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第六章 邂逅

ママチャリで飛ばすこと数分、そろそろスピードを落とそうかと考え始めた頃合を見計らったか、実に絶妙なタイミングで、ピンクで彩られた木々が見えてきた。

「……ここか」

 そう、ここなのだ。ここ以外にありえない。そんな気がする。

 俺は『自転車乗り入れ禁止』の看板を軽やかに無視し、公園にそのまま突撃、管理人の苦虫を噛み潰したような顔を横目で捉えつつ、少し誇らしげな気持ちを味わい、そして急いで『そこ』へ向かった。

 自然と顔がほころんできたのは、気のせいだろうか。

 『そこ』にはすぐにたどり着いた。俺の方向感覚も捨てたもんじゃない、迷うことはなかった。

「…………。」

 桜吹雪が舞う、青空の下。

 一つだけ、深緑の木があり、その下に。

 いた。

 長い黒髪をなびかせ、俺に背を向けている。

 あの人で、間違いがないだろう。

 自転車から降り、徒歩で近づいて行く。

「遅くなって悪いな。」

 もうちょっと、丁寧に言うべきだったのかもしれない。が、彼女はゆっくりとこちらを振り向き、そして静かに微笑んだ。

「来てくれると、信じていました。」

 彼女の、見た目に会わぬやけに涼やかで、そして静かな口調は、俺の気分を落ち着けるに足るシロモノだった。今の俺の気分を落ち着けるなんて、そうそう出来ることではない。

「ああ、俺の夢に出てきた人、あんただろ?」

 突拍子過ぎた。

「ええ。失礼ながら、あなたの夢を利用して、メッセージを送らせてもらいました。」

 むむ、敬語を使われることが、こんなに居心地の悪いもんだとは思いもよらなかった。中学のときも、後輩方はタメだったしな。

「で、何でここだったんだ?」

「どういうことですか?」

「だから、何であんたは俺をここへ呼び寄せたんだ?」

「あなたが聞きたいのは、そんなことではないはずですよ?」

「うっ……。」

 静かな口調だが、十分に鋭い言葉だった。確かに、この言葉は俺の『逃げ』であったのかもしれない。

 分かった、単刀直入に行こうじゃないか。

「どうなってんだ?何か、知ってるんだろ?」

 そうでなくては、困るんだ。

 しかし、彼女は我が意を得たりとばかりに頷いた。

「そう、それです。それを伝えるために、私は、ここへ来たのですから―率直に言います。いらない誇張や修飾はなしで、です。」

 一瞬の沈黙。風の音が、やけに高く響いた。

「うすうす感づいているかもしれませんが、そうです、ここはあなたがもといた、あの世界ではありません。」

 やっぱりな。

 彼女の言うとおり、うすうす感づいてはいたので、驚きは少なかった。

「じゃあ、ここはどこなんだ?」

「パラレルワールド、という言葉を知っていますか?」

 知ってるけどさ。

「ここが、そうだって言うのか?」

「正確に言うと違う気もしますし、『躊躇空間』という表現もあるのですが……まあ、現時点においてのこの状況をより正確に表すことが出来る情報単語はそれが最も近いでしょう。」

「どういうことだ?」

「それは……言えません。禁則事項です。」

「は?」

 禁則…事項?

「読んで字のごとく、現時点で私が言ってはいけない言葉です。」

「現時点とは?」

「いえ、気にしないでください。」

そんなこと言われても、人間の―特に俺の―知的好奇心は無限大なんだぜ。

「じゃあ、今何が起こっている?」

「起こった、といったほうが正しいでしょう。」

 どうでもいいからさ。

「これはすみません、では説明しますが、その前に。」

 そう言って、彼女は宙に手を伸ばし、何かを取るような動作をした。

「これを見て下さい。」

 そう言って、彼女は手を出してきた。桜が数枚入っていた。

「これが、何か?」

「どうして、ここにこれが存在すると思いますか?」

 どうして、とはなぜ、という意味でですか、それともどのように、という意味でですか。

「なぜ、の方で。説明できますか?」

 マジかよ。どのように、なら食物連鎖を使ってまだいくらか考えられたのに。

「そりゃあ、ここにあるべくしてあるんだろう……」

「答えになってません」

 悪かったな。どうせ俺は赤点スレスレ超低空飛行常習犯だよ。

「まあ、この時の論理基盤は私たちの論理基盤とは全く違うので、仕方のないことですが。」

今疑問を抱かれた皆様を代表して、俺が聞いてやろう。論理基盤とは?

「あなた方が言うところの、『物理原則』や『常識』って言うやつです。」

 ふむ、この世界を限りなく退屈なものにしている要因が揃いも揃って。

「退屈、ですか。それは、あまりにも普通すぎる世界に対する、と受け取って支障はありませんね?」

支障はありません。

「ならば、話は簡単です。今のあなたなら、そんな『常識』を捨てられましょう?」

 自信値は85%、と言った所か。

「それだけでも十分です。では、話しますか。」

 俺に言われても。

「ここに桜があるのは―いえ、桜に限らず、全てのものがこの世に存在しているのは、ここにモノが存在している、という情報があるからです。」

 は?

「つまり、ここに私がいるのは、この時空に、私という個体が存在しているという情報があるからこそ、私はここにいるのです。情報無くしての物の存在はありえなく、また物質がないのに情報だけは存在することも……一般にはありえない、そういうことです。この散る桜も、複雑な情報の組み合わせによって、今、ここに、これこれこういうものが存在している、という情報があってこそ存在するのです。死ぬ、というのはこの世に組み込まれていた情報が消滅することで、生まれる、というのはこの世に新たな情報が組み込まれた、ということです。……分かりましたか?」

目と口で三つの点を作った俺が心配になったか、彼女はそんなことを言った。

「……まあ。」

 要は、モノは全て情報によって存在してるって訳だろ。……ん?

「情報の組み合わせって、今あんたは言ったよな?」

「ええ。」

「その組み合わせ、ってのはどういうものか分かっているのか?」

「まだ解明されていないものもありますが、この世に存在している物質の99,9%は既に解明されています。

 残りの0,1%が何なのか気になって仕方がなかったが、それはおいといて。

「その情報を原子みたいに組み合わせを変更したりできるか?」

「どういう意味ですか?」

「要は、その『情報』ってのは、人によって操作できるのか?」

「……ええ。」

「あんたもできるのか?」

「情報操作法で許されている限りなら。」

「情報操作法?」

「情報操作が自由に出来ると、人の存在を消したり、武器を出したり、人の記憶を操作することも出来てしまいますから。」

「なるほど。」

俺は少し考えてから言った。

「じゃ、なにか出してみてくれないか。いまいちあんたの言うことが納得、且つ信用できねえ。それが出来たら、信じられるから、さ。」

「分かりました。何がいいですか?」

「金」

 つい口から出てしまった言葉がこれで、なんとも恥ずべき次第だが、彼女はゆっくり否定した。

「それは、操作法に違反しますね。」

「そうか」

 安堵と無念の混じったため息を吐く。

ぐぅ〜

「……。」

 腹が鳴った。そういや、朝飯食ってなかったしな。

 本来ならば恥ずかしく思うべきところなのだろうが、不思議と恥ずかしくはなく、そして彼女は微笑みながら言った。

「……じゃあ、リンゴを出しましょうか。」

 そういうと、彼女はなにやら唱え始めた。回復呪文では無さそうだ。

「終わりました。」

「終わったって、どこに?」

 リンゴは?

「あなたの後ろの、自転車のかごを見てみてください。」

「お。」

 あった。真っ赤で、うまそうだ。

「これ、食える?」

「どうぞ。」

「じゃあ……」

 そう言うが早いかすぐさまリンゴをかじる。普通のリンゴと変わらないどころの話じゃない。やばい、美味すぎるわ。空腹にはたまらないね。

「わぉ」

「おいしいですか?」

「最高」

「良かった」

これから先、ずっとこれ以下のリンゴを食わねばいけない、と思うと少し気が沈んだが、彼女は俺が食い終わるのを待ち、ご丁寧にナプキンまでくれた。

「これは、普通にもっていたものです。」

 なんだ。

 なんて、のんきにリンゴを食っている場合ではないと思う。

 しかし、何でだろう。この人の近くにいると、体中の焦燥が全て安堵とか、そう言った類に変わっていくような感じがする。今なら青いポンコツ狸が突然ピンク色のドアから出てきても対応できそうだ。

「さて」

俺がナプキンで口を拭き終わると同時に彼女は唇を割った。

「話を戻しましょう。私たちは、定められた範囲でなら、この通り」

彼女はそこでいったん口を切ると、俺のナプキンを手に握り締め―消した。

「おお」

 彼女は満足そうに続けた。

「この通り、情報操作によって情報を消去、もしくは創造できます。」

 俺が……出来るわけ、ないよなぁ。

「いえ、出来ますよ?」

「なにぃ?」

 どうやってだ、教えろ、頼む、早く、教えてくれ。

「ただ、今のあなたが持っている概念のままでは出来ません。」

 なんとなくだが、要は今のままでは出来ないってか。

「ええ。そもそも情報操作、というのは特別な概念の上に立脚しているさまざまな法則にのっとってそんざいしています。ですからそのためには、私たちの持っている概念を全て理解、信仰してもらわないと。……まさか万物情報理論も、平面空間基礎方程式も、まだ無い……ですよね。」

 いかなる意味にございましょうか。

「なら、いいです。第一に、これらを習得し、情報操作に至るまではかなりの時を要しますので。」

「うぅむ……。」

「気を落とさないでください。あなたの望んでいた、『非日常との邂逅』は、すでに始まっているのですから……。」

「どういう意味だ?」

「この街が、すでに情報操作によって時空改変がされた、という話は……」

 時空改変?

「まだ、していませんでしたね。」

 ヤバイ、ようやく、ノート取った方がいいのかもしれない、という気持ちになってきた。

彼女は微笑をさらに濃くし、続けた。

「ふふ。その必要はありません。……時空改変というのは、そのままですが、時空の改変が何かの手によって施された、ということです。」

 えっと、つまり?

「つまり、私たちでもなく、あなた方でもない、第三者が情報操作を行い、この世界、いや、この時空を改変して、」

待て待て待て待て待て。

「さっき、情報……」

 ええと。

「操作法です。」

 それだ。

「規制されていないのか?」

「空間の改変を、ですか。」

 ああ。

「鋭いです、その通り。本来ならば規制されていたのですが、その者は、情報操作法に規制されていない者なのか、それとも法の抜け穴を巧みに潜り抜けた人なのか、分かりません。……しかし、もしもその人が拘束解除プログラムを使えたとしたら、これはまた話は別です。」

 拘束解除プログラム?まあこれくらいはさすがの俺でも察しはつくさ。要は法による制限を緩和するってんだろ?

「ええ、そういうことです。」

「あんたも、拘束解除プログラムとかを使えるのか?」

「申請が要りますが、一応は。」

 質問ばかりで申し訳ないが、申請って何だよ、何をどこに申請すんだよ。

「だから、拘束解除プログラムの使用許可を得るためには、そういったものを司っている情報管理センターに、その目的と期間、詳しい状況を申請し、そして許可が下ろされねばなりません。が、許可さえおろせれば情報操作法の大部分が無効となり、あらゆることが出来るようになります。」

 めんどくせぇな。

「まあ、これも仕方の無いことです。……また話が逸れてしまいましたね。」

 正直なところ、俺は少しイラついていた。

状況も、53%くらいは把握できた。

なんだかとてつもないくらいアホなことが起こっている、ってことだろう。

だが、あんたは一つくらい大切なことを言い忘れているぜ。

それは―俺だ。

なぜ俺がここにいるか―情報、とかそう意味じゃなくて、だ。

何のために、俺はここにいるんだ。

特に意味が無いわけが無い。

要は、世界がおかしくなっちまったんだろう?

俺だけを、取り残して。

なぜ俺でないといけないのか、それは置いといてやる。

そんなことは、どうでもいい。今は、だが。

 今、俺が知りたいのは―

俺が、この世界で、何をしなくてはいけないのか。

それだけだ。

情報が何だとか、方程式があーだとかはどうでもいいんだ。

そして、この世界が、果たして俺の―

「あなたがこの世界でしなくてはならないこと。それは、まず、このようなものを探して持ってきてください。」

 そう言って彼女は、ポケットからメモリーのようなものを取り出した。

「それは?」

「これは、記憶媒体という、特殊な…メモリーみたいなものです。」

「メモリー?」

「はい。これを人の情報の中に組み込むと、そのメモリーに記録された記憶が蘇り、その人が使えたものが使えるようになったり、自分だけが使えるものが使えなくなったり―」

「で、その記憶媒体とやらには誰の記憶が入っているんだ?」

「禁則事項です。」

 マジかよ。

「それを、俺がつけるのか?」

「つけるというか……この情報の中から、一部の情報のみを摘出し、その情報をあなたの中に注入します。」

「その一部というのは?」

「情報操作にまつわることです。」

!!

「じ…じゃあ、もしかして……」

 コクリ、と彼女は頷いた。

「マジかよ……。」

「マジです。」

 そう言って、彼女はパーフェクトなウィンクをくれた。


さて、ここがいわゆる起承転結における『転』です。この小説は異様に『転』が長すぎる気がするんですがそれはおいといて、ところどころ意味不明な単語が転がっていますが、それは、なんとなく小難しいイメージが伝わればそれでいいかな、程度のものであり、また伏線でもあるのでそんな気にしないでください。

あ、感想、お願いします。

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