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王子と盗賊 <The Prince and The Thief>  作者: 東京特許きょきゃきょく
9/9

使用人諸君に告げる

 

  【聖暦1541年1月15日午前7時/ファラエル王家別邸/厨房】

 

 「ふうっ……良い葉を使っている。さすがは王家ご用達と言うべきでしょうか」

 

 カルラは厨房の調理台の前で優雅なティータイムを過ごしている。カップから溢れる上品な紅茶の香りを堪能しながら、午前の優雅なひと時を―

 

 「いや、何1人でお茶なんか飲んでんだよ!お前も食器洗うの手伝え!」

 

 午前の優雅なひと時を朝食の後片付けをするフェレルの横で堪能するのであった。

 

 「おやおや、料理をするだけならいざ知らず皿洗いまでするとは……まるで使用人のようですよ、ナダル様」

 

 「後片付けまでが料理だろ。後、お茶を飲み終わったらそのカップもこっちによこせ!」

 

 炊事すいじは出来るが水事すいじは出来ないらしい。フェレルは後片付けの皿洗いまでが料理という認識で育ってきた。皿洗いを使用人の仕事と割り切っているあたりは良い所のご令嬢だとうかがわせる。

 

 朝食― フェレルことナダルの朝食は王子にふさわしい豪華なものになるはずだった。だが、使用人がだれも起きていないという想定外の事態が起こり豪華な朝食はおあずけ。結局、カルラと2人で作ったサンドイッチとスープで済ますことに。

 それでもフェレルにとっては『料理』を口にすること自体ひさしぶりであり、自分で作った料理を自分で食べられる事の感動と高級食材のみで作られたサンドイッチとスープの味に「うめ、うめ」と涙を流しながら完食した。

 

 カルラのカップも洗い終わり、フェレルとカルラの一息ついている厨房に誰かが入ってくる気配が。

 

 「ふあ~、眠っむー…あれ、誰かいるの」

 

 姿を現したのはメイド服に身を包んだ少女。肩口まで伸びるダークブロンドにツインテール。身長はナダルと同じくらいだろうか。眠っむー…という言葉どおりに眠そうな表情であくびをしながら厨房の入り口から中に入ってくる。空だと思っていた厨房に誰かがいることに少女は気がつき、そして―

 

 「――って!ナダル様!? 何で厨房なんかに?いえ、何故このようなお時間に……」

 

 「ふー…ようやく1名ですか」

 

 「あれ!? あの……もしかして、お客さまですか」

 

 中にいる人物がこのお屋敷の主、ナダルであることに気づき取り乱す。ナダルの隣の椅子に腰掛けていたカルラが朝になってから、ようやく目にした使用人の姿にやれやれと言った表情でつぶやいた。

 

 「お客さま? いえ、私はお客ではありませんよ。私はカルラ・アレス・ナバーロ。ナダル様の教育係としてこのお屋敷に派遣された者です」

 

 「カルラ・アレス? アレスってあのアレス家の― 」

 

 カルラの名前を耳にした少女はかなり驚いた様子。アレス家当主だとか言っていたが実は偉い人だったのかな?と、少女の様子を見ながらフェレルは暢気に考えていた。

 

 「こちらが自己紹介をしたのですから、そちらも挨拶して欲しいところなのですが……ね」

 

 「――!? もっ、申し訳ありません! 私の名はアンジェリカ・ケーバーと申します! このお屋敷でハウスメイドとして働いております!」

 

 「ふむ、元気があって大変よろしいです。ではアンジェリカ。あなたに1つお願いがあります」

 

 お願い?とアンジェリカが緊張した面持ちでカルラの言葉を待っていると―

 

 「このお屋敷の使用人を集めてください。そうですね― 1階の玄関ホールがいいでしょう。あそこなら全員集められそうですから……至急お願いします」

 

 「あの……まだ寝ている人も沢山― 」

 

 「『大至急お願いします』……ね、ナダル様」

 

 お願いを渋るアンジェリカにカルラの『大至急お願いします』が圧力をかける。無機質な黒い瞳は傍から見ると光が消えたハイライト― あ、これは怖い、とフェレルは内心思った。

 

 「はい! すぐに全員起こしてきます!」

 

 返事と共にアンジェリカは勢いをつけて厨房から飛び出していった。厨房に残された2人は―

 

 「おい、一体何をするつもりなんだ」

 

 「そんなに用心しないでください。自己紹介を済ませていない使用人たちに挨拶をするだけです」

 

 

 

 【聖暦1541年1月15日午前8時/ファラエル王家別邸/玄関ホール】


 ファラエル王家別邸の1階玄関ホール。赤絨毯がひかれた広い空間。2階に続く大階段が中央に設置されている貴族の屋敷では比較的オーソドックスな作り。その玄関ホールには34名の使用人たちがズラリと整列している。ナダルとカルラは2階の階段付近からその様子を見下ろしていた。比較的女性が多いみたいだ。男女比は8:2か……カルラのようにに男の姿をしている女がいなければだが。

 

 「ふー…ようやく集まりましたか。47分……ずいぶんと時間が掛かったものです。」

 

 カルラは不機嫌そうな顔でそうつぶやく。集まりが遅かったせいか、それとも使用人たちの身だしなみが乱れていたせいか― ポーラとアンジェリカの姿も見える。

 

 「みなさん、おはようございます」

 

 緊張した面持ちでフェレルとカルラを見上げていた使用人たちの耳にカルラの言葉が― 2階の階段前から玄関ホール全体に中性的な声が響き渡る。

 

 「すでに自己紹介をした方も何名かおりますが改めてご挨拶をさせていただきます。私はカルラ・アレス・ナバーロ。枢密院よりナダル様の教育係の任を受け、こちらのお屋敷に派遣されてきました。昨日からこちらでお世話になっております」


 カルラの自己紹介にどよめく使用人たち。すでに知っている者もいたようだが大半はこれが初対面だったらしく、ナダルの教育係と自己紹介をしたカルラに驚きの表情を浮かべる者が続出。カルラは玄関ホールのざわめきが落ち着くのを待って話を続ける。

 

 「これからは皆さんとご一緒にナダル様のため、誠心誠意務めさせていただきます。お屋敷務めに不慣れな点も多々ございますが、何卒ご容赦のほどお願い申し上げます。」

 

 カルラは自己紹介の言葉を言いきってから一礼。使用人たちに向かい頭を下げる。突然、自分たちの前に現れた、若い執事の謙虚な姿。その姿に玄関ホールからパチパチと拍手が上がる。

  

 「ふふ、皆さんの歓迎しかと受け取りました。ありがとうございます。では始めに1つ確認しておきたい事があります― 」

 

 カルラが静かに微笑む。

 

 「今朝方の話です。ナダル様が朝食のため大食堂に向かったところ料理が用意されていない……それどころか使用人が1人もいないという場面に出くわしました。これは一体どういう事でしょうか」

 

 使用人たちは先ほどまで謙虚な姿勢を見せていた青年― もとい、カルラの言葉にギョッとする。一体、何を言ってるんだと一同混乱中。隣にいたフェレルはやっぱりこうなるのかと頭を抱えた。朝の厨房での一件でこうなることを予想していたのはフェレルとその場にいたアンジェリカだけだった。アンジェリカもフェレルと同じようなリアクションをしている。

 

 「正直、驚きましたよ。ナダル様を― 王子を飢えさせるお屋敷がこの国にあったとは。ああ、安心してください。ナダル様の朝食は私がご用意させていただきましたから……ふふ」

 

 「皿洗いまではやってくれなかったけどな……」

 

 カルラの非難めいた言葉に玄関ホールの緊張が高まってくる。相変わらず、もって回ったような嫌味ったらしいセリフまわしにフェレルはさらに頭を抱えた。

 

 「で皆さんは何故、朝食の準備をしていなかったのか?聞けばまだ夢の中にいたとの事ですが……揃いも揃って仲良く寝坊― というわけでもないでしょう。納得できる説明をお願いします」

 

 使用人たちは顔を見合わせながら激しく動揺する。理由を説明しろ― 先ほどのざわめきが打って変わり水を打つような静けさが玄関ホールを支配していた。誰か何とか言えよ、と使用人たちは目でまわりを訴えているが誰も行かない― 否、手を挙げる少女が1人。

 

 「あの!その件に関して私から説明させていただいてもよろしいでしょうか!?」

 

 「あなたは― アンジェリカでしたか。あなたが今回の件を説明していただけると」

 

 「はい、私たちが起きていなかったのはナダル様の指示があったからです」

 

 ― はあ?俺の指示って……いや、本物のナダルの指示か。

 

 アンジェリカの言葉にカルラは「ほう?」と呟いてフェレルのほうに視線を向ける。まてまて、分かっているだろう。そんな非難めいた目でこっちを見ないで。

 カルラは視線をアンジェリカの方に戻して話を続ける。

 

 「続けてください」

 

 「ナダル様は以前から朝食はいらないと仰ってました。それどころか屋敷の中をバタバタ動かれると眠れないから昼までは静かにしているようにと― 朝の一件はナダル様の意思を尊重した行動です」


 ― あの馬鹿!死んでからも俺に迷惑かけるって……呪ってるんじゃないだろうな。朝ぐらいちゃんと起きてくれよ!もう死んでるけど……。

 

 フェレルは心の中で二度と起きることがないあの馬鹿に、ちゃんと起きろと文句をぶつける。負の遺産を受け継ぐ『とりかえばや』の主人公フェレル。先行き不安である……。

  

 「なるほど、そのような事情があったとは。これは驚きましたよ……ねえ、ナダル様」

 

 ふたたび、フェレルに視線を向けるカルラ。フェレルはうんざりとしながら小さな声でカルラに向かいつぶやく。

 

 「おい……ナダルがやった事だからな。俺に言うなよな……」

 

 アンジェリカは言ってやったぞ、とかなり誇らしげな様子だった。いわいる『ドヤ顔』というやつで周りの使用人たちに自分を勝ち誇っているようだ。アンジェリカは勝気な性格のらしい。

 カルラは使用人たちの様子を見ながら、小さく「ふむ」と呟き、改めて玄関ホールを向きなおす。

 

 「なるほど、原因はおおむね理解できました。アンジェリカ― 非常にわかりやすい説明でした。ありがとうございます」

 

 「いえ、いえ」

 

 「本当に良く理解できました― ナダル様の堕落の原因がこのお屋敷にもあるという事が」

 

 「―え?」

 

 「ふー…あなた方は王家に仕えるという事を何と心得ているのです!?ナダル様は王家の血筋。そのナダル様を堕落させるのを良しとするのは王家を― いいえ、イスパナの力を失墜させる行為に他ならない……主の間違いを正すのも家臣の務めですよ、アンジェリカ」

 

 カルラを言い負かして勝ち誇り、さらに褒められたと思い調子に乗っていたアンジェリカを落とす。上げて落とすとはこのことか。カルラの言葉にアンジェリカは激しく動揺した。

 

 「失落ってそんな大げさな。それに間違いを正すなんて……私はただの使用人で家臣なんかじゃ― 」

 

 「ただの使用人?違いますよ、王家に仕える使用人です。ふー…やはり王家に仕える意味を理解していないのですね」

 

 「いえ、ですから!私たちがナダル様に物申しなど― 」

 

 「王家は国民の規範とならねば!さて、あなたの今のお屋敷に規範があると思いますか?昼まで惰眠をむさぼり不規則な食事をとる事が規範となる行いだとお思いですか?物申し?出来ないのであれば辞めていただいても宜しいのですよ」

 

 アンジェリカは執拗に食い下がるがカルラは頑として言い分を認めない。わがままなナダル― 王家の地位を持つナダルに使用人の身分で文句を言えるわけが無いだろ、とアンジェリカは主張するが王家に仕えるのなら何とかしろ、と言うカルラの言い分はまったく噛み合わない。認識の違いか、それとも王家に対する忠誠心の違いか……波風を立てたくないフェレルは頭だけではなくお腹も痛くなっていた。

  

 「ふー…お話はこれでお終いです。何にしてもこの環境はナダル様の教育に大変よろしくない」

 

 話は終わったとばかりにアンジェリカを無視し、カルラは使用人たちを見下ろす。

 

 「私はナダル様の教育係としてお屋敷の環境を改善する必要があると判断します。よって、これよりこのお屋敷は私の管理下に入っていただきます」

 

 再び、玄関ホールに使用人たちにどよめきが起こる。

 

 「経営、人事、教育、仕事内容などを含め、全て私の指示に従ってもらいます。ナダル様、ご裁可さいかをお願いします」

 

 「ご裁可?どういう意味だ」

 

 「私がお屋敷を管理下に置くことをナダル様― 王家の許可を頂きたく思います。聡明な『私のナダル様』なら反対などなさらないと確信しておりますが」

 

 「反対できないのを知っててそういう事をいうのかよ」

 

 フェレルは秘密を握られている。明言はしていないが間違いなくカルラはフェレルの正体を知っている。偽者という命綱を握っているのだ。フェレルがそんなカルラに逆らえるはずもなく―

 

 「はあ~…好きにしてくれよ」

 

 「はっ、ナダル様のご裁可― たしかに承りました」

 

 ナダルの了承を得てファラエル家別邸はカルラの管理下に置かれることとなった

 

 

 

  【聖暦1541年1月15日午前9時/ファラエル王家別邸/学習部屋】

 

 玄関ホールでの騒動の後、一旦解散となりフェレルは9時になったら学習部屋に来るよう言われる。現在2階の学習部屋にフェレルはいた。ナダルの寝室のような豪華な飾りは無く、学習机と本棚、筆記用具と書き取り用の紙が置いてある棚があるだけ。勉強をする以外の機能を持たないその名のとおりの学習部屋だった。フェレルはたくさん並べられている本を物珍しそうに眺めている。

 そんなフェレルの様子を「ふむ」と呟いてカルラが眺めていた。

 

 「本がそんなに珍しいですか。ここはナダル様のお屋敷ですから好きなだけ読んでも構いませんよ」

 

 「いや珍しいってわけじゃなくて― こんなに沢山の本を見たのが初めてで。そういえばカルラはあの後、玄関ホールに残っていたみたいだけど皆と何してたの」

 

 「仕事の内容の確認と使用人たちに対する指示― と言ったところでしょうか」

 

 あの玄関ホールでの朝礼(?)の後にカルラは使用人たち1人1人に仕事の指示を出していたと説明する。お屋敷の乗っ取り宣言を出した後でよく皆と話せたものだとフェレルはあきれた。

 

 「はあ~…結局、お前は何がしたいんだよ。この屋敷を乗っ取るような真似までして」

 

 「乗っ取るとは、これまた人聞きの悪いことを仰られる。ナダル様の教育に必要だと思ったからしたまでの事― 他に意味はありません」

 

 フェレルの言葉に悪びれた様子は微塵も無いようで― 淡々と必要性を語る。

 

 「ああ― 屋敷の運営に興味があったのは事実ですね。家令ストゥーアートと言う仕事には以前から興味はありました。私の実家― アレス家の家令の仕事ぶりは中々のものでしたから」

 

 「すとぅーあーと?」

 

 「有り体な言い方をすれば執事バトラーです。私が着ている燕尾服も執事が身につけるものですよ」

 

 眉目秀麗びもくしゅうれいな中性的な容姿。髪型は耳に若干掛かるぐらいの黒髪ベリーショート。低すぎず、決して高すぎない凛とした声。髪型も相まってか、よほど注意深く見なければ青年と間違えてしまう。そんな彼女が燕尾服を着こなせばあっという間に美しい青年執事が出来上がる。身長がフェレルと同じぐらい(160cm)なのを差っぴいてもおつりが来るくらいのレディキラー……女だけど。

 

 「ふ~ん。じゃあカルラは執事ってことか」

 

 「このお屋敷で執事の仕事をする事にはなりそうですが― ふむ、職業としてはどうかと。私の職業は『騎士ナイト』ですから」

 

 「騎士?騎士って、あの分厚い鎧を着ている兵士のこと? いや、そういう風には見えないんだけど。それにカルラって女だろ」

 

 「たしかに― 騎士は男性貴族の職業ですが騎士にふさわしい力や戦果を持っていれば女性でもその称号を得られる機会はあります。何なら……私の力を試してみますか」

 

 「いや……結構です」

 

 試すまでもないだろうに、と蹴られ破られた過去のカルラとの争いを思い出すフェレルでした。

 

 「それにしても― カルラは騎士なんだよね?何で執事の格好をしているんだ?しかも、男が着るもんなんだろ。その燕尾服ってやつ」

 

 「これは私の趣味です」

 

 誇らしそうに『きりっ!』と言い放つカルラさんでした。趣味も美的感覚も人それぞれという事だ。

 

 「ふー…少し無駄話がすぎましたね。忘れないうちに本来の目的に入りましょう」

 

 「……勉強か。一応だけど読み書きくらいは出来るし、計算も出来るんだけど……王子様にそんな事って必要なの?」

 

 「一般教養と言うやつです。いくら特権階級とは言え馬鹿では国民に示しがつきません。ええ、馬鹿では示しがつきませんから。馬鹿では!」

 

 「馬鹿、馬鹿って― あんた、本当に俺に容赦無いよな!?」

 

 「職務を忠実に全うしていると言っていただきたい。私も辛いのですよ。ですが、教育係として自ら嫌われる道を選んでいるのです― 全てはナダル様のため」

 

 「あーそうですか。それは結構なことで……」

 

 「しかし、読み書きが出来るというのは好都合ですね」

 

 そう言ってカルラは懐から紙の束を取り出してフェレルに手渡す。見た目は紙の束だが端っこに規則的に小さな穴が開き、穴の1つ1つに太い糸を通してまとめてある。お手製ルーズリーフと言う所か。

 

 「これは?本……いや、やけに薄いような」

 

 「それは参考書です。今日は手紙の書き方を学んでいただきます。目上の方、ご友人、恋人、家族、あらゆる人間関係を考慮した例文が書かれておりますので参考にしてください。きちんと意味を理解した上でほかの紙に書き写す― それを繰り返すのが今日の授業内容です」

 

 手渡された参考書をパラパラとめくって目を通す。うん、綺麗な字で書かれているな― あれ?

 

 「なあ、この本ってすごく直筆っぽいんだけど……」

 

 「私のお手製ですから。その参考書には私の知識と愛がたくさん詰まっています。ナダル様のためだけに作った世界に1つだけの参考書ですから」

 

 紙の厚さから見ても100枚はありそうなお手製参考書。いつの間に作ったのやら。表紙には『ナダル様でも出来る手紙の書き方 著 カルラ』と書いてある。自分のためだけに作ってくれた参考書。生まれて初めて誰かからもらったプレゼントだった。

 

 「ああ……そうなの。俺のために……うん、ありがと。すごくうれしい」

 

 照れたくは無い!照れたく無いのだが思わず顔がニヤけてしまう。カルラに照れた顔を見せるのは癪だが。

 

 「ふふ、では私はこれで失礼します。昼食の時間には呼びに来るのでしっかりと勉学に励む様お願いします」

 

 「はい、はい― って、ちょっと待て!教えてくれるんじゃ無いの?俺の教育係なんだろ」

 

 部屋から出て行こうとするカルラを思わず呼び止める。教育係って言うからには一緒の部屋で勉強を見てくれるものだと思っていたのだが。フェレルの疑問に対してカルラは顔を少しだけ傾けて困りましたね、とジェスチャーし―

 

 「はい。ナダル様のご指導をしたいのは山々ですが、使用人たちの教育がありますので」

 

 「使用人の教育?」

 

 「私が見たところ、このお屋敷の使用人たちは仕事に対する意識がかなり低い。私が直接出向いて指導する必要があると判断しました。全く― ナダル様の教育係の私に使用人たちの教育までさせるとは……困ったものです。完全に想定外の労働ですね。私の仕事はナダル様の教育だけなのに……別に報酬を頂きたいものですよ(ちらっ)」

 

 カルラが使用人たちの間に何があったのかは知らないが、彼らの仕事ぶりに不満があるらしく直接指導をするとの事だ。カルラは「失礼します」と部屋から出て行き学習部屋に1人残されるフェレルだった。

 

 ― 勉強開始

 

 それからは苦戦の連続。参考書は確かに文字は読めるのだが文章の所々に聞いた事の無い単語が溢れている。敬語だけでも混乱しているのに謙譲語や尊敬語、されに貴族特有のみやびな言い回しや料理の批評、宣戦布告用の文書……手紙に分類するのもどうかと思うものも― 多様性がありすぎてどこから手を着ければ分からない。あまりの情報量にフェレルの頭は許容量限界オーバーフローを起こし「ひとまず書くか……」黙々と書き写しを始めた。

 

 「とつぜんのおてがみをさしあげるしつれいをおゆるしください。ふぁらえるなだると……」

 

 ― 書き、書き

 

 「おたんじょうびおめでとうございます。かっこいもうとだとかていしてかっことじもうじゅうにさいになったのですね。おにいちゃんはつきひがたつのを……」

 

 ― 書き、書き、書き


 「いじょうきこくのこういはわがくにのけんりをいちじるしくしんがいしている。よっていすぱなていこくはきこくにたいしてせんせんふ……」

 

 ― 書き、書き、書き、書き

 

 「このよともあとすうじかんでおわかれです。さいごにあなたにつたえておきたかった。こんなわたしをあいしてくれてありがとう。わたしを……えっ、何これ?……遺書!?」

 

 ― 書き、書き、書き、書き、書き、書き……

 

 時間は過ぎ、12時に差し掛かろうかという時―

  

 「ナダル様、昼食の用意が出来ました。大食堂までお越しください」

 

 「あなたをおもいださないときはありません。ぶじにくにかえれたらあなたとけっこてんてんてんいえあなたにつたえたいことばが……」

 

 「ふむ、熱心なことで― ナダル様。お食事の時間ですから、そこらへんで一区切りを付けて下さい」

 

 ―カルラがフェレルを迎えに来た。

 

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