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王子と盗賊 <The Prince and The Thief>  作者: 東京特許きょきゃきょく
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予期せぬ序章

 

 盗賊の朝は早い―― もといフェレルの朝は早い。

 

 ニステ盗賊団でフェレルは年少の部類にはいる10歳で大人にこき使われる下っ端だった。団員数100人以上いう大所帯の朝食と夕食をフェレルは毎日作っていた。もちろんフェレル1人で100人分の料理をしていたわけではない。アジトの厨房には5人以上の調理係がいる。だが他の団員が当番制で週1なのに対してフェレルは週6で厨房に立っていた。1日だけ休みがあるのは団長のニステ・E・サンチェスが作業効率を考えてとの考えからだそうだ。だが6勤1休ではあまり意味がない気がする。

 朝の仕事を終える次に待っているのは掃除と洗濯、これを昼の間にこなし、夜になるとまた厨房に立つ。盗賊と言うよりはメイドと言ったほうがしっくりくるかもしれない。まさに少年メイド。

 そして1番厨房に立つ機会が多いフェレルだが、作った料理は盗賊団の中でも地位の高いものに優先的にまわされるため自分で作った料理を口にする機会はほとんどなかった。

 そんな苦しい生活の中でフェレルの唯一の救いと言えるのが斥候―― つまり偵察任務だった。任務中はアジトの家事は免除され、活動期間内に必要な最低限の食料が配布される。

 2カ月ぶりだった―― フェレルは待ちに待った偵察任務を受け、アンドナ・ラ・ビエナに向かった。 任務を問題なくこなしたフェレルはアジトに戻る道中、イスパナ帝国の王子ナダルと間違えられファラエル王家別邸に連行され現在に至る。

 そして―― フェレルがナダルと入れ替わってから2日目の朝を迎える。

 

 

 

 【聖暦1541年1月15日午前4時/アンドナ・ラ・ビエナ/ファラエル王家別邸】

 

 フェレルが目覚めると目の前には白い天井が見えた。見慣れた天井との挨拶は都合3回目である。

 

 「うう~…腹減った。喉が渇いた。今日こそ食べ物が食べられるんだろうな……はぁ」

 

 開口一番に出てくる言葉は空腹と喉の渇きに対する愚痴めいた言葉。気持ちのいい『おはようございます』など当然出てこない。無理もない―― 単純に丸々2日間、食べ物と飲み物を口にしていないのだか。どうしようもない空腹と胃からの抗議の刺激で目が覚めたのだ。とてもじゃないが気持ちの良い朝とは言えない。

 

 「うん……くちゅ!」

 

 フェレルの横から可愛いらしいくちゃみ―― もとい、くしゃみが聞こえてくる。彼の横で寝ているのはこの屋敷のメイドで昨夜フェレルが『抱いた』ポーラだった。

 体を起こしたフェレルに引っ張られてめくれた掛布団。めくれ上がった掛け布団が寝てるポーラの裸体を空気にさらして布団の中にこもった熱を逃がしていく。

 ポーラは昨晩と同じく上半身は裸―― いや、正確に言えば全裸の状態だ。彼女の白い肌と大きめの乳房がフェレルの目に飛び込んでくる。その魅惑的で扇情的な光景にフェレルは――

 

 「あ、くしゃみ。 布団を掛けてあげないと……これで良いかな」

 

 寒そうに震えるポーラに布団をそっと掛けベットを抜け出した。現在は、冬場真っ盛りの1月。アンドナ・ラ・ビエナは大雪が降るような場所ではない。それでも朝方の気温の低さは骨身にしみるというものだろう。服を着ていないのならなおさらだ。

 

 「そろそろ、ドアのカギが開いていて外に出れる―― なんて事になってないかな……はぁ」

 

 ふらふらと危うい足取りで『ナダルの寝室』から外に出るフェレル。ため息を付くのがもはや当たり前のようになってしまった彼。表情はとても暗い。この際、食べられるものなら何でもいい。胃袋に入る何かを求めて屋敷の中を散策するのだった。

 

 あらためて紹介するがデイビッド・フェレルは10歳の少年だ。

 男所帯で成長してきた彼は女性と言うものをほとんど知らない、それ以上に年齢的に『性の目覚め』がまだ訪れていない。穢れを知らない乙女しょうねんだ。男色的な知識は育った環境のせいで豊富だが……。

 昨晩のナダルの部屋を訪れたポーラをフェレルはを抱いた。『抱いた』と言うのは文字通りの『抱いた』であり性行為セックスと言う意味での『抱いた』ではなかった。布団がずれて寒そうにしている裸の女性に対してノータッチ―― 何もしなかったのは紳士的なふるまいではなく、常識的な思いやりからだった。

 以上―― 紹介終わり。

 

 

 

 昨晩と同じコースを1人で進むフェレル。廊下の窓は全て鉄格子がはめられている。変わらぬ光景を横切りながら手当たりしだいにドアノブを回していくのだが―― こちらも昨晩と変わらず回らぬドアノブにフェレルの気持ちはどんどん落ち込んでいく。

 そして、廊下の終点―― 突き当たりにあるドアにたどり着き、もはや期待感も尽き果てたフェレルがドアノブをぞんざいに回す。

 

 ― カチャ

 

 「―――!? あれ、このドアって……まさか」

 

 全滅をすでに覚悟していたフェレルにまさかの援軍が訪れる。そう―― このドアは開いている。カギが掛かってない。思わぬ展開に唾をごくっと飲み込み、ドアノブを回しながらドアを外側に押し込む。

 フェレルの目に自然の光が飛び込んできた。

 

 「う……まぶしい。太陽か―― 外に出られたのか」

 

 光量の少ない冬場で朝の太陽の光、しかし、衰弱しているフェレルの身体には一層強烈に感じられる。

 左手を顔の前にかざして光を遮断。指の隙間のぞき見る2日ぶりの外の風景。まだ薄暗い空に肌寒い空気。目の前には緑色を発する木々があり、花壇と思わしきレンガの囲いの中には花が咲き誇る。

 フェレルがたどり着いたのはファラエル王家別邸の中央に位置する中庭。四方を囲む石壁の中に緑あふれる空間がここにはあった。そして―― それ以上に目に付くモノがそこにはあったのだ。


 「―――! 水……水だ!? おおおおおおおおぉ!!」

 

 水に飢えた獣フェレルは大声を出す。そう、待望の水がそこにはあった。

 20平方mの敷地の隅に池が設置されている。いわいる観賞用の池だが2日間強制的に断水させられているフェレルの身体は観賞用の池であること、そして飲めるくらい清潔な水なのか、そう言った要素に思考を割かない。人間は水分を取らなければ生きていけないのだ。それは食料よりも重要度が高い問題であり、水に飢えた身体が本能的の赴くままに水を得ようとフェレルを走らせる。

 そして、そのまま池の中に頭を突っ込み口を大きく開けて――

 

 「んっ―! んぐっ―! んぐっ―! はあ……はあ……んぐっ― ぷはー!……はぁ……」

 

 冬場の池はとても冷たい。実際に0℃を下回っている水の中に頭を入れてガブガブと飲む!飲む!飲む!

 息継ぎで池から頭を上げて、もう一度ガブガブ飲み漁る。空っぽだった胃袋の中に水が染み渡る。渇きが癒されていく。ああ、水を飲めるという事はなんと素晴しきことかな。

 どれ、最後にもう一度―― 

 

 「ふむ、こんなに朝早くから池の水で洗顔ですか。 ふ~…ナダル様は頭がおかしい―― 失礼、豪胆でいらっしゃるようで」

  

 「―――! なっ……お前は、カルラとか言う男女!」

 

 「男女ではなく『女』ですよ。昨晩、お教えしたはずですが―― 物覚えが悪いというのも噂どおりという事でしょうか」

 

 水を飲むのに夢中になっていたフェレルの後ろにカルラの立っている。相変わらず皮肉めいた物言いが感に触る。しかし―― いつの間にいたのだろうか。話しかけられるまで存在に気がつかなかった。

 緑の中に佇む執事服の麗人が頭部をずぶ濡れにしたフェレルを無機質な黒い瞳で見つめていた。

 

 「そっちこそこんな朝早くから何でこんな所にいるんだよ。急に出て来んなよ!びっくりするだろ!」

 

 「いえ、中庭から激しい物音が聞こえたので―― お屋敷に盗賊でも忍び込んできたのではと急いで駆けつけてみたら盗賊の正体がナダル様だとは……このカルラ、驚きを隠せません」

 

 「―――!? あ、ああ……そうなの」

 

 盗賊と言う言葉にフェレルは激しく動揺する。冗談のつもりなのだろうが―― まさか、俺の正体に気づいているとかじゃないだろうな。

 

 「ふ~…そもそも、起床の時間まではだいぶ時間があるのですが―― ふむ、ナダル様はお昼すぎまで起きないと聞いておりましたが……はて?おかしいですね」

 

 ― 不味い……疑われているのか?と言うよりもナダルのやつは何で昼過ぎまで寝てたんだよ!あの馬鹿王子、もっと早く起きろよ!!

 

 心の中で、今は亡きナダルの生活習慣ライフサイクルを罵倒するフェレル。罵倒男を死んだ後に罵倒するのはこれが2回目―― いや、そんな事は今はどうだっていい。この話題は非常に不味い。とにかく何かうまい言い訳をするか、話をそらしてこの話題を終わらせなければ―― そうだ!

 

 「お腹が減って眠れなかったんだよ! 丸2日も飲まず食わずにしやがって! 王子様の扱いじゃないだろうが!!」

 

 怒涛どとうの逆切れ。しかも嘘は言ってない。どうだ、これなら文句ないだろう。

 

 「ふむ、そうでしたか。それは失礼しました。私が教育係の任に付いたのは昨晩からでしたので―― そんなに飢えていらしたとは露知らず」

 

 「そうだよ、おかげで昨日は一睡もできなかったんだからな!もうちょっと王子様に対する―― 」

 

 「なるほどそれは酷い話ですね。ならば― 今回の一件は使用人たちの落ち度という事になります。さっそく、彼らに罰を与えねば」

 

 「そう、そう、罰を―― って何でそういう話になるんだよ!」

 

 疑惑の矛先をうまく変えたと思い、調子に乗って喋っていたら思わぬ方向転換が待っていた。罰を与える―― いや、何でそういう話になるのか。使用人たちとやらが何か悪いことでもしたのか?

 フェレルの問いに対してカルラは続けざまに語る。

 

 「仮にも王族であるお方を飢えさせている訳ですから。いくらナダル様ごときとは言え、王家に対する無礼は許されません。世が世なら殺されても文句は言えないでしょう。少なくとも何かしら罰を与えるのが妥当だと―― そう思いませんか」

 

 「―――えっ!? いや、それはそうだけど。えっと……」

 

 おかしい―― だいぶ大事になってしまった。喉が渇いて池の中に顔を突っ込んでいたのを見られたのが事の発端であり、その際に発生した盗賊疑惑をそらすための逆切れが使用人たちを罰することにまでにか発展している。おかしいとは思う―― ただ、カルラの言う事は筋が通っている……ような気がする。この国にとって王様の家族というのはそれくらい偉いものなのかもしれないし……。

 ここは素直にカルラのいう事に賛同しておいたほうが本物のナダルっぽいと何となくだが分かる。

 そう、分かるのだ。だけど――

 

 「いや―― 罰とかは別にいらないだろ」

 

 「ふむ……王家に対する無礼を許せと―― つまりは見逃せという事でしょうか」

 

 「見逃せとかそういうの話じゃなくて!ええっと―― 別に王様に悪いことをしようとした訳じゃないだろ。王子様―― 俺って食べようと思えばいつでも好きなだけ食べられるぐらい偉いんだろ!それでも食べられなかったのはどう考えても俺が悪い。悪いのは俺だ、他のやつを罰とかする必要は無いはず!」

 

 「何というか―― ずいぶんと自虐的な……いえ、被虐的な考え方ですね。ナダル様は本当にそれでよろしいとお思いですか」

 

 「ナダル様『ごとき』にそこまで気を使うことないと―― カルラは思わないのか」

 

 フェレルは罰を与えることを断固として拒否した。カルラの言う王家に対する無礼と言うのはかなり理不尽なように思える。もしかしたら、実際にそのくらい重いものなのかもしれない。だが、それでもフェレルは断固として拒否した。かわいそうとか慈悲を与えねばなどの高尚な気持ちで拒否したわけでは無いが、こんなくだらない事で他の人に罰が下るのが『なんとなく』嫌だった。

 フェレルの明確な拒否の言葉を聞いたカルラは少しだけ、ほんの少しだけ驚きの表情を浮かべてから――

 

 「ふ~…そこまで仰るのであれば私からは何も言えませんね。それに―― 」

 

 どうやら罰を与えるという話はうやむやになったらしい。カルラの意図を理解したフェレルは窮地を脱したと肩を下ろす。だが―― カルラの口から次に放たれる言葉がフェレルに気を休まる暇を与えようとしなかった。

 

 「それだけ客観的に自分を見れるのは宜しいことだと思いますよ。そう―― まるで噂に聞くナダル王子とはまるで別人のように」

 

 「―――!?」

 

 フェレルは思わず息を呑む。失敗した―― 分かってはいたがあの罵倒男が使用人をかばうなんて思わない。つまり不自然な言動だったか……俺の知っているナダルは自ら罰を与えてくような人間だろ。それを……俺は――

 

 「ふふ、予定外の起床となりましたが……どうやら、無駄ではなかったようですね」

 

 カルラは心底楽しそうな表情を浮かべながらフェレルの方に歩み寄ってくる。その迫力に思わず後ずさる。だが後ろには池―― まさに背水の陣、前も後ろも進路は絶たれている。

 

 「朝食まで時間はあります―― お互いのことをもっと語り合いましょう。ナダル様」

 

 満面の笑顔―― いや予期せぬ大物を見つけた猟師がうれしさのあまりに見せる好戦的な笑顔だ。カルラの右手がフェレルの左手を絡み取り取り、そのまま中庭の隅に設置してあるベンチに歩き出す。

 

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