第十四章 相見
俺は神無月との会話を思い出していた。
『あなたはそこに行かなければならない』
『なぜだ』
『水無月飛鳥との合流を図り、彼女に導いてもらうために。でも、彼女はあくまで導き手。道を切り開くのはあなた。』
『神無月は―?』
『私は、あなたに真実を伝達するだけ。でも、また会える。まだ私は、あなたに話さなければいけないことのうち半分くらいしかまだあなたに話していないから』
半分―か。
『その半分は、また会った時に。』
首肯。
『あと、私のことは、水無月飛鳥には伏せておいて欲しい。』
『なぜだ?』
『彼女は私の存在に気付いていないから。』
『あまり気付かれたくないのか?』
『出来れば』
『わかった』
まあ、こんな感じの会話だった気がする。神無月の言うことは大体真実らしいし、この状況下において俺が取るべき行動パターンのうち最善の行動が、今すぐ俺が、あの公園に直行すること(神無月:談)だそうだ。神無月の言うことに疑問を感じるわけでもないし、ましてや反抗する意味がどこにあろう。
さ、急ごうか。
…………
「……よかった、またあなたが来てくれて」
「ああ、悪かった」
俺が話している相手は誰であろう、水無月飛鳥、その人だ。久しぶりに見た温厚な顔に、俺の荒んだ神経はだいぶ修復され、それと共に多大なる安堵が俺の心の中に転がり込んできた。
「びっくりしました。あなたが走り去ってしまってから、すごく強力な時空震が観測されたのですから。」
「時空震?」
「ええ、時空を改変するときに発生する時空の歪みのことです。我々は時空震を観測し、それで改変の規模の大きさを知ることが出来ます。」
「りんごを出したくらいじゃあ何も起こらないのか?」
「ええ。山の一つや二つ創造しても、我々に観測できる揺れはごくわずかです。トラックが道路を走るときの振動よりもほんの少し大きい程度です。」
「……じゃあ飛鳥が観測した時空震てのはどんくらい大きかった?」
「……そうですね。東京直下型地震の震源の真上にいたときに感じる揺れくらいでしょう。」
「東京直下型地震……?」
そんなのあったっけか……?
「えっ……?知らないんですか?壊滅的な打撃を受けた、あの大震災を……?」
知らないも何も、俺にそれを求めるのだったら、まず俺に知らないものを知るすべをご教示していただかねばなるまい。
「でも、あの規模の地震ならここにも……あっ!!」
彼女は心底驚いたような表情になった。
「まさか……まだ……?ごめんなさい!私……とんでもない間違いを……。今の、全部忘れてください!」
そう言って頭を下げた。
許さないも何もあるまい。
「ああ、大丈夫、全部忘れた」
「よかった……。」
彼女はほぅ、と心底安心したようなため息をついた。
「とにかく時空震は比類できないほど大きく、凄まじいものでした。それは、それだけの改変が行われた、という裏づけにもなります。」
「というと?」
「時空改変を行ったものは、おそらくあなたに、全てを夢と思わせ、私との連結を断ち、そして独りになったあなたを狙うつもりだったのでしょう。そのうえで、再び連結が出来たのですから。……助かりました。よく、この出来事を夢じゃない、と看破しましたね。」
「……まあ…な。」
看破したのは神無月だが。
…っと、神無月のことはタブーだったっけか。
「どうしました?」
「いや。それよりも、その時空改変を行った野郎は誰か、分かってんのか?」
「目星なら。あなたも付いているでしょう?」
俺の脳裏に、あの変態が映し出された。消えろ。
「ああ。周防か?」
「周防忠竜か、その一派でしょう。私たちもそう確信しています。……これ以上何かをされても厄介です。そろそろ決着をつける頃合でしょうか。」
俺はまだ何もされてねえぞ。
「ええ。されていてはまずいのです。あなたに擦り傷一つ負わせることさえさせません。」
なんでまた。
「なんで、とは?」
「なんで、俺をそんな特別扱いにするんだ?」
「唯一の異世界人だから、というのも無くも無いのですが、……ええと、禁則ですね。」
「……禁則か。」
「すみません、でも、そのうち話さねばいけなくなることでしょうから。」
期待してなかったからいいけどさ。
「で、これからどうすればいいの?」
「んー、何をするってことでもないんですよね。私はあなたの護衛みたいなものですし、けりをつけるにも、敵がいないのだから何も出来ませんし。」
また随分と楽観的な。
「そうだ。」
彼女は思い出したように言った。
「あなたに、拘束解除プログラムの発動方法を教えておく必要がありましたね。……すっかり忘れていました。」
彼女は軽く微笑むと、すぐに、キッ、とまじめな顔に戻った。
「拘束解除プログラム。それは情報操作のリミッターを取り除くこと。普通なら、創造できるのはせいぜい小山くらいですが、拘束解除プログラムを発動すれば、もっとさまざまなものが創造できます。」
彼女はいったん言葉を切ると、また呪文を唱え始めた。次は何が出てくるのだろうか。
「シリアルコード5467、存在時空間座標GOSにおいて、拘束解除プログラムの発動を申請。A級コード0987の情報創造許可を申請……。」
こんな感じだった。
彼女は眼を見開く。そして彼女は手にあるものを持っていた。
「……おお」
それは、異世界冒険ファンタジーの象徴ともいえるものだった。
黄金の柄、すらりと伸びた、鋼の刀身。
「……剣?」
そう、紛れも無い剣だった。
「ええ。もしかしたら、彼らは私がそばにいないときにあなたに攻撃を仕掛けてくるかもしれません。その時のために、これを持っておいてください。」
持っておいてくださいって。まだ前科を侵したことの無い善良な高校生に銃刀法違反及び殺人(未遂)の罪を犯せと?
「いえ、それは、見た目は剣ですが、……刃を触ってみてください。」
言われるがままに、恐る恐る触ってみる。冷たい感触は……伝わってこなかった。
「ニセモノか」
「ええ。でも、やっぱりそれで斬られる―殴打されると痛いです。それに、それを見て、相手が怯むかもしれませんし。その隙に逃げてください」
そう言いつつ、彼女は柄についていた飾りを押した。カチッ、と小気味いい音が響き、次の瞬間には、剣は折り畳み傘小の大きさになっていた。
「折りたたみ機能付きか。」
「ええ、便利でしょう?どこかの異世界冒険ファンタジーでも
「でも、いざとなったら、如月さん。あなたの能力で、本物の刃を持つ剣を創造してもかまいません。ええと、『せいとうぼうえい』って奴です。」
正当防衛?それはヨーロッパだかどっかだった気がする。
「まあ、特に気にしないでもいいでしょう。ここはあなたにとって、異世界なのですから。あなたがここで何かをしても、よっぽどのことでない限り現実世界には何も反映されないでしょう。ただ、あなたが死んでしまうのは困ります。」
冗談のつもりだろうが、俺の背中には悪寒が走ったぜ。
「すみません、でも今のは本当です。」
別にいいけどさ。
「……んっ。」
「どした?」
彼女は急に眼を閉じ、考えるようなしぐさをしたかと思いきや、
「ちょっと野暮用が出来ました。少しの間だけですが、あなたの側を離れねばいけないようです。」
と、世界恐慌第二弾並に空恐ろしいことをさらりと言ってのけた。
俺の驚愕の表情を見、彼女は諭すようにいった。
「なに、すぐ戻って来られますって。」
「……その間、俺は何をしてればいい?」
「何でもいいです、普段と変わらぬ生活を送ればいいじゃないですか。」
そんなんでいいのか?
「……やむを得ません。明後日、ここに来てください。時間は指定しません。ここで落ち合いましょう。」
飛鳥と一緒に行くことはだめか?
「……だめですね。」
飛鳥は、その間この世界にいるのか?
「ん、禁則事項です。」
なんか、俺が少し突っ込んだ質問をするたびにこの台詞を聞いている気がする。
「では、明後日、また会いましょう。」
その言葉は確かに聞こえたはずだった。が、俺の目の前に、すでに、とでも言うべきか、飛鳥はいなかった。
「普通……か」
それは、かつて俺が畏れていたもの。
そして、今の俺には無縁なもの。
自然に笑みがこぼれてきた。
さて、帰るか。




