第五章 果報
暗闇。
そうとしか、認識できなかった。
何もない。何もない、暗黒の世界。
まさか、俺、死んだんじゃねえだろうな。
ふざけんなよ。まだ、やり残したことがたくさんあるんだよ。新作のゲームもまだやってねーし、好きな漫画も途中までしか読んでねえ。
……なんてくだらない事を考える俺に喝を入れていると、
「…き…さ…」
声が聞こえた。良かった、俺は生きている。生きては、いる。
「如月!」
はいはい、わかりましたよ。
仕方ねえ。目覚めてやるか。
しぶしぶ、だが恐る恐る目を開けていく。もし俺が異世界なんかにいたら笑ってやる。
「……。」
笑わずにすんだようだ。
ここは…保健室だ。入学式の際に一度来たから覚えている。ベッドを囲み、榊原と教頭―最近は副校長とか言うらしいな―の顔が見えた。どーせならもっといーもんを見たかった、という本音はしまっておくことにし、とりあえず俺は状況の把握に努めた。
「……大丈夫か?」
ぎりぎりアウト、といった所です。
そう言おうとしたのだが、頭に痛みが走った。
「痛ッ…」
「大丈夫か?」
同じ台詞を繰り返し、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ただの貧血だろうが、倒れた時に頭を打ったらしいな。朝飯、食ってきたか?」
力なく首を振る。
「そうか、朝飯はきっちりと食わんとダメだぞ。……授業、出れそうか?」
帰りたい。
「…そうか、親、家にいるか?」
恐らく働きに出てるだろう。
「そうか、じゃあ俺が家まで送っていってやるから、準備できたら校門まで来てくれ。……カバンはそこにある。」
大丈夫です。つーかむしろ来ないで下さい。今の俺に必要なのは、温もりでも、慰めでもなく、一人で考える時間なのですから。
……とは言わずに、コクリ、と首肯するだけにしとく。まだ死にたかないからな。
「じゃ、気をつけて、急ぐ必要はないからな。」
そう言って、彼は教頭―副校長と共に出て行った。残ったのは保険の先生だけだ。九時、五分。今日の一時限目は体育だったはずだ。
……少し、嬉しかったが、それもつかの間、俺はすぐ現実に引き戻された。
「……どうなってんだ。」
「……え?」
おっと、保険の先生に聞きとがめられたようだ。
「いえ、なんでもないっす。」
「そう、早く行きなさいよ、あ、でも無理はしないでね。」
「うぃっす」
適当に返事をして、俺はカバンを引っつかみ、廊下へ出、そのまま校門へ向かう。正直言って、早退するほどでもなかったが、俺の第六勘が帰れ、帰れとわめいている。
…………
「……やっぱりな。」
そうつぶやいて、俺はベッドにのしかかる。ほぼ日課となりつつあるが、手に持っているのは、いつもと違う。クラスの名簿だ。入学式で貰った気がする。
俺のクラスの席順は、確か出席番号順だったはずだ、だからこそ俺は黒川の前の席になり、そして知り合ったんだからな。
座席表を指差しながら名前を確認していく。
新井、池田、鵜澤、江島、大澤、河崎、川口、如月。俺だな。で、次は笹原。
黒川がない。
一年全員を当たってみたが―これはクラス分け名簿で確認―黒川、という苗字の人はいなかった。恐らく、学校中探しても、『黒川』はいないだろう。
ついでに言っておくと、学校から出る前に、榊原に聞いてみたところ、本当に昨日、笹原は休んでいた。
これで、確信が持てた。
あの山は、前からあったものじゃない。作られたものなのだ。それも、人の手によってではない。さらに、他の人の記憶を操作し、あたかも前からあったかのようにさせている。
常識に対する矛盾。
山の出現。
黒川の消失。
記憶の操作。
ついでに、昨日の、朝の俺のことも含まれる気がする。
……世界が、おかしい。
俺の頭がおかしい?いや、それはあるまい。むしろ、俺の頭がおかしい方がよっぽどいいぜ。それなら俺が精神科に叩き込まれりゃいいだけだからな。
でも、自体はおそらく、そう楽観できるような中途半端なものではない。
この事態を否定するには多すぎるほどの伏線を味わってしまった、この俺にとって。
俺の第六勘は、間違ってはいなかったのだろうか。
だとしたら、どうすりゃいいんだ。
「……わけわかんねぇよ……。」
俺に、何かしろってか。
何をすりゃいいんだ。
つーか、まず俺はどうすりゃいいんだ。
普通に暮らせってか。ふざけるな。
人は、当てにならない。
記録なんて、もってのほかだ。
どこかに行くのか。
どこに。
なぜ。
頭が悲鳴を上げる2秒前に、俺は、ふと夢のことを思い出した。
朝の時は思い出せなかったのに、今になって、まるでついさっきのことのように、鮮明に思い出した。
俺が味わった伏線の一つ。
一面の草原。
風にそよぐ木々。
そこにいた少女。
俺に、『ここに来てください』、そう言った少女。
俺が、そこに行くべきなのだろうか。
俺がよく遊んでいた、あの公園に行かなくてはならないのだろうか。
「めんどくせぇ……。」
そう言って、ごろりと寝返りを打つ。
所詮、夢さ。
そう結論を下し、だが、俺の頭の上に一つ、大きなクエスチョンマークが浮かんだ。躊躇なくダブルクリック。ああ、だから俺はネット詐欺には気をつけるようよく言われるんだな。
そして、俺の頭はこんなことを表示した。
もしそこに行ったら、世界が元通りになるのだろうか。
おかしいのは俺の頭か、―出来ればそうであって欲しいが―それとも世界かはわからんが。
だとしたら……行くしか、あるまい。
「……行ってみるか」
そう言って、俺は立ち上がる。果報は、寝ていては来ないのだ。
その果報が、果たして甘いものか、渋いのか、青酸カリ入りかはまだ未知数だが。
……少なくとも、甘いはずはあるまい。
俺はため息を一つ吐いた、しかし、そのため息に込められた気持ちは、めんどくせえ、でもなくて恐怖でもなかった。
さて、なんだろうね。




