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王子と盗賊 <The Prince and The Thief>  作者: 東京特許きょきゃきょく
2/9

盗賊が降り、貴族が登る <Rock‐Climbing>

 

 フェレルは慎重に、慎重に崖を下る。

 プロのロッククライマーなら斜角60度ぐらいの斜面ならそこまで苦にせずに降りられるのだろう。しかし、フェレルは山道には慣れてはいるもののロッククライミングが特に上手いわけではない。しかも、雨が降る悪条件が付いている。

 崖の高さは約50mという所か―― カギつきロープとダガーナイフをハーケン代わりにゆっくりと降りてゆく。

 とにかく確かめなければならないことがある。フェレルに1億プスタをもたらしてくれるかもしれない男の安否を―。

 フェレルはロッククライミング自体は初めてではないのだが、雨で足場が滑る状況での経験したことが無い。もしも落ちたとしたら即死―― はそこそこ傾斜がある山肌なので無いとは思うが打ち所が悪ければ当然最悪の事態もありえる高さなので決して油断は出来ない。左手のダガーナイフを山肌の土に深く刺し、カギつきロープを一定の間隔で命綱代わりに。小ぶりになってきた雨を身体に受け、フェレルは下る。

 そして――

 

 「うわっ……ひでぇな」

 

 地に足を着けたフェレルは見るも無残な光景を目にする。

 50mの高さから―― いや、途中で引っかかっていた位置から考えて40m弱の高さから地面に叩きつけられた馬車はバラバラになっている。中に乗っていたあの罵倒男も大怪我を負っているのは間違いないだろう。

 何にせよ、苦労してここまで崖を下りてきたのだ。1億プスタの約束もあるので彼を早く保護しなければならない。

 

 「おーい!無事かー。助けに来たぞ。喋れるなら返事してくれよ!!」

 

 雨がふる森の中でフェレルの大声は周辺に木霊する。

 馬車の中にいるであろう罵倒男に声をかけるも返事が無い。これはけっこう不味いかもしれない。そう思いフェレルは焦りながら馬車に近づきバラバラになった車体の残骸をどけていく。

 

 「しっかりしろよ!今、助けてやるからな!」

 

 デイビッド・フェレルには夢がある。彼はもともと孤児みなしごであり、物心ついた時にはニステ盗賊団の一員だった。無法者ぞろいの盗賊たちではあったが小さな子供にはやさしかった ――と言うような美談は一切なく、フェレルは幼いころから生きていくために盗賊として必死に働いた。団員の中にはフェレルと同じような境遇の人間も沢山いたが団長の二ステ・E・サンチェスに役立たず、無駄飯ぐらいと判断された場合は死の危険リスクが高い仕事を回され、大抵はそこで力尽きてしまう。フェレルも同じように判断された事が何度もあり、死線を潜り抜けてたのは1度や2度ではない。それでも幸運に恵まれたのか未だに生きている。

 そう、フェレルには夢がある。それは当然命も必要だし金も必要だった。

 ゆえに罵倒男から金をやると言葉を引き出した時は少なからず期待し、1億プスタを礼として払うと言われた時には心が震えた。

 

 ― 絶対にこのチャンスは逃せない!

 

 どれくらいの馬車の残骸を避けたのだろうか。折れた木材が腕を掠めて血がにじみ出ている。厚手のグローブを身に着けていたので素手に傷を負わないのが唯一の幸いだ。

 

 「――っ!見つけた!おい!しっかりしろよ、すぐに手当てしてやるからな!」

 

 馬車の残骸の下の方から、人影を見つけた。乗っていたのが1人であるのならこの身体があの罵倒男で間違いはないだろう。

 フェレルは罵倒男にかぶさっている木材を慎重に慎重にどかしていく。応急処置についての知識があるわけではないが本能的に身体に振動を与えてはいけないと感じ取り、ゆっくりと彼の身体を残骸の中から出していく。だが―

 

 「――っ!」

 

 最期に罵倒男の上半身に被さっていた木材― 板をどかしてフェレルは顔をしかめる。

 目を大きく見開いて苦悶の表情を浮かべ、口と鼻から血とよだれと鼻水を垂らしている。正直、生きているのか死んでいるのかわからない。

 

 「――あ、くっ、俺の声が聞こえるか。死んでないよな……おい!?」

 

 フェレルはその場にしゃがみこんで、苦悶の表情を浮かべた罵倒男の上半身を抱き上げようとして―

 

 ― ズルッ……

 

 彼の頭が―― 罵倒男の頭部が90度後ろに向く。いや、重力にひかれて落ちていく。

 

 「――っ!うっ……こいつ、首が――」

 

 初めてみる光景だった。例えるならば『ろくろ首』だろうか― 胴体と頭をつなげる首がまるでゴムのように伸びている。そう― 罵倒男の首の骨が首の皮の中で完全に折れているのだろう。

 フェレルは楽観視していた。『打ち所が悪くなければ生きているだろう』と、だが残念なことに罵倒男は打ち所が悪かったのだ。受身を取らなかったのか、もしくは取る余裕もなかったのだろうか。とにかくフェレルにとって1億プスタの価値がある男はここで命を落としてしまったのだ。

 

 「――くそっ!何で死んでるんだよ。何て死に方してんだよ、この馬鹿!」

 

 フェレルが死体を見るのは初めてではない。ニステ盗賊団は盗みの他にも殺し― いわいる暗殺を請け負うこともある犯罪組織だ。標的ターゲットの死体や返り討ちにあった仲間の死体など当たり前のように目にしてきた。フェレル自身も人を殺めた事は何度もある、だが― これほど痛ましい死体をみるのは初めてだ。

 

 「ちくしょう!せっかくのチャンスだったのに― この馬鹿がぁ!くそぉ!!」

 

 フェレルは目の前の物言わぬ男を罵倒する。先ほどまでは言われたい放題だったのが皮肉なものだ。

 

 「俺の……俺の1億プスタが。くっ……ううっ」

 

 フェレルは涙した。それは罵倒男の死を労わり悲しむという意味ではない。夢へ近づく1億プスタが消えてしまった事に対しての喪失感と悲しみからの涙だった。

 

 

 

 「うおおっ!こいつは中々―― さすが威張り散らしていただけのことはあるな」

 

 罵倒男が死んだことに対して、怒りと悲しみの涙を流してていたフェレルだが一通り喚き散らして冷静さを取り戻した。現在、死体あさり― すなわちハイエナの真っ最中だった。

 

 「すげえ、こいつは純金かよ。宝石もふんだんに散りばめられていて。いくらになるんだ……ごくり」

 

 馬車の残骸の中には特に金になりそうな物は見つからなかった。罵倒男本人の懐をさぐって金を持っていないかと探ってみたもののなんとお金を持っていないという事実が発覚。この事実にフェレルも落胆したのだが、頭部を失った罵倒男の装飾品が目に入りフェレルは―― 興奮した。

 

 「1億プスタは無理にしてもこれなら相当高く売れるんじゃ……くっ、ふふふ」

 

 3つのころからこの世界で生きてきたフェレルは盗賊暦7年と活動期間だけならベテランの域に達している。盗品の目利きが特に秀でているというわけではないのだが罵倒男が身に着けている装飾品は明らかに値が張るものだという事に気が付く程度の鑑定眼はあった。

 

 「悪いな、いや、助けてあげようとしたんだからこの位はご褒美にいただきますよ。貴族さま」

 

 上下の服と首かざり、そして、純金と宝石だけで出来ている腕輪を罵倒男の死体から剥ぎ取り自分の体に身に着ける。大きな袋でもあればその中に詰め込んで持って行きたいのだが身軽な偵察任務の帰りだったフェレルは持っていなかった。

 死体あさり― あまり褒められた行いではないのだがフェレルは盗賊だ。良心の呵責などどこにも無い。彼はこうして幼いころから生きてきたのだから。

 

 「死体はどうするかな……このままにしておくのも不味いか」

 

 フェレルはそうつぶやいて罵倒男の死体を森の中に運ぶ。彼が殺したわけではないがこうして死体から金目の物をいただいてる以上、目立つところに死体があるのは宜しくない。いわいる保身というやつだ。

 冷たくなった罵倒男を背負い森の中を数分あるいて動物の死体が転がっている広場を見つけてそこに死体を放り投げる。

 

 「後は熊さんや狼さんたちが片付けてくれるのかな― じゃあな」

 

 森に住む害獣たちが彼の死肉を食い散らかして、骨だけしか残らないだろう。これで証拠隠滅はほぼ完了した。フェレルは最後に罵倒男のほうに目線を移して、心の中で何かをつぶやいてその場から去った。

 

 さて、ここからどうするべきかフェレルは思案する。

 ニステに命じられた偵察任務の報告をするためにアジトに帰るべきか、それとも、たった今、手に入れた豪華な装具を金にするためにもう1度街に引き返すか。

 素直にアジトに戻ればせっかく手に入れた豪華な装具は全てニステに取られてしまうだろう。ニステ・E・サンチェスという男はそういう人間だ。仕事をこなせば分け前をくれるのだが彼と自分の力関係を考えれば間違いなく横取りされるだろう。ならば物を急いで換金するか― いや、隠れて金儲けをしたのが露見した場合、おそらく彼に殺される可能性がある。

 

 ― だったら……

 

 フェレルは先ほど降りてきた崖を再び登るっていた。下りに比べると登りはかなりハードだ。ダガーナイフをハーケン代わりにカギつきロープと併せて今度は本格的なロッククライミング。完全に雨は収まっているので視界は良好。ブーツに内臓してある仕込み刃を使い足を固定してゆっくりと崖を登っていく。斜角60度で垂直な崖でないだけマシなのだがそれでも登るのには苦労する。

 落ちたら大怪我だけではすまないのは罵倒男の状況を見てイヤというほど理解している。

 

 ― 後、20m。

 

 とにかく下を見ないように腕と足に意識を集中する。

 

 ― 後、10m。

 

 ダガーナイフを自分の身体の一部だと思い。

 

 ― 後、5m。

 

 左足と崖の腹とが一体化している感覚を思い。

 

 ― 後、……少し!

 

 角度が変わる。右手が平らな道の感触を掴む。ここにダガーナイフを深くさして―

 

 「一気に身体をぉ!!だあぁぁ!!」

 

 盗賊の姿で崖を降ったフェレルは、貴族の様な身なりで崖を登り達成感から空に向かい大声を上げる。

 そんなフェレルの姿を見ていたのは雨雲から開放された太陽と――…。

 

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