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第九章 後悔

「……むぅ」

「気が付きましたか?」

 静かな声が聞こえた。

 俺に話しかけているのだろうか。

 だとしたら―答えねばなるまい。

ゆっくりと目を開けていく。

 まず最初に見えたのは―桜だった。

 桜吹雪が舞う―草原。

 ここは…どこだ……?

 そして、目の前に柔和な顔をした女―いや、少女が俺の顔を覗き込んでいた。

 こいつは……?

「ここは……どこだ……?」

「ここは、国立公園です。」

「国立公園?」

 なんで俺がこんなところに―

「あっ……」

「思い出しましたか?」

「おお」

「では、一つテストを……情報操作法に違反するような操作を行った場合は、一般的にどのような処分を受けますか?」

「は?」

「いえ、ただのテストです。……答えてみてください。」

「……その罪の重さによって、ある期間情報の操作を禁じられたり…」

「その取り決めのことを、一般的になんていいますか?」

「えっ……、情報操作取締法じゃねーの?」

「その通りです」

 そう言うと、彼女は顔をほころばせた。

「……よかった」

「!」

 そうか、彼女は俺を確かめていたんだ。

 ちゃんと、俺に情報が行ったかどうかを。

 だとしたら―安心していいぞ。俺にはしっかりと刻み込まれているからな。

「さて……では、試しに、何でもいいですから、出してみてください。」

「なんでもいいって……」

 逆に難しいのだがな……。

 俺は困惑の色を浮かべながら、そして目を―いや眼を閉じていった。

 しゃあねぇ。あれしかあるまい。

 眼をつむりながら、俺は聞く。

「なあ、どうやって情報操作すんだ?」

「分かっているはずです。自ずとやってくれるでしょう。」

「ううむ…」

 自信はないが、やってみっか。

 そう思った途端―

「シリアルコード0789、存在時空間座標8765、13598、20070408101536において、物質情報0087653の情報創造許可を申請……」

 まあ、こんな感じの言葉が立て板に水のごとく出てきた。

 自分が何をほざいているのか、全く分からなかったが、俺の深層心理は何もかもを知り尽くしているようで、おかげで俺が混乱することはなかった。

「終わった」

 そう言って、俺は手元を見た。

 真っ赤な、リンゴがそこにあった。

 すげえ。

 出来てんじゃんか。

「出来ましたね?」

 そう言って、彼女はよりいっそう微笑みを濃くした。

「ああ。」

「綺麗に出来ましたね、初めての人は大体欠けてたりするんですが……見事です。」

「そうか?」

 そう言って、俺はリンゴをまじまじと見る。

 真っ赤で、それでいてそこそこな大きさだ。

 それに……うまそうだ。

「どうぞ、食べてみては?」

「そうするわ」

 そういうが早いか、俺は二日連続のリンゴにかじりついた。

 が。

「……んん?」

 よくかむに従って、俺の顔は崩れ始め……(と彼女は言っていた)

「こりゃあ……梨じゃねえか……。」

 そう、それは形こそリンゴに似ているものの、味は完璧に梨だった。

「なんじゃこりゃあ?」

「ふふ、やはり欠けてましたか……。」

「欠けてた……?」

これは形だけならリンゴ形状コンテストで入賞は飾れそうな気がせんでもないくらいの綺麗な楕円形なのだが。

「情報が、ですよ」

 なるほど。って本気で分かってんのか?俺。

「あんたはどんな感じだった?」

「私も最初はリンゴを出したんですが―リンゴは情報羅列が単純なので、ほとんどの人がまずリンゴから始めます―私のは四角くて、味は蜜柑でした。」

 そういって、彼女は悪戯っぽく笑った。俺は昨日のりんごの味を思い出した。そりゃひでぇな。

「ええ、ですから今に至るまでは膨大な努力を要したんですよ?」

「へぇ。」 

だとしたら、俺がたった数分で会得してしまったのはどうかと思われて仕方がないのだがな。

「ふふ、それはその情報の持ち主に感謝すべきですね。」

 あざっす。

「でよ。俺はこの状況を理解した。そして、すげぇ能力も手に入れた。だがよ、俺は何をすりゃいいんだ。」

「ここで、あなたがすべきことですか?」

「おう」

「そうですねぇ……。」

 考えるな。

「すぐ、元の世界に戻りたいですか?」

「いや」

 俺、即答。

「でも、いつまでも、というわけにもいきませんし……。」

「なぜだ?」

「いえ、なんでもありません。」

 そして、半ば誤魔化すように彼女は続けた。

「しかし、あなたの予想は当たっています。あなたは、自分がココに来たのは、何らかの理由がある、そう考えているでしょう?」

「ああ。」

 おっしゃるとーりにございます。

「その通り、あなたがココに来たのには、ちゃんと理由があります。」

「それを俺は求めているんだ。」

「ええ。」

 ええじゃなくて。

「では、話をする前に、この世界のことを話しておきましょう。この世界は、ほとんど前の世界と外見は変わらないのですが、中身にはかなりの改変があります。人が消えていたり、逆にいない人がいたり……。ですが、建築物などの違いはあまりありません。」

 山は?

「山?」

 彼女は驚いている様子だ。

「知らないのか?」

「ええ。」

「俺が昨日、どんな経緯で記憶媒体を手にしたか、飛鳥は知っていると思っていたが……。」

「いえ、全く。」

 俺の脳裏には、あの気障な野郎の横顔が浮かんでいた。畜生、とっとと消えろ。

「……なんか、あったんですね?」

「まあな。」

「話せます?」

 もちろんだとも。

 そして、俺は昨日のことの経緯を話した。いまさら描写するまでもないだろう。地図を引っ張り出して、コンパスで弧を描いたこと。コンパスで手を刺したこと、そして、山での出来事と、彼の捨て台詞。

「『妥協はこれが最後だ。今のか弱い貴様を狩っても面白くもなんともない。次に会うときは敵同士、それまで、首を洗って待っていろ』……ですか。」

 そう言うと彼女は口をつぐんだ。何か考えているような仕草。

「…………。」

 おいおい、大丈夫かよ。

 俺がそう言おうとした直前、彼女は急に目を見開いた。カッ、という効果音が聞こえてきそうな感じだ。

「その人は、おそらく私たちの敵対勢力の幹部でしょう。」

「……?」

 どっかのアニメか?

「そいつの名前は?」

「周防忠竜です。」

 周防忠竜……。

「とにかく、周防はあなたに宣戦布告をしてきました。あなたへの宣戦布告は、我々への宣戦布告、と受け取ってまず間違いないでしょう。」

 宣戦布告?

「俺への宣戦布告は飛鳥たちへの宣戦布告と同じ、とはどういう意味だ?」

「……ええと……。」

 初めて見た。飛鳥の、少し惑うような顔。言ってしまっていいのだろうか、というような顔だ。

「あなたは、私たちの組織の一員、というか保護下に入っていて、つまりあなたはこちら側の人間、ということになり、それゆえ私たちへのそれというようになります。」

 ……本気でアニメっぽくなってきたぞ……大丈夫か?

「というか、まず組織について教えてくれよ。」

「わかりました。……私たちの世界では、二つの組織による冷戦状態が続いていました。」

 過去形か。

「ええ。彼らの組織は、長い間私たちの組織と敵対してきました。といってもさっき言ったとおり、冷戦状態―矛を交えぬ戦いの状態にありました。」

「なぜ敵対していたんだ?」

「事の起こりはだいぶ前にさかのぼりますが……、彼らの組織は、元々私たちの組織の一員でした。しかし、時がたつにつれて彼らは私たちと尻馬が合わなくなり、反感を抱いた一部の人間がこの組織を抜け出し、またもうひとつの組織を発足しました。それが彼らの組織です。」

「これはどうでもいいことなんだが、組織に名前はついているのか?」

「知りたいんですか?」

 だから質問しているのだろうが。

「仕方ないですね。本来ならばあなたに教える必要がないことなのですが……

まあ、いいでしょう。私たちの組織名は、略称ROAFです。また彼らの組織名は、略称BOWです。」

 随分とありがちな。

「さて、彼らは私たちを潰すべく、冷戦状態を解除し、ついに行動に出ました。その第一段階が、戦闘意思表明―あなたへの宣戦布告なのです。彼らはあなたを標的に絞って攻撃を仕掛けてくるでしょう。」

!!!

「ど…どういう意味だ?」

「彼らは、あなたを殺めるべく動くでしょう、と言っているのです。」

「……。」

 乱れに乱れる俺の心をいったん落ち着けてから、俺は言った。

「な…何で俺なんだよ。」

「あなたは、唯一の異世界人ですから。」

 納得いかん。

「まあ、気にしないでも大丈夫です。」

「……。」

彼女の言葉で俺の心の中の天気は大嵐から小雨くらいまでに落ち着いたが、しかしどんよりとした気持ちは依然として晴れない。

 なぜ俺なんだ?

 ほかにもいろいろな人がいるだろうに、それに俺はこんな組織なんて知らねえ。それなのに、なぜ俺が殺されねばならない。

 しかし、沸いてくるものは恐怖ではなく、なぜか他の気持ちが満ち溢れてきた。

「……私が、守りますから。」

続きがあった。俺の心に光が差し込んできた。

面白くなってきたじゃねえか。

そう、漫画、アニメ、ゲームの好戦的な主人公は言う。

俺は、この言葉を聴くたびに何ほざいてんだ、と思っていたが、この時ばかりはその考えを変えてもいい、と思った。

「では、そろそろ移動しましょうか。」

「移動って、どこにだ?」

「……私たちの世界に、ですよ。」

そういって、彼女は微笑んだ。

面白く、なってきたじゃねえか。

「目を、閉じてください。」

「了解」

 そう言って、俺は目を閉じた。世界が暗くなる。当然だけど。

「私が言うまで、決して目を開けないでください。……私が手を引きますから、歩いてきてください。」

「りょーかい」

 俺は手を差し出した。暖かい、柔らかいものが俺の手を握った。

「歩きますよ」

 そう言い、彼女は歩き出した。なかなかに怖いが、けつまずくようなドジはしなかった。

 まさか、あんなえらい目に遭うなんて、予想だにしなかったね。


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