第十九章 浮沈
ここは公園だ。
時計がやっと0時半を指していたにもかかわらず、彼女は既にそこにいた。
彼女は神無月を見て驚き、神無月は相変わらずの無表情、俺は一生懸命に神無月との関係、いきさつを話した。
「……そうですか、全て知ってしまったのですか……。で、あなたはもう帰りたいんですね?」
「ああ。」
「そのためには、私と、神無月さんの力が必要だと。」
神無月、首肯。
「そうですか。……よかった。まさか自ら戻りたいというとは思いませんでした。」
「でも、教えてくれりゃよかったのに。」
「まさか、教えるはずがないじゃないですかぁ。そんなことしたら世界がどうなるか、想像も出来ませんよ。」
飛鳥は軽い笑顔で微笑む。
「そうだな。……じゃあ、神無月、そろそろ始めてくれ。」
彼女はこちらを振り向き、だが、その顔には今まで見たことないようなオーラが刻み込まれていた。
強いて言うなら……激昂。
「……間に合わなかった。」
ちょびっとだけ感情がこもっているその声に、俺は多少の……ってんなことはどうでもいい。なんだ?
「元の世界の情報が、完全に消失した。」
「えっ!?」
これ飛鳥。
「どういう意味だ?」
こんな空気を読めないバカ的発言をした人間は、もちろん俺だ。あの……飛鳥はもう頭かかえちゃってんですけど……。
「元の世界の存在情報が消失した。元の世界に戻ることは不可能」
そーゆーこと。って。
「は!?……そりゃ……まずいんじゃないのか……?」
「まずい」
「何てことだ……。」
元の世界に戻れないって事じゃないか。
「……冗談きついぜ……。」
俺は地面に座り込んだ。
「戻れねえのかよ……。」
黒川には、もう会えないのだろうか。
俺を産んでくれ、いつくしみ育ててくれた両親にも、もう会えないのだろうか。
なんてベタな展開になってきたな、と冷静に感じ取れる俺の脳神経に、俺は軽くビビッた。
だってよ、心の表面じゃ驚愕してるんだけど、奥底じゃ、全然動揺なんてせずに、『予定通り』なんてほざいてやがる。
神無月が言ってたことは、こういうことだったのか?
……そろそろ、解決策が……そんな気が、
「あっ!!」
彼女の鶴の一声が響き渡った。深層心理は『ほうらね』とか言っている。
「もしかしたら……うん、大丈夫かもしれません!」
俺と神無月の視線を左右から受け、一瞬ひるんだが、彼女は続けた。
「この世界を基盤にして、元の世界の情報をここに再構築してしまえば……時空修正は可能かも……。」
「でも、そのような大事業は、私とあなただけでは不可能。」
「俺もやるさ。」
彼女らは少し驚いた顔でこちらを見た。
「俺だって、曲がりなりにも情報操作できるんだ。猫の手よりかは役に立つ可能性もあるだろう?」
「少し待って。情報操作能力を審査する」
そういうと、彼女は俺の顔をじっと見た。まるで脳を透視しようとしているかのようだ。
「終わった」
すぐに彼女はそう言った。
「あなたは、普通の人間の約2万倍の情報操作能力を有している。あなたが加われば、成功確率も許容範囲になる」
「……よかった……。」
飛鳥は安堵した表情を作った。俺には、彼女らがやろうとしてることがなんかよく分からんが。
「えっと、じゃあ役割を決めましょう。神無月さんは、記憶の操作をお願いします。私は微調整を行います。如月君は、元の世界には存在し得ないものの排斥をお願いします。」
「了解した」
「えっ、どうすりゃいいんだ?」
対極の反応。
「物質コードの代わりに、排斥コードを入れて、その対象を存在し得ないものにしてください。」
「……?」
「大丈夫、できるはずです。」
何を証拠にそういうことを。
「あなたの記憶媒体は、私の妹のものですから。」
「妹?」
そんなのがいたのか。
「もう……死んでしまいましたけどね。」
「……!」
彼女の見せた、物寂しげな表情に、俺は驚いた。彼女は、ずっと笑ってるイメージあったからな。
「妹は、優秀でした。でも……いえ、何でもありません。とにかく、私の妹のですから、大丈夫です。」
そういうと、彼女は哀愁とそれをごまかすかのような、表面のみの笑いを繰り出した。このまま涙がスー、とこぼれてきてもなんら絵面に差し支えないような、とにかくそんな笑顔だ。
「……分かった。」
そういうしかなかった。
「では、行きますよ。」
「おっと、待ってくれ。」
「なんですか?」
「改変後、もう飛鳥たちとは会えないんだろう?」
「んっ、そうですね。」
じゃあ、言っておかなかなきゃいけないことがあるな。
「飛鳥。……色々と世話になった。ありがとう。それなりに楽しかったぞ。」
「いえいえ、任務ですから。」
そう言って、彼女は笑った。やっぱ、そっちのがお前には似合ってるよ。
「あと、神無月、お前にも世話になった。また後で会おう。」
「了解した」
俺は深呼吸をして、意を決して飛鳥に言った。
「……よし、いいぞ。」
「分かりました。……では、皆さん、自分の仕事に専念してください。これからは会話は禁止です。……さようなら。」
「ああ。」
「さよなら」
そういうと、彼女らは眼を閉じた。さて、俺もやんないとな。
遠大な、この夜空は、向こうの世界にもあるだろうか。
中途半端な髪をした神無月は、向こうの世界で鎮座してるだろうか。
それを知るのは、―後で、だ。
「シリアルコード0789、存在時空間座標GOSにおいて異世界存在物質と認定されるものの情報排斥許可を……。」
飛鳥、世話になった。ありがとう。
日常を退屈だとしか思えなかった自分が、今となっては信じられない。
ほとんどの人は、今。
「申請……」
自分の目の前にあるもので満足しているのだから。




