第十三章 真実
その時俺は駐輪場から無事に自転車を運び出し、悠々と自転車をこぎながら家へ向かっていたのだが、家まで後数十メートルの地点で、俺は家の目の前に、誰やら人が立っていることに気が付いた。
「……?」
誰だ?黒川たちとは遊ぶのを却下したはずだ。まだ諦めてねーのか。
そう思いはじめたのだが、距離が近づくにつれ、俺はその考えを払拭せざるを得なくなった。
「……神…無月?」
整った顔がこちらを振り向く。そう、そこに立っていたのは、他ならぬ神無月沙紀だったのだ。鞄を両手に持ち、背筋をピンと伸ばし、ちょこんと人形のように立っていた。
相変わらずの無表情で。
「……。」
そして、相変わらずの無反応。
「俺を待っていたのか?」
「そう」
「なぜ?」
「あなたに言わないといけないことがある」
「学校じゃまずいのか?」
「少なくとも、他人に聞かれるのは避けるべき」
「ここじゃダメか?」
「だめ」
「どこならいい」
俺がそういうと、神無月はゆっくりと、だがしっかりと俺の家を指差した。それも、なぜか俺の部屋があるであろう位置を。
「家の中?…がいいの……か?」
首肯。
「……そうか、わかった、上がれ。」
首肯。
神無月を家に上げ、母の尋問をかいくぐり、俺の部屋まで連れて行くのはかなりの労力が必要とされ、早くも半日分の精神力を使い果たした俺はベッドに座り、神無月の話を聞く体勢になった。
「よし、ドアも鍵は閉めたし、お袋にも近づくな、と言っておいた。で、話とやらは、なんなんだ?」
「……。」
また三点リーダかよ……。
そう思ったのだが、俺は神無月の意外な表情を見た。
その顔は、明らかに迷っていた。
「……どした?」
「……なんでもない。……話していい?」
いいけどさ。
「私はあなたに色々な、けど重要なことを話さねばならない。でも、全てを完璧にあなたに伝えることは今の私には難しい。もしかしたら話している途中に、齟齬が発生するかもしれない。でも……信じて」
彼女の、かつてなにも感じさせなかった無機質な眼にの中に、俺は懇願と真摯な訴えの色を見出した。
本気だ。
「ああ、わかった。出来る限りは信じることにしよう。」
「よかった」
彼女は安堵したような声を出し―俺が驚いたのも言うまでもあるまい―話を続けた。
「今、私があなたに伝えるべきことはたくさんあるのだけれど、まず伝えなければいけないこと、それは……ありがとう。」
は?今、ありがとう、って言った?
「そう」
何故。
「あなたは、本来どの時空間座標において存在しないはずだった私を生み出してくれた」
時空間座標?どこかで聞いたことあるような、ないような。
「あなたは存在することすら許されなかった私を唯一受け入れてくれたひと」
「……。」
「それだけじゃない」
彼女は続けた。いつからこんなに饒舌になったんだ。
「あなたは私の存在を許してくれたのみならず、私に使命を与えてくれた。存在する意味を、あなたは私に与えてくれた。いくら感謝しても足りないくらい」
「待て、その『あなた』ってのは俺のことか?」
「そう」
「俺が、お前に?」
自分さえわからない存在の意味を教えたって言うのか?
「そう。私の使命は―あなたへの、真実の伝達。」
真実―
「この世界は、五日前に改変された世界。改変のつじつまをつけるために、一般人には偽の記憶データを、あなたは、あの出来事があたかも夢だったかのようにされている。すべては、真実に目を向けさせないために。」
「は?」
「あなたは、五日前、保健室で覚醒した。その時、あなたは夢を見てた。」
「……ああ。」
「そこであった全てのことを、あなたは夢、で片付けた。……でも、あれは……。」
彼女は一瞬躊躇して続けた。
「夢じゃない。」
「!!」
「改変者が、あたかもあれが夢だったかのように世界を改変した。あなたに、真実から眼をそらさせるために。」
「真実……?」
首肯。
「改変者は、あなたのことを、できるだけこの世界にとどめておきたかった。しかし、あなたは私という媒体を通して真実の伝達を図った。」
「改変者ってのは……誰なんだ?」
「現段階においては」
そこで言葉をいったん切ると、彼女は空を―いや、白い天井を仰ぎ見た。その表情に浮かんでいたのは、なんだろう。まるで、これから言う冗談に自分が笑いそうになるのをこらえているかのようだ。……まあ、神無月はやっぱり無表情だが、明らかに彼女は少し変わった。俺にだって、手づくり望遠鏡くらいの観察眼はあるのだ。
「禁則事項」
そう言うと、彼女はうっすらと、だが確かに、微笑んだ。
…………
俺は遠ざかる神無月の影を見送り、そして自転車に飛び乗った。
行くべきところは―言うまでもあるまい。
公園だ。
なるべく早いほうがいいということなので。
俺は公園にすっ飛ばした。




