのだろう。ところが軍港が閉鎖されてからは居住する人も減り、取引する食材も少なくなる。結果的に商人が寄り付かなくなり、自分達で食料を確保するしかなくなった。そうして生まれたのがミツシの村だと想像できる。もちろん、定住者が出て来る前から耕地として存在していた可能性は高い。

 一方で、地理的優位性のない場所にぽつんと存在するのがコトハマ村だ。なぜ、この場所に集落ができたのか不思議だったが、昨日、ヨイチはコトハマの女村長と接見し話を聞いて納得した。この村は軍人を慰安するために作られた。男性により造られた女性だけの村だったのだ。

 軍港に歓楽街はつきものである。命を枯らした男達を潤すことができるのは、女が躰からこぼす一滴だけだからだ。つまり、栄えた。

 完全にシステム化された村は、役目を終えた女も優しく見守ったらしいのだが、トクカワ王国のキタカント平定の余波はここにも及ぶ。売春が大幅に規制され、特定の地域でしか認められなくなった。ギャング組織との密約があったとも噂される理不尽な規制が施され、後ろ立ての無いコトハマは閉鎖。男達が散財する色町から一転、戦後で悪化した治安により何もかも奪われてしまう危機に立たされた。個人レベルで目を向ければ、文字通り、何もかも奪われた事例もあった。

 女達は結束し、武装した。

仕方がなかったからだ。

 しかし、もともと逆境から立ち上がってきた者達である。自らを守るため、女たちはあらゆる手段を講じた。これまで客が取れるように仕込まれてきた娘たちは、化粧道具を置き、楽器の変わりに剣を掴んだ。魔女狩りを逃れてきた女性を保護し、匿い、教会が達することができなかった攻撃系魔術の開発を行ったこともあるらしい。

 やがて、食べる事の出来ない餌に獣は興味が無くなって、次第にコトハマ村は人々の記憶の地図から消えていく。今ではその武力から、マヤヅル半島の治安維持組織として機能している。もし、コトハマが男社会だったら、マヤヅルは三つの村が混在する今の形にはならなかっただろう。「男は必要以上に欲する」と言ったのはコトハマ村長である。

 この二村をまとめるのはフラク村だ。

 武力と低湿地で採れる野菜を持つコトハマと、主食に欠かせない穀類を生産するミツシの間で、フクラは存在感を失くしているようにも感じられる。しかし、そんなことはない。彼らは港を持っていることで地理的にも精神的にも中心的な地位を維持できているのだ。

 というのも、マヤヅルの住民が外資を獲得する手段は海産資源以外に無いからだ。切り立った断崖に囲まれた地形では、大規模な工事が施された港以外に船を出すことができない。

 海産資源は加工され、陸路で最も近い内地であるサカワへ運ばれる。コトハマの人間が護衛に付き、ミツシの人間が耕作用の馬を運搬用に出す。フクラの人間は得た金銭をそれぞれ「護衛料」「運搬料」として各村に支払う。これがこの地域で行われてきた経済活動の姿である。


 ヨイチは頬を潮風に弄ばれながら、眼下の領地に完成されたバランスを見た。確かに人々は幸福で豊かな暮らしをしているとは思えない。しかし、システムが完成されていて、何かに変化を与えようとすると余波が弱者を襲う可能性が高い。しかし、今のままで良いわけがないとも思う。

 人々は生きるために生きている。それは動物として正しいのだろうが、完全に「損益」だけで生きる生活が何を作り上げるのか、想像しただけでうすら寒い思いもする。

 しかし、これをやればいいという確信も無い。思い付きで、培ってきた生活を壊す暴挙には出たくない。

 ヨイチは悩む。

 決して恵まれていない土地ではないのだ。溶岩が半島の半分を覆っているおかげで、地下水から飲み水を確保できるし、塩害もない。山は天領地であったせいもあり、人間が不要に手を入れていないため多様性に富み、天然食材も手に入りやすい。

 恵まれた土地だからこそ、脆弱な人間関係で生きてこられたと言えるのかもしれない。

 改革か?

 短絡的に考えれば、魔獣を退治して夕暮れ後も働ける環境を作る。持て余している治安維持部隊を漁へ向かわせ、漁獲量、加工品の生産量を向上。後はトチリアに派兵を依頼して盗賊を一層し、流通ルートの確保すれば……。

 いやいやいや。あり得ない。

 魔獣を退治すれば、おそらく盗賊たちの進出エリアが拡大する。そうすれば村との関係は見直されるだろう。しかも、山へ人間が不用意に進出すれば、多様性に富んだ山林が害され、豊富な食材を得れなくなる可能性もある。魔獣が動物を捕食し、バランスをとっている場合も考えられる。

 就労時間が増えることもそうだ。経済的に見れば発展かもしれないが、そんなものを求めていなかったら労役と変わらない。

 問題はなんだ?

ミツリは自問する。

 彼等は自分に、国に、何も望んではいない。絶望したからだろう。だが、そんな事が問題か?俺達に何ができる?何をすればいいんだ?

 もちろん、答えは出ない。


 思考の迷路に捕まったヨイチは調査をきっぱりと諦め、斜面を下り始めた。こんな状態で歩き回っていても意味はないと判断したらしい。帰り道は、コトハマ寄りのルートを選択した。

 このエリアは、急傾斜の多いマヤヅルでも比較的なだらかな地形で歩きやすい。針葉樹が比較的密集していて薄暗く、下草は少ないがキノコなどの菌類が多く育っていた。ヨイチは道すがら、調査を兼ねてキノコの採集をする。食糧を一か月分しか持ってきておらず、補給も絶望的な状況で、食材の延命措置は急務だった。幸い、戦地でサバイバル技術は嫌というほど身についている。

 キノコ採取のコツは「知っている種類だけを採る」ことだ。「これはどうかな?」と思ったら触ってもいけない。人は、何かを採り始めると頭より、手の方が決定権を持ちたがる。そこを耐えるのがコツなのだ。

検索と選別をしながら進んでいると、突然、正面の木々の間から光が差し込んだ。ヨイチは意図せず街道にぶつかったのかと思い、左手で日光を遮りつつ光の中に進み出る。

そこは、山林の中に突然現れた空地だった。フクラの村がすっぽり入ってしまうかのような広い範囲に、腰高のヨシが生い茂っている。周囲を針葉樹に囲まれるなか、昼過ぎの強い日差しが降り注いでいた。

「こんな広い空間が――。山火事の跡か――。」

ヨイチは目の前に広がる空地に若干戸惑いながら、ヨシの群生を押し分けて進んだ。背後にはくっきりと道筋が出来て、大海を行く帆船さながらである。

ふと、視界の隅に何かの気配を感じた。

反射的に弓を左手に取り、腰の矢筒に右手を伸ばす。しゃがみ込み、躰を草に紛れ込ませると、そのままするすると移動してからこっそりと覗き込む。

気配の主は、百メートルほど離れた場所にいた。膝をつき、何をするでもなく、ただそこにいる。

初老の男――。ボロ布をまとい、瘦せ細り、虚ろな目をしている。ここから見るに、袖の膨らみに違和感がある。おろらく、片腕を失くしているのだろう。

ヨイチは警戒を解かないまま、円を描くように近付いた。初老の男は、気がついていないのか、それとも興味がないのか、膝をついた姿勢から動こうとしていない。


 死角からヨイチはにじり寄る。

 男は微動だにせず、ただ何やらモゴモゴと口を動かしている。何かを唱えているのか、それとも誰かに語りかけているのか、ここからでは判別することは出来ない。更に接近を試みる。

 しかし、事態は予期せぬ方向へ向かう。

距離が数十メートルほどに近付いた時、ヨイチは周囲に漂う異臭に気が付ついた。獣臭と腐敗臭。ヨイチの緊張感は一気に高まる。穏やかな風が草場をさわさわと撫でる中、ヨイチの目は、男のすぐ後ろ、針葉樹の影に潜む魔獣の姿を捉えた――。

 その醜悪な姿は忘れようがない。瞬間、ヨイチは男に向かって駆け出した。

「逃げろ!こっちに来い!」

自然と声が出る。

走りながら、矢をつがえる。

しかし、男は動こうとしない。胸に手を当てて空を指差して祈り、目を閉じた。ヨイチは苛立ち、声を荒げる。

「何やってんだ、早く来い!」

先に動いたのは魔獣だった。木々の影から醜悪な姿を現し、激しく吠え始める。唾液を撒き散らし、狂ったように唸り、叫ぶ。

それでも男は動かない。

 ヨイチは腹を決めた。立ち止まり、照準を合わせ、弦を引く。口からは独特の節を持つ言葉が綴られはじめた。

「いついろのおと いつかたにとりはえて いついろのけむり いつかたにはぜて まよいくるいて はらいたまん かしこみかしこみ ただもうす」

ヨイチの言葉に呼応して、矢じりの後ろに直径二十センチ大の虹色に光る球体が出現した。表面には波紋のような模様がうごめく。

何かを感じ取ったのか、魔獣が勢い良く飛び出す。血走った目がヨイチの右目と交差する刹那、極限まで高められた弦の緊張が解放された。

音を置き去りにして矢は進む。その速度は、停止した空間を進んでいるかのようだった。

「――はぜたまえ」

 矢が魔獣の脳天を突き刺す手前、ヨイチの合図で球体が爆ぜた。激しい音が響くとともに、五色の煙が四方に飛び散る。さらに、刺激臭が辺りに広がり、点滅する光が視界を混乱させる。

「来い!」

 口元を襟で塞ぎ、手あたり次第に伸ばした腕で男の襟首をひっつかむ。頭上を、同じく手あたり次第に振り払う巨大な手が掠めた。

 ヨイチはそのまま男を小脇に抱え、引きずるように走り出す。音と光は当分止むことはない。

 

 空地を去る時、ヨイチはもう一度振り返った。音と煙はまだ魔獣を翻弄し続けている。

「約束は守ったぞ、ミツリ――」

 ひとまずホッと息をつき、男を見るが、その目に恐怖も感謝も認められない。未だ自力で走ろうとしない男に一抹の不安を覚えつつ、ヨイチは家路を急いだ。

 

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