第四章 困惑
「ふぅっ」
そう言って、俺はベッドにエルボースマッシュの要領で倒れこんだ。だが気分は暗澹たるものだった。俺は生まれてからずっとこの町に住んでいた。よく行ってた駄菓子屋なら、目をつぶっても行けると思う。車にひかれさえしなければ、だが。それなのに、見覚えのない、しかし前からあったかのような雰囲気を持つ山が……
やっぱ、前からあったのかな。
だけどあんな山……というより、俺はあまり山を見たことがない。お盆に、田舎のばーちゃんちに行くときにだけ拝める、特別なモノ。それが、俺にとっての『山』だったはずだ。
つーか、昨日、緑の少なさを黒川としみじみしたじゃないか。
なんか、おかしい。ここは俺の部屋。それこそ変わりようもない事実であるが、なんか違うような―そう感じずにはいられないのだ。
ふと、前触れ、という言葉が脳裏をよぎった。
「まさか…な。」
誰に言ったのだろうか。そういって、俺は目を閉じた。笹原・黒川連合軍の言ってたバラエティは諦めよう。そろそろ睡魔の野郎が俺のまぶたの上でウロウロしている頃合だ。
偶然さ。
………………
…………
……
一面に広がる草原。
まただ。最近、俺が眠ると、いつもこうだ。
なんなんだよ。
だが、昨日のと比べると、だいぶ風景がはっきりして見える。
青空の下に、桜吹雪が舞う。木々が桃色の中、一つだけ深緑の木があり、妙に印象的だ。
……その木の下に、人が立っている。…女だ。長い黒髪を風に遊ばせているが、俺とそんなに年は変わらないだろう。少女、と言ったほうが正しいのかもしれない。
……昨日に比べて、風景がはっきりしているだけじゃない。意識も、だいぶはっきりしている。おかげで、いくらかは余裕が出てきた。
そして、一つだけわかったことがある。なんてことはねぇ、ここは、ガキの頃よく来ていた国立公園だ。緑が豊かで、敷地が広いことで有名らしいが、詳しくは知らん。
だが、何で俺がそんな夢を見なきゃならねーんだ?ここで悪いこともしてねーし、特に思い出に残るようなことをした覚えがない。一つだけ覚えていることといえば、かくれんぼをしていて、そして変な、なんとも形容しがたい、青いクリスタル状のものを見つけ、地面に埋めたことがある。どーせ安物のプラかなんかだろ、と思い、特に気にも留めずにかくれんぼを続行した、そんだけさ。
……!
少女が、こっちを向いた。比較的整った顔立ちだったが、表情は硬い。
……なにか口をパクパクし始めた。ふざけているのか、何か伝えようとしているのだろうか。
……どうやら後者が正しいようだ。声が聞こえてきた。凛とした声だったが、よく聞き取れない。
「……異変が…おこ…あなた……ここに…き……」
何を言っている。もっとハッキリ喋ってみたらどうだ。
…世界が暗くなってきた。畜生、もっとここにいさせろ、なんて言ってんだ、彼女は。
意識が遠のく中、ハッキリと、聞き取れた言葉があった。これだけは、妙にハッキリと。
「ここに…来て……下さ…い…」
……
…………
………………
「!」
朝日が目にしみる。
……朝、か。
今日はベッドの上にいた。
昨日の夢……。なんだったんだろう。はじめてみたはずなんだが、何度か見たかのような気がする。
それも、驚くほどよく覚えていない。
確か、変な草原的なところに少女が……
いや、ずいぶん漫画チックな表現だが、確かそんなだった気がしないでもない。
ただ、彼女がなんて言っていたのかは思い出せない。
つーかむしろほんとに人がいたのかも怪しい。
まあ、大したことあるわきゃねーだろ。所詮夢さ。
俺がその回答に行き着いた、まさにその瞬間、俺はちらと時計を目の端に捉えた。
八時。
「やべぇぇっ!!」
俺はベッドから跳ね上がる。パジャマを脱ぎながら、ほぼ同時進行で制服を着るという妙技を見せ付け、誰にだ?というつまらん突っ込みは軽やかに無視、実に着替え主要時間30秒と言う最速記録を打ち立てた自分に惜しみない拍手を心の中で送りつつ、カバンをもぎ取り、俺は家を出た。
まあ、慌しき朝のおかげで夢のことは綺麗さっぱりとデリートすることに成功したわけであるのだが、さて、果たしてそれは幸か不幸か?これがわかるのは、もう少し後になってからだ。
…………
まあ、そんなわけで猛ダッシュの甲斐あってギリギリ校門がしまるコンマ二秒前に学校にたどり着くことができたのであるが、まだ学活までは時間があり、こうして悠々と廊下を歩いているわけだ。扉を開けると同時に飛んでくる野次にどんな反応を示そうか考えているといつの間にか俺は教室の扉の前に立っていた。光陰矢のごとしとは、よく言ったものだ。―ちょっと大げさか。
思考がまとまらぬまま入らなければいけないのはまことに遺憾の限り ではあるが、榊原に見つかっては色々とめんどくさいので、仕方なく俺は扉を開ける。
しかし。俺がそこで見たのは全く予想に反していた景色だった。というか、予想さえしていなかった、する必要がないくらい当たり前のことが、当たり前ではなかった。
「……。」
「……。」
嫌な沈黙。みんなの視線が全て俺に集中。すぐさま回れ右。教室を出る。
そこに待っていたのは、全く見知らぬ教室、そう、俺は教室を間違えたのだ。
が、俺は教室の標識を見て、さらに驚愕することになる。
「一年……六組?」
そう、そこは紛れもない俺の教室だったのだ。
扉の窓から中を盗み見るが、そこにいるのは笹原や石塚じゃない。全く見知らぬ生徒、もしくはクラスが分かれてしまった元クラスメイトの友人、といった具合だ。
どうなっているんだ。
ただ、俺が間違えているだけなのだろうか。いや、そんなはずはない。今まで―といっても三日だが―ずっと六組に行っていたのだ。
生徒手帳を見てみるが、そこにはやはり六組と―
「あ?」
書かれていなかった。そこには『七組』と明記されていた。
「?」
俺は首をかしげながら仕方なく七組へ向かう。どうなっているんだ。
七組の扉を恐る恐る開けてみたが、そこはやはり俺の教室なのだろう、笹原の姿が見えた。しかし、黒川の姿はなかった。
「おっ、ソーヤ。遅いじゃん。」
しかし、答える気にはなれなかった。
「……どした?」
「黒川はどこだ。」
「黒川?」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、彼は一瞬真顔に、しかしすぐにいつもの柔和な顔に戻った。
「黒川って、誰?」
……!
マジかよ……
「ほら、昨日一緒に話したじゃんか、あの…」
「ソーヤ」
彼はスッと目を細くし、どこか哀れむかのような眼差しを俺に向けた。
「俺は昨日…風邪で休んだぞ?」
え?
「だから、俺がお前と話しようがねーんだよ。」
え?
「最近、おかしーぞ、ソーヤ。大丈夫か?」
頭の芯が、カッと熱くなるのを感じた。
いくらなんでも、こりゃあねえだろう……
フラッ、と、目の前が暗くなるのを感じた。
「ソーヤ!?」
多大な衝撃と共に、それが、最後に聞いた言葉だった。
更新……と。さて、物語は急展開です。ソーヤ君はどうなってしまったのでしょうかぁ?(拍手)




