乙女と熱と
「またか」
目に飛び込んできたのは『白』だった―― 先ほど見たのと同じ光景だ。
前回は自分の置かれている状況がわからず戸惑ってしまったが、今回ははっきりと覚えている。なぜ自分がこの部屋にいるのか。牢獄から脱走―― 脱獄をしようとして燕尾服を着た男に阻まれ、強烈な膝蹴りを鳩尾にくらい気絶していたことを。
「あんのぉ野郎―― せっかくのチャンスを邪魔しやがって……クソッ」
何にしても脱獄は失敗したのだ。あれだけの騒ぎを起こした囚人に隙を見せることはもう無いだろう。最悪すぎる展開にさすがのフェレルも意気消沈する。
― ぐう~!
気落ちするフェレルのお腹から盛大な音で腹の虫が泣いた。自分がかなりの空腹だという事に腹の虫と言う生理現象で気がついた。
斥候としてアンドナ・ラ・ビエナに入り、暗殺の標的の屋敷の下見をしアジトにもどる最中にあの『罵倒男』に出会ったのだ。そして、彼が事故で亡くなり遺品である純金と宝石の腕輪などを回収して再びアンドナ・ラ・ビエナに戻る道中、あの5人組の兵隊に襲われて逮捕されたのだ。
あの一連の流れで大体1日半ぐらいの時間が経っており、その際にフェレルが食べ物を口にしたのがアンドナ・ラ・ビエナからアジトに戻る前の時間だ。
腹時計を信用するならば最後に食べ物を口にしてから丸1日以上経っていると思われる。正直、かなりの空腹だった。
「……起きるか」
何にしてもこのままでは埒が明かない。囚人に食事を与えないことはないとは思いたいが、現状、ここに来てから食べ物はおろか水さえも口にしていない。
いくらなんでも餓死させるのが目的だとは思いたくはないのだが――
― ジャラ…
ベットから立ち上がろうとしたフェレルは鉄がぶつかり合う重低音を耳にする。一体どこから聞こえてくるのだろうか。
不審に思い立ち上がろうとしたが左足に物凄い違和感を感じる。足が重い―― いや、足に何か巻きついているような……そんな気がした。
「これって―― まさか!?」
音の正体に心当たりがあったフェレルは慌てて掛け布団をめくる。そしてそこにはフェレルの予想通りの物が存在していた。そう――
「鎖って……、あの野郎!本当に俺を餓死させるつもりかよ!」
キングサイズのベットの足とフェレルの左足が鎖で繋がっている。この展開はいままでの状況の中で一番囚人らしいのだが、空腹と今の状況―― ここに来てフェレルは本気で生命の危機を覚えた。
お腹がすいていると意識すればするほどよけいに空腹感が増す。さすがに無いとは思いたいのがあの燕尾服を着た青年―― あの嫌みったらしい男ならフェレルを躊躇なく兵糧攻めにするかも。
― ぐう~!
……。思い出し怒りをしたら余計に腹が減ってきた。あまりお腹を刺激するような事を考えるのはよそう。
「はあ~… さてと、どうしたものかな」
フェレルはあらためてこの状況を考える。今、分かっている事は自分が捕まっているという事だ。後ろめたい事が山ほどある盗賊なのだからそれは納得できる。だが、それを考えても不自然な点が多い様な気がする。
まずはこの部屋だ。窓に鉄格子がはめられている事から牢獄だと考えていたが、部屋に飾られている豪華な装飾品の数々。それに今、自分が横たわっているベットもキングサイズにふかふかの布団という高価な物だと思われる家具だ。ニステ盗賊団にいた時に投獄の経験者たちが牢獄トークに花を咲かせていたのを横で聞いていた事があった―― 汚い、汚物が床に散らばっている、メシが不味い、10人ぐらいですし詰めだった、看守に腹いせで殴られた、男色家の看守にケツを掘られた、男色家の囚人にケツを掘られた、さんざんな状況だったそうで―― う~ん……お尻の穴が痛くなってきた。
フェレルもあの燕尾服の青年に蹴られたのだが看守の腹いせかどうかはさておき、だだっ広く綺麗で豪華な部屋の中に1人だけというのはさすがにおかしいはず。
それにあの男―― たしか……
― コンコン
鎖に繋がれているフェレルが状況分析を始めてから、どのくらい時間がたったのだろうか。思考の海に沈んでいたフェレルは耳に飛び込んできたノックの音で元の世界にもどる。
前回は扉が開いたと同時に脱出を図ったが今回は無理。左足の鎖がフェレルの自由を許さない。
「失礼します―― ああ、目が覚めていたのですか。丁度良い、お加減はいかがでしょうか」
「お前……さっきの」
ドアから現れたのは燕尾服の青年。フェレルの脱出劇を防いだ張本人がご登場。
「ふ~…おしおきが利きすぎたみたいですね。ふふ、ずいぶんと元気が無いようで」
「…………」
状況を警戒して静かにしているフェレルを見て燕尾服の青年を満足そうに微笑を浮かべる。それ以前に空腹で倒れそうな状態なのだ。元気があるとか無いとか以前の問題だろう。
「では、お部屋にお邪魔させてもらいましょうか。皆さんもナダル様のお部屋に入ってください。準備のほうをよろしくお願いします」
燕尾服の青年がフェレルに挨拶をし終わると、彼の後ろからメイド服の女たちがぞろぞろと部屋の中に入ってくる。
―― ナダル様か。やっぱり聞き間違いじゃなかったんだな。
牢獄なのに豪華な部屋だという違和感とは別にもう1つ気になっていた事。そう、『ナダル様』という呼び名だ。脱出騒動の最中に燕尾服の青年とサービスワゴンを押してきたメイドがフェレルの事をそう呼んでいた気がした。あの時は余裕が無かったので気にも止めなかったが―― またナダル様か。
人違いなのか、それとも、他の意図があってそう呼んでいるのか。状況が状況だけに判断が難しい。
そんな事を考えながらフェレルが押し黙っていると燕尾服の青年がこちらに近づいてきた。
「ナダル様、準備が整いました」
―― 何の準備だよ!?
「では、脱いでください。全部」
「……は?」
「ん?……ああ、鎖ですね。今、外しますから。すぐに脱いでください。全部」
―― 脱げ?こいつは何を言ってるんだ。いや……これって、まさか!?
経験者たちが語る牢獄での過去、曰く、男色家の看守にケツを掘られた、ケツを掘られた、ケツを掘られた、ケツを掘られた、掘られた、ケツを―― ファック!!
「―― ひいぃぃっっ!来るな!こっち来んなぁ!!」
「は? どうしたのですか、急に」
そう言えば、男なら男色家の貴族に売られて飽きるまでその身体を陵辱されるって聞いた事あったなあ。つまりこいつはそういう奴でこの状況はそういうプレイの一環だったのか―― フェレルは絶望的な答えを見出してしまった。
「うっさい!だまれ―― この……この変態男色男!糞だらけのケツの穴に性器突っ込んで何が楽しいんだよ!?この変態が!変態!変態!!」
「ふむ……ナダル様がその様な事をお考えとは。これはいけませんね」
「クソッ!寄るな!来るな!こっちに来んなああぁぁ!!」
幼い少年が男色家に襲われる。治安の悪い地域ならよく聞く話だし、ニステ盗賊団の団員の中にも掘られた経験者は何人もいた。フェレルは幸運にもいままで掘られないで生きてこられた。団長のニステ・E・サンチェスが大の同性愛者嫌いでニステ盗賊団の中に男色家がいなかったのも大きかった。そういう環境と幸運のめぐり合わせのおかげでフェレルはここまで処女を守り通してきた。だが―― 他人事のように考えていた男色家に掘られるという現実が自分の身に降りかかってきている。
恐怖。圧倒的な恐怖がフェレルを支配する。
「うわあああああああああああ!!」
フェレルは抵抗した。枕を燕尾服の青年に目掛けてブン投げ、鎖に繋がれた不自由な体で暴れる。両腕をぶんぶん振り回し。両足をジタバタさせて近づけさせないようにけん制をする。鎖がジャラジャラとやかましく鳴り響く。貞操の危機に瀕した乙女の必死な抵抗―― だが。
「失礼します。暴れると痛くなりますよ」
「―― あっ!?」
燕尾服の青年はフェレルの視界から急に消えた。否―― 後ろに回りこまれた。一体どうやって……脱出騒動の時の動きもそうだが身体能力に物凄い差がある。
背後から片手だけでフェレルの手首を2つロックする。両腕を後ろ手に封じられて完全に身動きが取れない。
「手荒くするつもりは無かったのですが―― ふ~…ナダル様が悪いのですよ」
- ビリッィ!
動けない。なんて怪力だ。左手1本でフェレルの両手首を極め、完全に動きを封じている。そして、開いている右手1本で器用に衣服を脱がす―― いや、剥いていく。
「ひぃ……、いやっ……いやぁ! やっ、やめろぉ……。やめてくれよ!」
― ビリッィ!ビリッ!ビリッ!
豪快な裁断音とは対照的に絹を裂くようなフェレルの弱弱しい声が室内に響き渡る。
剥いていくというのは言葉通りの意味だ。果物の皮を乱暴に剥いて中につまった瑞々しい果肉を求めるかの如く、フェレルが身に着けている服は破り取られ、若く青い身体が剥き出しにされる。そして――
- ビリッ!
最後に残った下着を剥ぎ取られ、フェレルは生まれたままの姿を燕尾服の青年の前に晒す。力まかせに身体をまさぐられる―― 陵辱とはこの事か……これが強姦されるという事なのか。
「ふむ。まさかまだ生えていなかったとは―― ふ~…中々良い『もの』をお持ちの様で。ですが装飾無しというのもコレはコレで。ふふ、なかなかにアンバランスな光景ですね」
「…………」
「まあ、大人しくなった様なのでこちらとしては好都合です。あ~…、誰かナダル様の足の鎖を外して下さい」
軽快に話を続ける燕尾服の青年とは対照的にフェレルは恐怖と羞恥心で声が出ない。両手もガッチリと極められたままで抵抗もままならない。燕尾服の青年に呼ばれたメイドが鎖の鍵穴に小さなカギを差し込んで左足の拘束を解く。
足が自由になった―― だが状況は変わらない。足が自由になった所で再び抵抗するか?いや、フェレルは燕尾服の青年には適わないだろう。
―― ……無理だ。
何でこんな事になったのだろうか。何がいけなかったんだろうか。フェレルは思い返す。
もしも―― もしもあの時、罵倒男を助けなかったらこの状況は無かったのでは無いか?
もしも―― もしもあの時、崖を登らずに森の中を通っていたら捕まらなかったのでは無いか?
もしも―― もしもあの時、アンドナ・ラ・ビエナでは無くアジトに向かっていたら兵士たちと距離が開いて逃げ切れたのでは?
だが、そんな過程を思い浮かべた所でもう間に合わない。いまここにある光景が現実なのだ。フェレルにはどうにか出来る選択があったかもしれない。でも、もう追いつかない。そんな未来は遠い過去に離されてしまった。
―― もう間に合わないよ。
絶望と恐怖で頭の中がグルグルしている。燕尾服の青年もメイドも何をしているのか気にならない。そして―― 下半身に熱を伴った痛みが走る。熱い、とても熱い。こんなの……ハジメテダヨ。
フェレルは心が折れた。