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王子と盗賊 <The Prince and The Thief>  作者: 東京特許きょきゃきょく
3/9

監獄の中で <In The Prison>

 

 崖の下から無事に生還したフェレルは小休憩を挟んだ後に再び歩き出した。50mのロッククライミングは体力を大いに消耗した。雨を含んだ服や純金と宝石の腕輪の重量も彼の体力を削った原因でもあった。

 兎にも角にも体力を回復するのためにある程度の時間を要したのは仕方が無いだろう。そして、現在フェレルは一路アジトを― いや、ピレイネ山脈の出入り口である旧アンドナ公国の首都アンドナ・ラ・ビエナを目指してその歩みを進めていた。

 

 アジトに帰るか、装飾品を売りさばくかで悩んでいたフェレルが出した結論は― 逃げるだった。あの罵倒男から頂いた品の中でひときわ目を引くのが純金と宝石のみで出来ている腕輪。金の相場も宝石の相場も詳しくは知らないが間違いなく一般市民には一生かかっても手の届かないようなお金になるのは間違いないとフェレルは確信している。だとすればこの腕輪を売っぱらってどこか遠くの国に高飛びしてしまえば良い。それでこの惨めな盗賊生活ともおさらば出来るし、この国から逃げ出すこともフェレルの夢に大きく近づくことになるのだから。

 

 「~~♪」

 

 明るい未来に思いながら機嫌も上々に一路アンドナ・ラ・ビエナを目指すフェレルの足取りも軽い。鼻歌をピレイネ山脈に響かせながらフェレルは進む。

 あんなに過酷な盗賊生活も今思えば悪くなかったなとニステ盗賊団の暮らしに哀愁すら覚えていた。

 

 ― そう、フェレルは浮かれていた。だからだろうか……

 

 「ふん、ふん、ふん~♪」

 

 「…………」

 

 いつも心がけている『あたりの様子に常に気を配れ』を。

 

 「……今だ。囲め!」

 

 ニステ・E・サンチェスからあれほど言われていた『違和感があれば警戒しろ』と言う言葉を。

 

 「ふん~♪……えっ!?なっ!?」

 

 失念していたのかも知れない。

 

 状況がわからなかった。いきなり目の前に飛び出してきた3人組みの鎧の男たちがフェレルの行く道を塞ぐ。気が動転したフェレルはそのまま後ろに走ろうとしたのだが後ろにも2人組みの鎧の男たちが退路を塞いでいる。急な展開に脳が付いてこない― ただフェレルには男たちの姿は鎧姿は見覚があった。

 盗賊家業をしていれば天敵となるのが町を守る自衛団なのだが彼らは基本的に鎧などの戦闘用の装備を常にしていた訳ではない。フェレルを囲んでいる5人の男たちは正規兵― つまり、軍人だ!

 

 「――っそおぉぉ!退きやがれぇぇ!!」

 

 軍人が高々一地方の取るに足らない盗賊を― しかも、下っ端の下っ端であるフェレルなどを捕まえようとする理由が分からない。だが、今はそれどころではない。兵隊が現れたら逃げる!それが盗賊の本能だ。それに従い正面突破を仕掛けるフェレルだった。だが――

 

 「御免!」

 

 「ぐえぇ!」

 

 正面に気を取られて後ろから迫ってくる男たちに気が付かなかった― 真後ろから太い腕で首を絞められる。『フロントヘッドロック』を掛けられて蛙が潰れたようなうめき声をあげるフェレル。

 なんとか振りほどこうと必死に抵抗するも暴れれば暴れるほど腕が首に食い込んでくる。自分よりもはるかに体格のいい男が5人― もはや彼らから逃れる術がない。

 薄れゆく意識の中でフェレルは死ぬのかな― と呟いた。

 

 

 

 目に飛び込んできたのは『白』だった。

 

 「…………?」

 

 状況がわからない。アジトの寝床でいつも見ている天井はもっと薄暗くほこり蜘蛛くもの巣が張っていたはず。今度は首を横に向けてみる― 花が見える。花瓶に刺さっている赤い花。こんな洒落たものには見覚えがない。首を下に向けてみる― 掛け布団がある。しかしこんなに軟らかい掛け布団をフェレルは知らない。万年床で垢にまみれた薄い毛布が自分の寝床だったはず。団長ですらこんなに良質の布団を使っていることはないだろうと思う。

 じゃあ― ここは一体?

 

 フェレルは起き上がり。布団から這い出る。敷き布団もフワフワしていて思わず転びそうになる。ここで初めて自分の知らない部屋にいる事に気づいた。フェレルが今まで眠っていたのはキングサイズのベット。知識としては知っていたがベットなんて高級品を使ったのは生まれて初めてだった。

 

 ベットから脱出して自分がいる部屋を歩きまわって辺りを観察するとあるものが目に飛び込んでくる。

 

 「――鉄格子。って事はここはやっぱり……」

 

 絨毯やシャンデリアなどの高級な調度品が所せましと並ぶこの部屋の中で異彩を放つ存在。それは窓に備え付けられた鉄格子だった。フェレルは7年間、盗賊をやっているも一度も捕まったことは無かった。だが牢屋に、監獄に、犯罪者を拘束する施設にはお決まりのように鉄格子が備え付けられている事は当然知っている。

 その存在だけで今の自分の立ち位置を十分理解してしまった。つまりは――

 

 「やっぱり、捕まっちゃたんだよな……くそぉ」

 

 初めての監獄に、初めて捕らえられた事実に― 10歳の盗賊は悔しさを滲ませた。

 

 

 

 【ファラエル帝国領・旧アンドナ公国・アンドナ・ラ・ビエナ】

 

 気が付いてからどれくらい時間がたったのだろうか。盗賊生活7年目にして逮捕という初めての失態を冒したフェレルの精神状態は非常に宜しくなかった。鉄格子を力任せに外そうとしてみたがビクともせず、部屋にある唯一の扉を力任せに乱暴に叩いたものの反応は皆無だった。

 逮捕された盗賊がどうなるのかをフェレルはニステ団の仲間から色々と聞いたことがあった。

 

 曰く、腕を切り落とされる。

 

 曰く、犯罪者の烙印、つまりは焼きやきごてで身体に刻まれる。

 

 曰く、奴隷として死ぬまで強制労働を強いられる。

 

 曰く、自警団の憂さ晴らしに飽きるまで私刑リンチを喰らう。

 

 曰く、男なら男色家の貴族に売られて飽きるまでその身体を陵辱される。

 

 殺されることは無いらしいが碌な話を聞いたことが無い。とにかくこの牢獄から脱出しなければフェレルに未来はない。これと言った逃走経路が無い以上、希望はあの扉だけ― 捕まえた以上は何がしかの処分をすることは間違いないのだ。誰かがあの扉から入ってきた瞬間に勝負を賭ける。

 愛用のダガーナイフも隠し刃が仕込んである仕込みブーツも手元には無い。おそらく、この部屋にぶち込まれる時に取り上げられたのだろう。そして、この部屋を物色してみたものの武器になりそうな物は一切無かった。つまりはあの扉から入ってくるのがあの屈強の兵士であろうとそれ以上の者であろうとフェレルは素手で突破しなければならない。

 いつ来るかわからないその時をしくじらない様、頭の中でシミュレーションしながらその機会を待っていた。

 

 ― コンコン

 

 扉から軽快な音が響いてきた。ノック― つまり、誰かがこの部屋に入ってくる合図。

 フェレルが待ちに待っていた瞬間がついに来た。絶対に失敗できない一発勝負の強行突破を仕掛ける。大人が2人通れるぐらいの幅しかないその扉を開いた瞬間に横入りで駆け抜ける。そして、外に通じる扉か鉄格子のかかっていない窓を見つけて脱出する。

 何回も頭の中で繰り返してきたシチュエーションを頭の中で反芻はんすうする。

 

 「失礼します。お食事をお持ちしました」

 

 ―― 開いた!

 

 扉から現れたのは銀色のサービスワゴンを押した黒を基調とした服に白いエプロンをかけた女性だった。だが服装を気にする余裕など今のフェレルには無かった。

 地面を― 絨毯を目いっぱい蹴り飛ばして最大加速で女の横へ駆け抜ける。

 

 ―― 行ける!

 

 視界の端に捕らえる女はこちらに全く反応出来ていない。このまま扉の外まで一気に抜ける。そして、牢獄から外に出る場所を出来る限り早く見つけ―

 

 「ふ~…噂どおり、本当に躾がなっていないようですね」

 

 フェレルが通り抜けようとした隙間― 女の横から急に一本の黒い影が伸びてくる。

 

 「―――な!?……ごふぁ!!」

 

 一本の黒い影は鳩尾みぞおち付近に直撃し、フェレルは思わず苦悶の声を上げてしゃがみこむ。

 一体、何が起こったのか。

 タイミングは完璧だったはず。サービスワゴンを掴んでいる女はフェレルの方をみて戸惑いの表情を浮かべている。そう、完璧に虚をついたはずだったのだ― 邪魔をしたあの黒い影は一体?

 

 「ふ~…反省―― して頂けたでしょうか。ナダル様?」

 

 吐き気とも違うお腹の気持ち悪さを堪えながらフェレルに声をかけているであろう人物の方に顔を向ける。そこにはフェレルの鳩尾に衝撃を与えたであろう左足を上げたままこちらを侮蔑の眼差しで見つめる人物がいる。

 

 「なるほど……身分に見合わないその貧相な顔と性根。これは噂以上の難物であるとお見受けしました。噂というものは当てにはならないものですね」

 

 そこには黒い燕尾服えんびふくを着た青年がこちらを見下ろしていた。

 

 「なっ!?ナダル様お怪我はございませんか!?」

 

 「―――ぐっ」

 

 黒を基調とした服に白いエプロンをかけた女― つまりはメイドがフェレルの方に駆け寄って声を掛け寄る。まったく状況がわからない。腹に蹴りを入れられてメイドに心配されている今の状況が― だが。

 

 ― 隙!

 

 スペースが開いた。メイドがこちらに駆け寄ってきたおかげでフェレル1人が通り抜けられる隙間が出来た。千載一遇の大チャンス―― この機を逃せばもう脱走できるチャンスは無い!

 鳩尾に残る痛みを堪えながらしゃがんだ体勢のまま一気に飛び込む。

 

 「きゃっ!?」

 

 「――ですから、大人しくしていただけませんか……ねぇ!!」

 

 フェレルの真横から先ほどと同じように一本の黒い影―― 進路を拒み部屋の中に押し戻そうとする右足での側とう蹴りが飛んでくる。これを受ければ先ほどの再現は必死。だが―― フェレルは先ほどと違う行動を選択した。

 

 「さっせっかよぉ!」

 

 燕尾服の青年がフェレルの邪魔をするために攻撃してくるのは読んでいた。扉の外に向かう体を強引に捻じ曲げて青年のほうに方向転換して距離を一気に詰める。側とう蹴りの射程範囲内だが距離さえ詰めてしまえば最も威力がある膝下― 足の甲の打撃を回避できる。

 

 ―― ドムッ!

 

 足のこうすねの部分の蹴りを回避して太ももの蹴りは腹筋で受け止める。そこそこお腹に響いたもがそこまでのダメージは無い―― そして、青年の懐に飛び込むことに成功した。つまりは――

 

 ― 零距離!ここだぁ!!

 

 狙うは人体の急所。正中線の中で鍛えることが難しい場所。すなわち―― チン

 下から勢いをつけて指先を揃えた手のひらの形。掌底しょうていが青年の顎を目掛けて一気に突き上げる。

 殺傷力はほとんど無いにも等しい技だが顎への衝撃は直接、脳に伝わり意識や身体機能を大幅に低下させることが出来る、組み合いに持ち込まれた時に相手の虚を付いて足止めをする事に関しては高い効果を得られるフェレルの十八番おはこ

 そして――

 

 「ふっ!」

 

 チッと掠るような音を残してフェレルの左手は天井の方へ伸びきった。

 

 「なかなか良い攻撃でしたね。ふ~…少しは見直しましたよ。ナダル様」

 

 「…………」

 

 絶句。

 フェレルの掌底には目の前の青年の顔を削った感触は残っていた。だが―― 狙っていた顎ではなく打撃を与えた場所は彼のほお。つまりは――

 

 「狙いは素晴しかったのですが―― どこを狙うか目に書いてある様では避けてくださいと言っているようなものですよ」

 

 青年は首を少し斜め下に傾けるだけでフェレルの顎への掌底を防いだのだ。目を見て狙いを読んだと語るがあの一瞬の攻防でそこまで読める洞察力、判断力、そして、精神力―― 格が違う。

 

 「とは言え―― お屋敷の中でむやみに暴力を振るうのは感心できませんね。もう一度反省していただきます」

 

 ―― ドゴッ!

 

 「あっ……」

 

 鳩尾に再び衝撃が走る。青年の左膝がフェレルのお腹に突き刺さっているのを朦朧とした意識の中で確認した。横隔膜おうかくまくに激しい衝撃が走り呼吸ができなくなる。酸素を得られなくなった脳が意識のブレーカーを強制的に落とす。

 

 「目が覚めたらまたお話をしましょう。ナダル様―― いえ、ファラエル・ナダル第8王子」

 

 【ファラエル帝国領・アンドナ・ラ・ビエナ・ファラエル王家別邸】

 

 フェレルは知らなかった。

 牢獄にはキングベットも豪華な調度品も上品な赤い絨毯も存在しないことを。美しいメイドも見目麗しい執事の青年が存在しないことを。

 そして―― 盗賊がそんな貴族の様な環境に存在できないことも――…

 

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