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飛地物語  作者: 白くじら
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最初の仕事

 太陽の光が戸板の隙間からさしている。

 ヨイチとミツリは二日連続の寝不足で憔悴していた。たっぷりと用意しておいた食料から燻製肉をそのままかじり、体重を壁に預けている。

「……ヨイチ様…」

「……どうした……」

「……魔獣ってのは恐ろしいですね」

 ミツリは思い出すだけで背筋がざわつく。しかも、あの化物は今日もやってくるのだ。神経が持つかどうか心配になってくる。

「お前はましな方だ」

 ヨイチは天井を眺めながら、なぐさめるのではなく、ただ言った。

「俺が初めて魔獣に出会ったのは獣撃隊に配置されてからすぐだったけど、初任務で盛大に小便を漏らし、弓なんざ引くどころじゃなかった。お前は、あの状況下で俺を踏みとどまらせた。実際すごいと思うよ」

 ミツリは目を剥く。

「そうですよ、信じられません。魔獣が出ても仕留めるのは待とうって言ったのはあなたでしょうが。それをビックリしただけで撃ち殺そうなんて、どういう頭をしているのですか」

「だから謝っただろ?」

 ヨイチはバツが悪い。

 魔獣をなるべく仕留めず、やり過ごそうと言ったのはヨイチだ。村の復興には魔獣退治というイベントが必要だと考えたのだ。

「私もこの村が抱えている問題は大きいと思っています。だからこそ、村人が協力して魔獣を倒すというセレモニーが何かを変えると言ったあなたの言葉を信じました。それが、ああ、嘆かわしい。それでも獣撃隊でその人ありと謳われた『十町射ちのヨイチ』ですか」

「まったく、そんな事までよく知っている……」

「当然です」

 まったく、とんでもない野郎だとヨイチは思う。おそらく、精神的に負荷が強くかかっているのはミツリのはずなのに「正しさ」という言葉が力を与えているのか、堅くて強い。女の腐ったようにしつこい男だが……。

「分かったよ、改めて謝る。今後、ビビって矢をぶっ放す事はしない。あの魔獣は俺達の精神を蝕むだろうが、この村にとっては変革の鍵になる。その認識は変えない」

「分かればいいのです」

 えらそうに――とは言わない。

「少し休もう。休んだら、やる事だけはやらないと」

 ミツリは眉間に皺を寄せた。明らかに嫌そうだが、ヨイチも遠慮するわけにはいかない。

「昨日と同じ状態でお前は寝れるか?おれは嫌だ。だから、お前はこの建物の改修をしろ」

「はあ……やっぱりそうきますか。でもあなたも手伝ってもらえるんでしょうね」

「材料の確保は手伝う。だけど、俺は俺でやる事がある」

 怪訝そうな目つきが刺さる。

「あのなぁ、俺がお前に仕事を追っ付けて遊んだことがあるか?周囲の調査だよ、魔獣も含めてこの地域の特性、生態系を把握しておきたい。ナイフも持てないお前に任せる訳にはいかないだろう、あの魔獣に鉢合う可能性だってあるんだぞ」

「それは……嫌ですね。でも、そんなに急いで調べなくてもいいんじゃないですか」

 確かにそれもそうだ。

「それもそうか……」

「……」

「……」

「……いや、やっぱり行ってくる」

「優柔不断ですか。ああ、嘆かわしい」

「いや、考えた結果だって。昨日の段階で侵入されなかったんだから、ここの防備は既に終わっているだろ。だから、改修はより快適に過ごすために行うわけだ。だけど、周辺地域の調査は、ここでの統治に直接関わる問題だ。優先順位を考えれば、行かなくちゃならんだろう」

「冷静な時は、論理的なんですね」

「やかましい」

 ヨイチは塩辛くなった舌をワインで洗った。もちろん、ミツリは断る。

「では、私は横になりながら建物のリフォーム計画でも練りますか。まったく、新しい上司は人使いが荒くていけません。用心棒としては申し分ありませんが」

「上司を用心棒扱いかよ、まったく……というか、そのまま寝そうだな」

「可能性は否定できません。あなたと行動を共にするようになってから、体はともかく、心の疲労度は限界を突破しています」

「すまん、手当は出世してからだな」

「諦めます」

「そうしてくれ」

 ヨイチは体を横に倒した。


 二人とも昼前には目を覚まし、行動を開始した。ミツリは何やら壁面にチョークで設計図の様なものを描き始める。大雑把なものだが、それでいいらしい。

「どこから手をつけるんだ?」

 ヨイチは弓を担ぎ、矢筒を腰にセットしながら尋ねた。

「とりあえず、ドアから見直したいと思っています。これじゃあ外へ出るのに毎回屋根から出ることになりますからね」

 確かに全ての開口部は閉じられたままだ。

「建材は足りるのか?」

「扉だけなら大丈夫ですね、残骸が残っているのでそれを利用します」

 ヨイチは了解と頷き、唯一ふさがっていない屋根の一部から小屋組みを通って出て行った。外から入る時は節を付けたロープを使う。

 残された部屋でミツリは作業を開始した。玄関の戸板はそのままだ。作業が遅れて塞ぐのが間に合わなければ元も子もないので、扉だけ別に直し、明日の日中に交換する計画なのだ。

 玄関ドアは木製の片開き式である。比較的大きなものだが、枠組みが折れて、並べられた薄い板はばらばらに砕かれている。どんな力が加わったのか、考えるとゾッとしたが、ミツリはあえて強度を上げる事よりも密閉性を求める事にした。「限られた木材で強度を上げようとしたところで、あの化物の力は受け止められない」というのが理由だ。意味のない強度に願いをかけるくらいなら、内部の気配を伝わりにくくすれば良い。察知される危険性は下がるし、なによりも安眠に繋がる。

 ミツリは木枠の修理から始める。折れた箇所に板を両側から当てこみ、釘で固定する。さらに、木枠全体に荒縄をグルグルと巻く。こうすることで、窓枠との隙間をなくし、密閉度を上げた。窓枠に戸当りの細工をすることも忘れない。

 次は扉本体の部分である。

 建材が圧倒的に少ない状況下でミツリは扉の中に詰め物をするという選択をした。外側と、内側にそれぞれ板を設置する二重構造にし、間を藁と泥の混合物で間を埋めるのだ。

 これが非常に大変だった。

 良質な泥は、建物のすぐ脇で確保できたが、それを室内に入れる手段がない。バケツも無く、滑車もない状況で、屋根から運び込むことは不可能だった。ミツリは悩んだ末、もっとも消極的で、確実な方法をとった。隙間から流し込むのだ。

 昨日、あの化物が覗き込んでいた越しに樋を通し、そこから泥を流し込んだ。藁を混ぜると隙間を通らないので、別に運び込み、建物内部で混ぜ合わせた。しかし、ここで問題が起きる。出来上がった扉がやたらと重い。このままでは、一対しかない蝶番が壊れる可能性があった。ドアの下に滑車でも取り付ければ上手くいくのだが、そんな便利なものはない。

 困った。

 滑車の変わりになる物を探したが、なかなか見つからない。ひとまず木でドアの下に支えを作ったが、摩擦が強すぎるようで動きが悪い。次に、丸い石を探してきて取り付けだが、引っかかるような動きになる。そこで、今度は板張りの床に細工をすることにした。溝を掘り、そこに魚油を塗る。しかし、染み込んでしまい、イマイチである。そこで、石鹸を塗り込んでみる。――なかなか良い。


 気候が良くなったとはいえ、締め切った部屋の中での作業である。気が付けばミツリの上半身は裸、頭にはハチマキを巻いて、脂汗をかいている。間違いなく、トチリア公館では絶対にこんな恰好はしない。できない。襟を正し、ブラシをかけた上着を羽織る。筋力は筆を動かす時と、書類を運ぶ時だけ。その生活も嫌いではなかったが、今、こうして扉一つに悪戦苦闘をしていると、何故か自分の歯車にガチっとハマる何かがあった。

 おそらく、幼い頃に見た父の姿と無関係ではないのだろう。

 

 

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