第十六章 感謝
さて、放課後。
俺は校門の前に、背をもたれる形で立ち、神無月沙紀を待っていた。
次から次へと流れてくる人海に眼を凝らし、神無月の顔を捜した。
「む」
神無月がいた。こちらを向く。
「おす」
「……待った?」
「いや」
実際には十分は待った。
「そう」
そう言うなり、彼女は歩き出し、そして俺の顔を見た。ついて来い、という意思表示だろう。よし、ついていってやろうじゃないか。
さて、今日はどんなお話が拝聴できるのだろうかね。
楽しみに待つことにしようか。
…………
しばらく歩いたが、その道は俺の帰り道とは違う道だった。どこに連れていくつもりなのだろうか。
「……。」
しかし神無月は相変わらずの無言。
「……神無月」
「なに」
彼女は首を全く動かさずに言った。
「これから、俺を……どこに連れて行かせるつもりなんだ?」
彼女は俺の方を向き、そして指で大きなマンションを指差した。
「そういう意味じゃなくてだな……。」
「私の家」
なぬっ!?
「大丈夫」
何がだよ。
「誰もいないから」
もっと困るわ。
「?」
「いや、なんでもない」
「そう」
「……」
「……」
そんなこんなで、気が付いたら俺は神無月の家の玄関の外にいた。
「……入って」
言われるがままにはいる。
そして、眼にしたものは。
「……こ、こりゃねえだろうよ……。」
完膚なきまでに殺風景な部屋だった。
大きめのテーブルが一つ。
あとあるのは、座布団とか、座布団とか、座布団とか。
教科書が散乱し、服が散乱している俺の部屋とは好対照だ。
俺に座るように促し、神無月はキッチンに姿を消した。
「……よくこんなんで生活できんなあ……。」
それが素直な感想だ。テレビもない、パソコンもない。しかもカーテンもない。寝室を覗いてみたかったが、もしそこにカラフルな壁紙とふかふかの、かつ色とりどりのベッド、しかもそこに熊のぬいぐるみがあったなら、俺は二日くらいで培った神無月のイメージを、また位置から再構築しなくてはいけなくなり、いくらなんでも面倒なので諦めた。
そんなことを考えている間に、神無月がお盆にお茶を二つ載せてやってきた。そのためだったのか。
俺が立って受け取ろうとすると、神無月は
「いい」
と固辞し、なおかつ
「お客さん」
とまで言ってくれた。さすがのお前にも、意思表示は可能か。
「そうか」
俺は神無月が淹れてくれたであろう茶を受け取り、それをすすった。
……普通に美味であったが、それでも、俺の懐疑心は晴れなかった。
「でさ、今日はどんな話を拝聴できるんだ?」
「……。」
ずず、とお茶をすすってから、彼女は言った。
「昨日の続き」
「あの話しの、残りの半分をここで聞けるのか?」
「……全部ではない。一部を残して、でもその一部以外は全て話すつもり」
「残りの一部は―?」
「……後で」
「そうか」
だが、若干の気落ちは、多大な好奇心に埋め尽くされた。
「じゃ、その一部以外を話してくれ。」
「了解した」
そういうと、彼女はいったん上を向いた。
「いま、現実世界は消失の傾向を見せている」
だから、なんで大事そうなところをさらりと言う。
「あなたが元いた世界は、消失しつつある。」
消失ぅ?
「そう」
「また、なぜ。」
「現世は、一つしか存在し得ない。それが、世において最も底流の原則。しかし、今、この世には二つの世界が存在している。」
「俺がいたとこと、ここか」
「そう」
「で?」
「その原則が破られることはありえない。だから、どちらかの世界が消失することが必然」
「……」
「だから、あなたがもといたほうの世界が消失の傾向にある」
「なんでここじゃないんだ?」
「……」
神無月は、迷うような―いや、迷っていた。でも、そんなのも一瞬だった。
「あなたがいるから」
「は?」
「今、あなたがここにいるから、あなたが存在していない向こうの世界は消失せざるをえなくなる」
「なぜだよ」
「今はまだ」
「そうか」
「そう」
「それを防ぐ術はあるのか?」
「なくもない」
「どうすんだ?」
「あなたがあっちの世界に戻ればいい」
「そんなんでいいのか?」
「いい」
そうか、簡単じゃねえか。
んなわけねえだろ。
「どうやって戻りゃいいんだよ。」
「鍵を握っているのは。水無月飛鳥とその一団」
「そうか」
「でも」
と、俺の安堵を制した。
「私が言っている消失、というのは世界を構築している情報の完全な消滅。こちらの世界の情報が確固たるものになり、揺らぐことのないものになったその瞬間、向こうの世界は消失する。でも、あなたがそこに戻れば、崩れた情報は元通りになり、この世界は消失する」
「……そうか、この世界か向こうの世界か、どちらかは確実に消えるんだな。」
「そう」
……待てよ?
「じゃあ、もし俺が向こうの世界に戻ったとして、飛鳥達も消えるのか?」
彼女は表情を変えずに言った。
「彼女は、もともとこの空間ではないところから来たから、彼女らは彼女らの世界に戻るはず」
「そうか。」
それなら安心だ。
……あれ?でも……?
「神無月は……?」
彼女は、少しさびしげな表情になった。
「……私の任務はこの世界を無に帰すこと。でも、私には帰るところがない。だから、私も、一緒に消える。」
「……!!」
マジかよ……!?
「でも、別に大丈夫」
?
「私は、本来どの空間座標においても存在し得ない者。それをあなたは私を創造してくれた。一瞬でも、この世界に存在することが出来た。しかも、あなたに会うことも出来た。……思い残すことはない。本来、このために生み出されたのだから。」
そう言って微笑んだ。が、どこか哀愁を漂わせる笑顔であったことは、気のせいではないだろう。
「……お前も、一緒にあっちの世界に戻ることは出来ないのか」
「なぜ?」
「なぜって……。」
俺は答えに窮した。
「……私のことなら、大丈夫。」
「……そうか」
こうとしか答えられなかった自分を、俺は本心から恥じた。
「だが、な」
その気持ちに応えるように、俺は言った。
「行けるんなら、行こうぜ。俺と一緒に。お前だけ消すなんて、そんなさびしいことはさせねえから。」
彼女は顔をミリ単位で傾け、言った。
「……了解した」
そして、こうも。
「ありがとう」
なんかベタな章の名前になってしまいましたが、それはただ、自分の脅威的なネーミングセンスのなさによるものなので、ご勘弁!




