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第八章 情報操作

というわけで、公園。

 自転車を飛ばした甲斐あって、30分には着くことが出来た。

 草原に彼女の姿を認められたときには多大な達成感が体を満たしていったが、ルックスは平常を装った。

「ただいまっす」

 彼女はゆっくりとこちらを向いて言う。

「お帰りなさい。どうでしたか?」

「この通り。」

 そう言って、俺はポケットから記憶媒体を取り出した。そういえば、この人はずっと何をしていたのだろう。

「確かに、これです。……ご苦労様。」

「おう」

 もしもこれが違かったら、と考えていたが、杞憂のようだった。

「しかし、情報にいくらか損傷が見られます。修正は可能ですが、少し時間がかかるでしょう。これをあなたに使えるのは明日になりそうです。」

「そうか。」

 やっぱりな。

「では、また明日ここで会いましょう。……今度は、朝ごはんもしっかり食べてきてくださいね。」

 彼女は笑いながら言った。

「明日は学校だが、それは行ってもいいんだよな?」

「明日は土曜日ですよ?」

「え?」

 そんなはずはない。入学式が月曜だった。今日は四日目だから、木曜日のはずだ。

「ええ、本来ならば木曜日のはずなんですが、情報操作により、今日は金曜日、明日は土曜日となり、四日分のニセ記憶がみんなの脳内に組み込まれています。」

「俺はなんとも無いが。」

「あなたは、特別です。」

 納得いかねぇな。

「なんで、俺が特別なんだ?」

「あなたは、ずっと自分が特別な存在でありたい、と思い続けていたではありせんか。」

 そりゃそうだけどさ。

「ならいいではありませんか。そのうち、あなたにお話することが出来るでしょう。」

 そう言って、彼女は俺に背を向け歩き出した。

「待ってくれ。」

「何ですか?」

「あんた、名前はなんて言うんだ?」

 あっ、と彼女は驚いたような声を出した。 

「言い忘れていましたね。私は……飛鳥。水無月飛鳥。」

 水無月…飛鳥。

「俺は…」

「如月蒼夜、でしょう?」 

 やっぱ知ってたか。

「ふふ、では。」

「ああ。」

 そう言って俺はママチャリに乗り、彼女を見送った。ワープでもすんのかな、と少し期待してたのだが、いらない期待だった。

 さて、帰るか。

……………

………

……

 俺は歩いていた。

 なぜだろう、と考えたが思い当たる節はない。

 とにかく、歩き続けろ。そんな意識が頭の中で渦巻いていた。

 なんなんだよ、と口に出したつもりなのだが、かすれて声が出ない。

 そうか、俺は喉が渇いているんだな、と始めてこの瞬間意識ができた。

 だが、意識は朦朧としている。

 暗闇の中を。

 暗黒の世界を。

 俺は一人で歩き続けていた。

 だが、不思議と不安、絶望はなく、逆に希望や期待が、俺の心の中ではちきれんばかりになっていた。

 ―そう、俺はワクワクしていたのだ。

 なぜ?なぜ俺はこんな状況でも、そんなワクワクしてられんだ?

 何に対して、俺はワクワクしているんだろう。

 それは―この先に待ち受けるものに対してだと、俺は感じた。

 漠然とした、何か。それは他の者にとっては恐怖の代名詞となるべきものであろうが、俺にとって、それは長い間求め続けてきたもの。

 そんな気がする。

 根拠なんてない。

 しかし、頭のどこかでは完全に理解しきっていた。

 だが、俺がそれを理解することはできなかった。

 でも、一つだけ分かることがある。

 それは―このまま歩き続けていると、俺が求め続けていたものに出会える。

 なにか、とてつもない、大きな間違いを犯した気がする。

 しかし、俺は頭がいっぱいだった―前で待ち受ける、何かに対して。

 歩き続けろ。

 歩き続けるのだ。

 前に待つものが、たとえ絶望であっても―

……

…………

………………

翌日。

 俺は懸命にペダルをこぎながら、公園へと向かっていた。

 そんでもって、俺は一つ面白いことに気が付いた。

「山が……消えてる?」

 そう、昨日あの気障な変質者と出会ったあの山が、消えていたのだ。

 あの山の役目は、記憶媒体を、気障的超変態経由しても俺の手に渡らせるために作られたのだろうか。つまり、あの山は役目を終えたから消失したのだろうか。だとしたら……なんか、儚い。諸行無常の響きはまったく感じられなかったが。……考えすぎか?それじゃあ、まるで俺が特別な人間みたいじゃねえか。

 俺は、珍奇な事件に巻き込まれている、純粋な高校生でしかないのだからな。

 まあ、いいだろう。ありがとな。なんて。

そんなわけで、俺は公園に到着した。例の場所にはやはり既に飛鳥は来ていた。

「おっす」

「おはようございます」

 彼女は腰を45度曲げ、にこやかに挨拶をした。秘書にでもなればいい。もしくは、ミス・ジャパンにでも応募してみたらどうだ、ぶっちぎり一位は保証してやる。

「さて…記憶媒体は修正できました。そして、ちゃんと主要な情報を摘出もしてきました。今すぐにでもあなたに装填可能です。」

 俺は機関銃か。

「それよりも、だ」

 俺は前から気になっていたことを質問した。

「これを俺に装填したとして……、今の俺の記憶がなくなったりしないよな?」

「もちろん。」

「良かった……。」

 俺は心底安堵した。

「さて……やりますか?」

 俺は考える……ふりをした。こんなの、考えるまでもねえ。

「頼む。」

 当然だろ?

「分かりました」

 そう言うと、彼女は記憶媒体から変なコードを取り出し、そんな機能があったのか、と驚く間もなく、そしてその先っぽについているものを見て俺はさらに驚く。

 それは、人間が本能的に恐怖してしまうものだった。

「注射器!?」

「……そう呼ぶんですか?」

 そう呼ぶんですかって。

「私たちは、『情報注入機器』と呼んでいますが?」

 ああ、もはや注入するものも違うな。

「要は、情報を注入すんだろ?」

「その通りですが、まずはその逆、摘出します。」

 何でだよ?

「この記憶の中には、この世界においては理解しがたいものなので、まずあなたの中にある『常識』の情報を摘出してから、この情報を注入します。

 なんだか良さ気だな。

「では、後ろを向いてください。」

 俺は言われるがままに後ろを向く。

「行きますよ」

「おう」

 俺がそう言った刹那、首筋に軽い痛み―いや、刺激が走った。

「むっ……。」

 意識が遠のくのを感じた。そうして、俺は暗闇の世界へと誘われていった。

……………

………

……

俺は歩き続けていた。

 暗黒の世界を。

 すぐ目の前にある、今までずっと求めてきた世界に飛び入るために。

 ただ、一つだけ、そんな俺の気持ちに反する気持ちがあった。

 ―これで、いいのだろうか。

 本当に、俺は正しかったんだろうか。

 俺は今まで動き続けていた足を、初めて止めた。

 このまま―歩き続けていて、いいのだろうか。

 そうして、俺は迷う。

 いつまでも、そこに立ち尽くしていた。

 なぜ止まるんだ?なぜ迷うんだ?このまま行けば、いいところにいけそうなのに。

 お前が、そう望んでいたんだろ?

 いや、俺が求めていたのは―

 なんなんだ?

 わからねえよ。

 なんなんだよ、どうしたんだよ。動け!動けよ!!

 ―しかし、俺の足は動こうとしなかった。

 まるで、この足は全ての結末を知っているかの様に……

……

…………

………………



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