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第十五章 感情

……

…………

……………

ここは……どこだ?

一面の暗闇。

真っ暗。

何も見えない。

でも、不思議と恐れ、不安、といった感情は無く、俺の心には、本当にこれでよかったのだろうか、という後ろめたさと、ただ、ただ喜んでいるだけの単純なものしかなかった。

本当に―

これで、よかったのだろうか。

……暗闇の世界に。

光が差し込んできた。

周りは何も見えない。だが、その光を発している物は見えた。

あれは―

人間。女だ。

飛鳥?……いや、違う。飛鳥じゃない。飛鳥はあんなに髪が短くない。

誰だ。

……ふと、一瞬、ほんの一瞬だが、答えが頭に浮かんできた。しかし、前述したとおり、ほんの一瞬だった。

誰だ。

……………

…………

……

「う…むむ。」

光が目に入ってくる。

朝、だ。

ひょいとベッドから飛び降り、時計を見た。

六時半。

おお、こんな時間に起きたのは何年ぶりだろう。さて、もう一眠り。

と、もう一度ベッドにダイブしようとしたのだが、俺は、自分が全く眠くない事に気付いた。

こういうこともあるのだな、仕方あるまいと俺は諦め、朝食が用意されているであろう食卓へ向かった。

お袋はもう仕事行っちまっただろうな。

朝日を浴び、余裕かまして食うハムサンドってのもなかなかおつなもので、感慨にふけりつつ、俺は自分が、今とてつもなく気分がいいことに気付いた。

たまには、こういうのもいいかも知れんな。久しぶりに遅刻を回避できそうだ。

俺はあっという間にハムサンドを平らげ、手持ち無沙汰を満喫していた。

―たまには、ゆっくりと歩いて学校に行ってみるか。

ポケットに例の物が入っているのを確認し、俺は悠々と家を出た。

…………

たまにはこういうのもいいものだ。朝日を浴びて、悠々と、散歩気取りで土手道を行く。

と、ここで左右前後を見渡し、誰もいないことを確認し、俺はポケットから例の物を取り出した。

赤い飾りに軽く触れてみると、ライトセーバー的な自動組立を見せ付けつつ、それは剣の形に変化した。

「うむ……。」

思わず唸るね。詳しくは知らんが、どうやら大剣に分類されるであろう類の剣だ。大きさは俺の身長より少し小さめで、両手で持たねば支えきれんほどの大きさと重さを誇っている。

さて、いよいよおかしくなってきた。

怪しいことこの上ない謎的機関やら、情報ナンタラやら、そこらまでは頑張れば何とか飲み込めた。だが、俺を殺す気満々のイカレ変態がいるのであれば話は別だし、それに対応すべく俺にこんな物騒なもんを持たせ―偽もんだがな―しかも背後には本物の剣も待ち構えていることだろう。

まあ……な、確かに楽しいさ。俺が長年ずっと求め続けてきた、非日常との邂逅を果たしたわけであるのだから。

だが、自分が、本心からこれを楽しんでいるとは思えないんだ。

変な言い方だが、なんとなく概要の分かっているRPGを暇つぶしにやってるような、そんな感じさ。

そう思い始めたのも、神無月と出会ってから。

彼女は、こう言った。『私は真実を伝達するだけ』と。

真実。

どうやら、まだ半分くらいしか伝達されていない的な話の、なんか中途半端感がムラムラしている、そんな真実。

そこに、何が隠されているのだろうか。

「……!!」

十二時の方向に、一般人―この言い方も、今の俺に許された特権だ―を発見。さて、一般人がこれを見たらどう思うだろうね。……まあ、少なくとも俺にとってはいいことではないはずさ。

そんなわけで、俺は急いで飾りに触れ、折り畳み傘小になった剣をポケットに滑り込ませ、何も無かったかのように土手道を歩き出した。

…………

もうちょっと家で時間をつぶしてから来ればよかった。

誰もいない教室を見て、まず初めに思ったことはそれだった。

「……うむむ」

立っていても仕方ないので、俺はしぶしぶ席に着く。

さて、何をしようか。

宿題でもやっとくかな、と数学の教科書を出してはみたものの、元来俺はとうに理系の道を諦めた男であるので、数秒でこの行為を後悔し、頭痛がし始めるコンマ五秒前に、辛うじて教科書を閉じ、すこしはマシな教科、英語の教科書を出した。

久しぶりに日常的なアレに戻ることが出来た。なんだろう、この清清しい気分は。

…………

どのくらい経ったのだろうか。英語のノートは相応の文字で埋まり、宿題は全て終わっていた。英語の先生がニヤニヤしながら出した宿題を完遂してしまった、ということは相当の時間が経っているはず―と思いきや、時計を見た限りではまだ十五分も経っていなかった。

シャープペンを投げ出し、大きく伸びをする。

と。

「うおっ!?」

こういう反応も無理の無いことだと分かって欲しいね。

なんてったって、俺の横に、興味深げに英語のテキストを覗き込む神無月沙紀の顔があったのだから。

「……。」

相変わらずの無表情、三点リーダと共に。

「……どした?」

「……別に」

そっけなく言うと、彼女は自席に座った。

「……。」

いや、ホントつかみどころのない女だな。

そう思ったのだが、神無月は急に、だがゆっくりと首をこちらにむけた。

「どう」

「どう、とは?」

彼女は首を五ミリほど傾け、だがすぐに言った。

「どう?」

疑問形になっただけじゃないか。

「第二ヒントをくれ。」

「……調子」

「調子が何だって?」

「調子、どう?」

「ああ」

そんなことを言っていたのか。

「いいとも悪いともいえないが、どちらかといえば、そうだな、良好だな。」

「そう」

それだけ言うと、彼女は机から本を取り出し、黙々と読み始めた。

少なからず、神無月が読む本に興味をそそられた。

「……なんだそれ?」

「……。」

彼女は無言で分厚い本を俺に向けた。なにやらよく分からんカタカナ言葉がずらりと並んでいる。

「何の本?」

神無月は少し考えるような間を空けてから、

「SFに分類されるもの」

SFだろ?

「そう」

「そうか」

このまま沈黙の時間が流れ始めるのかと思ったのだが、彼女は再び唇を割った。

「今日、放課後校門にいて」

「何を―」

「一番のりぃっ!!」

そんなことを怒鳴りつつ、教室にずかずかと入ってきた、全く空気を読めない超どあほうがいた。

「あれ、ソーヤ?おお、神無月さんも!!やっぱお二人さん、デキちゃってんじゃないの〜?」

そんな無礼千万なことをうかつにも口走ったのは、ほかならぬ川口。

「憶測も対外にしとけ。俺はただ関係代名詞の何たるかを神無月にご教示いただいていただけだ」

おっと、俺、ナイス嘘。

「神無月さん、マジすか?」

神無月、首肯。お前最高。

「へええええっ?」

彼は胡散臭そうな顔をしていたが、やがて諦めたように席に鞄を置き、数分はこちらをちらちら見ていたが、やがて机に突っ伏し、ぐーすか居眠りを始めやがった。その間、続々と生徒らが登校し始め、かくして俺は神無月に聞くチャンスを失ってしまった。ま、放課後になりゃわかることさ。


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