第十章 激昂
五歩くらい歩いたら、急に背筋が冷たくなった。
「うお」
「我慢してください。後、絶対に目を開かないでくださいね。」
彼女はそう念を押して歩き続けた。
頭が割れるように痛い。耳鳴りがする。寒い。暗い……
…………
俺は迷っていた。
このまま行ってもいいのだろうか。
このまま、先へ進んでいいのだろうか。
―行けよ。お前、ずっとそこに行きたくて行きたくて、仕方が無かったんだろう?
確かにそうだが……。
―なら、行けよ。お前が、そう望んでいたんだろうが。
いや、だめだ。行っちゃいけないんだ。
―なんでだよ。
わからねぇ。でも、行っちゃだめなんだ。
―行けよ。
だめだ。
―行けよ。
いやだ…
「…きて…くだ……お…きて…」
いやだ、いやだ、いやだ……
「起きて下さい!」
「いやだああああっ!!」
「蒼夜さん、しっかりしてくださいっ!!」
「!!」
太陽が、目にしみる。
「……?」
「大丈夫ですか?」
そういって、心配そうに俺の顔を、誰かが覗き込んだ。
飛鳥。
「う、うーむ……。」
「しっかりしてください、もう大丈夫です。着きましたから。」
俺は力なく首を振った。縦に。
「ここは……?」
「私たちの世界―異世界です。大丈夫、無事に着きました。」
「俺は大丈夫じゃないな……。」
「ふふ、でもそこまで話せるなら大丈夫です。良かった」
そう言って、心底安堵したような表情になった。
「立てますか?」
「なんとか」
そう言いながら、俺は普通に立った。ようやく落ち着いてきた。唇が痛い。触ると、ガチガチになっていた。
「水、ない?」
「あります、少し待っててください。」
そういうと、彼女は、また呪文を唱えだした。
「エマージェンシーコール。優先コード01、シリアルコード5467、存在時空間座標GOSにおいて、物質情報0087653の緊急情報創造許可を申請……」
「む。」
エマージェンシーコール?俺の唇の渇きがそんなに緊急か。
「はい、どうぞ。」
そういい、彼女が差し出した物は、紛れも無いア・カップ・オブ・ウォーターだった。リンゴの時より、ずっと主要時間が少ないのは気のせいだろうか。
その水を流星のごとくのみくだし、それに『史上最強水』の称号を与え、一段落つくと、俺は周りを見渡す余裕をえた。
「お?」
立ち並ぶ家々。
いくつかの小丘。
「ここは?」
「私たちの世界ですよ?」
「本当か?」
「…なんでですか?」
「だってよ……。」
ちらほら見える、自動販売機。
「前のところと、変わんねーじゃんかよ……。」
そう、そこは俺が十五年間何もしないをしながら住んでいた、あの町に変わりないのだ。
「表面上は、」
彼女は真顔になって続けた。
「変わりません。」
「どういう意味だよ。」
「しかし、内面には、著しい変化があります。山や、お友達の消失なんて、序の口です。」
なんだと……?
「ここでなにをしろってんだよ。」
「…………。」
彼女は困ったように顔を曇らせた。
「どうした……?」
「わかりません。」
は?
「私は、上の人に、あなたをここに連れて来いと、言われただけですから。」
「ふざけるなよ。」
「え?」
「俺は……脱出を求めていたんだ。この退屈な世の中からのな。それで、やっと、と思ったのに。……ふざけるなよ!」
彼女は目を見開いていた。そんな表情を見るのは初めてだったが、それでもどこか演技っぽく、俺の怒りを助長するに足るものだった。
俺は彼女に背を向けて走り出した。思いっきり、あてもなく。
何なんだよ……。
「何なんだよっ!!」
…………
「そういうことね。」
飛鳥は言った。激昂し、走り去る如月の後ろ姿を眺めながら。
「だから、私にここまで……。」
それくらい教えてくれてもよかったのにな、とため息をつき、彼女は空を見上げた。空はいつもより青く、澄み渡っていた。
「神を夢想世界に放置しておくのもどうかと思うけれど……。一応、申告しておこうかな。」
そう呟いた次の瞬間、もうそこに飛鳥の姿はなかった。




