第三章 異変
俺は自分の部屋に入り、フローリングの床に荷物を投げつけると、ベッドにのしかかった。
ちくしょう、高校になったら少しくらい面白いことあっかな、と一縷の望みをかけていたのだが、あっけなくもずたぼろになってしまった。
中学のときと、何も変わっちゃいねえ。
……だが、俺のそんな深層心理とは裏腹に、意外と時っつーもんは早く過ぎ去ってくれることだろう。
大して変わりゃしねえだろう。どうせ、毎日、同じような、退屈な日々の繰り返しさ。毎日、毎日。多少は変化があるかも知れねえが、大きな違いは皆無だろう。
そう、宇宙人が襲撃してきたり、机の引き出しから青い不良品タヌキが出てくることもなく、ましてや世界存亡の危機が訪れたりもしていない。
全く、退屈だよな。そう思わないか?
俺は如月蒼夜。普通の、普通すぎる高校生だ。その普通さが今日の結果を招いているのだが、蒼夜っていう珍しい名前は親父が好きな漫画の主人公から取ってきた名前らしい。その主人公がまたすごくてよ、一飛びでビルを飛び越えたり、指先からビームを出したり、新幹線より早く走ったり、上から迫る(横だったかな?)プレス機を受け止めてひん曲げたり、するわけよ。まあ、当然俺には一飛びでビルを飛び越えたり(以下略)などできないが、それができたらどんだけいいか。それこそ、俺が中坊の頃より強く望んでいた、退屈な世界からの脱出、面白い世界との邂逅であるのだから。
だが、俺が何億年先になるか想像をめぐらせていたキセキの邂逅は、意外と近くにあったのだ。灯台下暗しってやつさ。
邂逅は、この時から―いや、もう少し前から既に始まっていたのだ―
といっても、このときの俺はそんな事を知っているわけがなく、いつも通りに床についただけだ。
………………
…………
……
一面に広がる草原。
ここは、どこだろう。
草花が、風にそよぐ。
いつか見たかのような、そんな既視感。
だが、雰囲気、というか―何かが違う。
風になびく、青々とした草も。
木々の上でさえずる小鳥も。
この世のものではない。
そんな気がする。
誰か……立っている。
草原の真ん中。
大きな木の下。
世界が暗く……。
……
…………
………………
「お?」
目が覚めた。
しかし、俺が寝ていた場所はベッドの上ではなかった。
どうやら座っているようだった。
勉強机?俺の部屋にある?
まさか、どっかの受験生じゃあるまいし、しかもよりによってこの俺が勉強をしまくって、そして力尽きて倒れる、なんて超不健康的(もちろんいい訳である)なことが出来るものか。俺は昨日、きちんとベッドで寝たはずだ。
おお、尻がいてえ。
顔を上げると、そこには、母でも、親父でもない、けれど見慣れた顔があった。
「おはよーさん、よく眠れたか?」
そう言って、俺の肩をたたく。
笹原。
中学時代からのクラスメイト。
俺の部屋に来たことはあるが、合鍵を渡した覚えはないし、一日の初めにこんな奴の顔を見て、というか視界に入れてしまったら最後、その日は天地開闢以来史上最悪の一日になるであろうこと間違いあるまい。
なぜここにいる。
「どした?」
俺の部屋に。
そう言いかけて、すぐさま前言撤回。そんな突拍子もないことを言うのもどうだろうか。そんな俺の超完璧な理性のなせる業だ。
「ここ……どこ?」
「は?」
彼は一瞬、戸惑ったような顔をしたが、すぐに元に戻り、こうも言った。
「ここは教室以外のどこでもねえよ。馬鹿か?」
「教室……?」
なぜだ。
いや、つーかむしろ制服で寝るはずがないだろう。
―そう、俺は制服を着て、学校にいたのだ。
何でだ?
「寝ぼけてんじゃねーよ。どあほ。」
そうか、おれはもしかしたら今朝学校に来て、そして寝てしまったのかもしれない。
しかし、その間の記憶がないのは―なぜ?
キーンコーンカーンコーン……
「おう、じゃな」
まあ、そういうこともあるのだろうか。
俺がここにいるからには、やっぱ、今朝俺は学校に来たんだろう。
俺はそう判断し、颯爽と入ってきた榊原に目を留める。
「よしっ!ホームルーム、始めるぞ!」
髭は剃れって言ったのに。言ってねえけど。
このとき、俺はまた退屈な生活をおくらなきゃいけねえのか、と内心ため息を吐いていたのだが、誰かにそれを悟らせるようなヘマはせずに、ただぼんやりと先生の話を聞き流し、いつの間にか昼休み。
おにぎり片手に、俺はなんとなく校庭を見やった。桜が咲き乱れ、道が桜色に染まっている。そろそろ毛虫たちが奇襲を仕掛けてくる頃合だ。やっぱいくつになっても毛虫は苦手だ―
―ん?
そして俺は気付く―
立ち並ぶ家やコンビニ。ちらほら見える、自動販売機。これらはいつも通り、小学生の頃から見慣れた景色だ。だが。
ひとつだけ。
今まで見たことがないような山が、街中にどーんという効果音と共に立っていた。
そう。まったく見覚えがない。
なぜ山があんなところに?
いや、やっぱあそこにあるんだから、前からあったんだろ?
だが、俺が十五年間無為的に過ごしてきた町で、しかもあんなにでっかい山を見落とすはずが―
「どした?」
笹原だ。そうか、他人に聞いてみればいいのか。
頭をクールダウンさせながら俺は言う。
「あのさ、あそこにある山、あるだろ?」
そういって、さっきの山を指差す。
「ああ、あれがどうした?」
「あんなのあったっけか?」
「お前はいつも一言足りねーよ」
親父にもよく言われる。
「だからよ、前からこの町にあんな山なんてあったっけか?」
彼は、は?と言いたげな表情になりつつも、こう答えてくれた。
「たりめーだろ、じゃあ何であんなとこに山があるんだよ。」
微笑しながら彼は言う。
「だよな……。」
おれも微笑する。どちらかといえば、苦笑に近かったが。
しかし、俺の気持ちは晴れなかった。




