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王子と盗賊 <The Prince and The Thief>  作者: 東京特許きょきゃきょく
5/9

初体験 <Lost>

 

 この世に生まれてから初めての経験だった。いわいる『初体験』というやつだ。

 最初はピリピリするような痛みを感じたが慣れてしまえば心地よい刺激だ。熱いと感じたものが時が経つにつれ暖かくなり―― とても気持ちいい。

 

 フェレルは快楽というもの知らない。

 

 食―― 基本的には食べられない。料理係としてアジトの厨房に立つ機は多かった。だが完成した料理は盗賊団の中でも地位の高い者に優先順位があり、序列的に下の下だったフェレルは料理を口にする事はほとんど無く、アジト周辺の森で木の根や野草、ねずみなどの小動物をかじって飢えをしのいでいた。フェレルにとって食とはエサと同義語であり料理は食べられる物という認識すら無い。

 

 性―― 10歳のフェレルは女性に対する性的欲求が無い―― すなわち性の目覚めを受けてない。ニステ盗賊団は団員がすべて男のむさくるしい集団だ。時折、どこから攫って来たの分からない女がアジトに連れ込まれ陵辱の宴が開かれていたようだが下っ端でしかもお子様のフェレルに女は回ってこない。

 

 娯楽― 本を読んだり、スポーツをして身体を動かしたり、魅力的な女性と恋愛や性行為セックス……そもそも知識として娯楽のなんたるかを持ち合わせていない。アジト内の家事全般を押し付けられて、斥候として標的の人物や家がある町を行き来する―― 時間も余裕も無い。

 

 快楽? 何それ美味しいの―― という以前に美味しいという感覚すらフェレルは持っていない。

 

 ゆえに――

 

 「あっ~… ああっイイ。とっても……イイ」


 「ふ~… そんな恍惚な表情を見せられるとは。泣きながらも快楽に浸りだらしなく涎をたらす―― 失礼ながら生理的嫌悪感を禁じえない。なんて言ったと言えば良いのでしょうか。噂以上の難物のようですね、本当に」

 

 フェレルは生まれて初めての『入浴』に涙した。この何とも言えない快楽を涙ながらに『イイ』とひたすら繰り返していた。

 

 

 

 裸にひん剥かれ、一糸まとわぬ姿にされたフェレル。燕尾服の青年に対男性的性行為ホモセックスを強要されるであろう恐怖に自我を喪失しかけていた。後ろにはフェレルを連行― もとい、フェレルの両手を後ろから押さえつけている燕尾服の青年。横には足取りがおぼつかないフェレルの様子を伺いながら心配そうに歩いているメイドがいた。

 

 「あ……ああ」

 

 廃人と言われてもおかしく無いような表情でフェレルはうめき声を上げる。その様子に気づき――

 

 「ナダル様? ナダル様どうかされましたか――っ! カルラ様、ナダル様のご様子が……」

 

 「ええ、最初からこの調子でしたからね。今更、気にする事ではありませんよ」

 

 「ですが……」

 

 先ほどまでベットの上でだいぶ乱暴にフェレルから服を剥ぎ取って、フェレルも相応の抵抗を見せていた。精神的に何かあったとしてもおかしくはないのだが――

 

 「それよりも一刻も早く湯船に入れることが重要です。この悪臭―― 地位のあるお方がこのような異臭を放っているほうが不味いはと思いませんか。 ふ~…仕事でなければ近づきたくないですよ」

 

 燕尾服の青年―― メイドからカルラと呼ばれた人物がフェレルを湯船の前まで連行する。そう、フェレルはとてもとても臭かった。ほこりと汗と垢の混ざった匂いが体中から放っていた。

 フェレルは風呂と言う物を知らない―― 否、お湯に体をつけて洗うという事を知らなかった。体の汚れは雨が降っている日についでに洗い流す。長い盗賊生活の中で清潔という概念を学ぶ機会は皆無であり、周囲の団員たちも皆、悪臭を漂わせていたので自分の体が臭くて汚い事に気づく機会が無かった。

 

 「一体、何日お風呂に入らなければこんな悪臭を漂わせるようになるのか―― ああ、臭い。この服はもう着られません。臭いが移ってしまいました」

 

 「はあ……」

 

 黒目、黒髪の中性的な青年―― カルラがその凛とした顔を歪ませてフェレルの体臭に文句をつける。フェレルの隣をあるくメイドは『自分の主』に対する侮蔑とも愚痴とも取れるセリフに何とも言えない表情で相槌を打つだけだった。

 

 部屋に持ち込まれた浴槽からモクモクと湯気が立っている。カルラが『屋敷』のメイドたちに準備をさせていたのがこの浴槽。浴槽のまわりには腕まくりをして洗う準備をしている5人のメイドたちが待機している。彼女たちが洗う対象は当然フェレルの体だ。

 1人のメイドが浴槽のお湯に片手を入れてかき混ぜる。準備したお湯が思ったよりも熱かったのだろうか。空気を入れてお湯を冷ましているようだ。かき混ぜているメイドの額に汗がにじみ出ている。

 

 「失礼、場所を空けていただけますか」

 

 「えっ?」

 

 カルラは浴槽のそばでお湯をかき混ぜているメイドに一声かける。そして、彼女が浴槽から離れたのを確認して――「ふっ!」


 ― ざぶーんっ!!

 

 カルラは抱えていた異臭を放つ物体、フェレルの身体を湯気がただよう熱っつ熱つの浴槽の中に放り込んだ。人間1人を投げたとは思えないような綺麗な放物線を描いてフェレルの体がきれいに浴槽の中に納まりきる。ナイスシュート!

 

 「―――なっ!?ナダル様!ちょっとナダル様に何を―― まだお湯が熱いままなのに!」


 自分の主をゴミクズをゴミ箱に投げ捨てるかのような暴挙に対して、先ほどまでフェレルの横を歩いていたメイド―― ポーラが心底青ざめた表情でカルラの方を睨みつけ、彼を非難する。

  

 「ふ~… 大丈夫ですよ。先ほどから意識がどこかにお散歩しているみたいですから。ほら、よ~く御覧なさい」

 

 一方、カルラの方は特に問題ないといった態度でおどけた言葉と態度を取っていた。実際にフェレルの表情は怒りなど微塵も感じさせない様子でむしろ表情が和らいでいるぐらいだった。

 

 「―――っ! あっ……何これ? 足がピリピリするよ……体が解けりゅうような~……」

 

 「ふむ。若干、気持ち悪いですが問題ないでしょう。あなたもそう思いませんか」

 

 「えっと―― はあ、そうなんでしょうか」

 

 フェレルの下半身―― 足の先から膝に長年貯めていた垢がほこりや汗と共に化石のように固まって薄く広くこびり付いていた。その化石はお湯の中の微酸性の入浴剤によってヒビが入る。ヒビの隙間から熱めのお湯が素肌に入り込みフェレルを刺激する。

 この刺激は初体験であり、お湯の触感というのは未体験ゾーン―― まさに新世界の境地!

 

 「ふむ、では私は着替えてきますから。ナダル様の汚れをしっかりと落としておいてください」

 

 「はあ……わかりました。では後ほど」

 

 「ああ、そういえば。失礼、ポーラさんにお聞きしたいことがあるのですが」

 

 「えっと……まだ何か」

 

 「ナダル様の体液で汚れた服を処分したいのですが、処分した服はどこに出せば良いのでしょうか」

 

 フェレルの体を洗うのを部屋にいるメイドたちにお願いしてカルラはいったんこの場から離れるようだ。カルラ曰く、フェレルを運んで汚れたらしい燕尾服を本当に捨てる気満々であった。

 

 

 

 フェレルは指先をジッと見つめていた。指がお湯を吸ってシワシワにふやけている。自分の指がこんな風になったのは初めての事だった。

 そして、浴槽のお湯につかりながらただひたすらボーとしている。こんなに気持ちイイものがこの世にあったなんて―― お湯に浸かるというのは本当に良いものだ。

 

 「あっ~… ああっイイ。とっても……イイ」

 

 気持ちいいと言う言葉が浮かばずにひたすら『イイ』と呟いていた。


 「ふ~… そんな恍惚な表情を見せられるとは。泣きながらも快楽に浸りだらしなく涎をたらす―― 失礼ながら生理的嫌悪感を禁じえない。なんて言ったと言えば良いのでしょうか。噂以上の難物のようですね、本当に」

 

 浴槽の近くに―― フェレルの真上から急に声が聞こえてきた。そう燕尾服の青年カルラが着替えをし終わってこの部屋に戻ってきていた。当のフェレルはお風呂に夢中になっていてカルラが着替えで部屋から一時退出していたことには気づいていなかったのだが―― だがその声を聞いてお散歩に出かけていた意識がフェレルの脳に帰ってきた。

 

 「――― はっ!?おっ……お前、変態男色男ホモヤローか。あれっ……俺はいままで何を」

 

 「いやはや―― 浴槽の中で夢でも見ていたのですか。こちらとしてもいい加減に本題に入りたい所なのですが。宜しいですか」

 

 「本題?本題って何だよ!らせろってんじゃねえだろうな……無いだろうな」

 

 カルラが軽口を叩きながらもフェレルに話しかけてくる。先ほどのビリビリからの局部ちんこ丸出しの恥辱に合わされていた事もありカルラに対して浴槽の中で少し、距離を取りつつも虚勢を張って返事を返す。

 

 「ひいっ!?」「ナダル様……」

 

 フェレルの虚勢を張った大声に浴槽のまわりに控えているメイドたちは青い顔をして脅えだした。

 

 「ふ~…やれやれ、元気が戻ってしまいましたか。まあ、いいでしょう。私としてはまず自己紹介から始めたいのですが―― その虚勢に満ちた大声を出さないでくださると助かります」

 

 「―――!? 自己紹介ね……結局、お前は誰でこの状況は何なのか―― 答えてくれるのか」

 

 分かりやすい挑発をぶつけられてムッとするフェレルだが、自己紹介をすると目の前の燕尾服の青年が言っている。ピレイネ山脈で兵士たち5人に逮捕―― もしくは拉致された後の状況が分かるかもしれない。何にしても現在、フェレルが持っている情報はあまりにも少ない―― 再び脱出をするにしても確度の高い情報は喉から手が出るほどほしい。行動に移すのはそれからでも遅くは無い。

 

 「ええ、それでは―― お初にお目にかかり恐悦至極にございます、ファラエル・ナダル第8王子」

 

 ―― また、ナダルか。それに王子って……王子ってあの王子の事か?

 

 「私はカルラ・アレス・ナバーロ。枢密院の命を受け、ナダル王子の教育係として、ここアンドナ・ラ・ビエナ・ファラエル王家別邸に赴任してきました」

 

 ―― カルラ・アレ……長いな。それに枢密院すうみついんって何。あと王家別邸って……王?王様?

 

 「先ほどの行いもナダル様の教育の一環にございます。教育係としましては厳しく振舞わねばなりません。つきましては私の教育内容に一定のご理解とご協力をお願いします」

 

 燕尾服の青年の名前はカルラ・ア……カルラと言うらしい。浴槽でいまだに素っ裸のフェレルの前でうやうやしく左膝をたて片膝をつけたままで礼をとる。先ほどまでの軽い雰囲気の人物と同一とは思えないような荘厳さをカルラから感じる。

 さっきから、聞いた事も無い単語がどんどん飛び出してくる。言葉の意味を理解するのも情報の整理も追いつかない。この後の展開が読めないし、どうすればいいのかも分からない。

 フェレルは再び、混乱していた。

 

 「――― ナダル様。私が教育係となることに対しての是非をお答えください」

 

 「えっ?お答えって……何を答えればいいんでしょうか?」

 

 絶賛、混乱中のフェレルは虚勢を張るのを忘れて丁寧な言葉で質問に質問を返してしまう。

 

 「……儀礼的なものですが王家にかかわる任務は対象となるお方の承認を頂いて初めてその任に就くこととなっております。ですから―― ナダル様、私を教育係としてお認めくださいますようお願い申しあげます」

 

 「ああ……うん、教育係ね、いいんじゃないのかな。頑張ってくださいね、その……教育を」

 

 そして、理解が足りないままにフェレルはナダル王子本人の許可を得ずにナダル王子の教育係を勝手に許可してしまった。

 その言葉を聞いてカルラも剣礼サリューを解く、そして黒い瞳でフェレルの方を見つめ――

 

 「では、ナダル様―― 早く服を着てお休みください。もう夜もふけておりますので。いつまでその飾り気の無い『もの』をぶらぶらさせているのですか、露出趣味は今後禁止にさせていただきます」

 

 素っ裸にしたのはお前だろ!とツッコミたい所だが正直、そんな気力は残ってなかった。先ほどの恭しい態度はどこにいったのやら。とにかく新たに得た情報を整理して明日に備えるべきだと思う。ああ、そういえば――

 

 「あの~…カルラさん。俺、すごーくお腹が空いているんですけど。食事を……」

 

 「間食も禁止です。ナダル様は太りやすい体質だと聞き及んでおります。朝、昼、晩と3食きっちりと決められた時間にお召し上がりください」

 

 却下されました。これで2日間飲まず食わずが確定しました。

 

 「はあ~…わかったよ。わかりました。寝ますよ、寝ればいいんでしょう」

 

 フェレルは投げやりに言いながら浴槽から這い出る。外に出た瞬間に四方をメイドたちに囲まれてバスタオルで全身をくまなくふきふきされてた。うーん、王子様か―― 地位ってすごいな!

 その後、メイドたちは浴槽と張替えようのお湯を回収して部屋から出て行き、カルラも「明日から厳しくいきますので―― 最後の安息を堪能してくださいね」と何やら恐ろしいことを言って出て行った。

 寝巻きもされるがままに着させられてベットに直行していた。眠気、より空腹が……はあ。

 明日まで耐えてくれよ―― フェレルは自分の胃袋を励ましながらベットの上で長かった1日を終える。

 

 ナダル様―― フェレルが間違えられている相手で王子様らしい人物。そろそろ状況が読めてきたし、ナダル様という人物にもなんとなく心当たりがあった。だが、その心当たりの人物がナダル様だった場合は――…

 

 

 

 

 「そう言えば―― ナダル様、少しよろしいですか」

 

 「うおお!?まだ居たのかよ。さっき外に出て行かなかったっけ」

 

 フェレルの枕元に黒い影が立っている。普通に暗殺者かと思ったぞ。カルラさん怖すぎる。

 

 「いえ、大事な教育をし忘れていたので。 お休み中の所、申し訳ありません」

 

 「はあ……で、大事な教育って何」

 

 「はい、ナダル様は私に変態男色男ホモヤローと仰ってましたよね。覚えていますか」

 

 変態男色男ホモヤロー? ああ、そう言えば言った気がする。もしかして気にしてるのか。さすがにケツの穴を掘られるのはイヤだったから必死だったわけで―― 一応、謝ったほうがいいのかな。

 

 「ああ、そうだったね。その、ごめんなさい。必死だったとは言え、こっちも言いす――

 

 「私は『女』ですから。今日中にそこを訂正しておきたかっただけです。では失礼します」

 

 カルラ・アレス・ナバーロ―― ナダル様の教育係にて男装の麗人である。

 

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