蛾の誕生編 第三話 第一幕 御節介な同僚
傍観者 神戸四季
この「神隠し事件」を調査するに当たって拠点にする宿には気を使った。ある程度、セキュリティが整っていて、尚且つ人の往来が多いホテル。それは僕らを一般市民と混同させ、誰かの記憶に残るのを避けるためである。それでもこの一張羅は目立ち過ぎる。どうしてこんなデザインにしたのか、開発部には文句の一つでも言ってやりたい。
食堂、いつも通りにバイキングであるが、私服で手軽なものをチョイスし、一時の休憩を楽しんでいるところ。しかし、僕の平穏な一時を壊すよう目の前に黒衣の赤十字を纏ったドイツ人女性が現れた。僕は沈黙を保てるはずもなく、
「……なんか用事?レーネ」
切り出してしまった。彼女は僕が私服だったことから話しかけ辛そうにしていたが、こちらからアプローチを掛けるといつもの調子を取り戻したようだ。
「気安く呼ぶな。第一室室長補佐レーネ・デュフナーだ。いい加減覚えているだろう……それに観光気分でサボっているのか!こちらは終わったぞ!」
「そう言えば、君んとこに入ったのは日本人だったよね。」
向かいに腰を下ろすと彼女は僕の皿からサンドウィッチを攫って行く。彼女も今回新米の監視役で日本に来ていることは知っていたが遭遇するとは思わなかった。僕らは都内の外れ、彼女らは北陸の山中と聞いていたので合うことはまずないだろうと思っていた。
「ああ。室井獅我だ。はっきり言うと彼は化け物に近いな。NOTとのシンクロも常時九〇%を超えていた。実力だけならば私たちに匹敵するかもしれない。」
「それで合格か…」
十三委員会の兵士はNOT因子を体内に埋め込んで戦っている。一般的にシンクロ率が七〇%~八〇%で十分NOTと渡り合えるが、上官になると九〇%台で戦う猛者がごろごろ犇めき合っている。
「室井はまどろっこしい考えを一切持っていない。NOTと判断したら即殺しに掛かる、白昼だろうと人前だろうとだ。後処理は面倒くさいし、扱い辛いし、お前に押し付ければよかったな。」
怒りを露わにして僕の皿からまた一つサンドウィッチが消える。
「しかし、これで今期入室者の五人中三人が無事通過できたことになるな。ヴィルマ君も余裕だろうし、僕らの代と違って優秀だよね。あの時は十六人居たのに結果、通過できたのは僕とレーネだけだもんな。」
「その話は止せ、第五期の代は呪われていたんだ。まず、十二柱が十六人の中に混ざっていた時点で事件以外の何物でもない。全員死んでいても可笑しくなかったんだ。よく生きていたものだよ私らは。…しかし、腑に落ちん!何で劣等生のお前は室長になっているのに私は室長補佐のままなんだ!おかしいだろ!その地位寄越せ!」
「弛まぬ努力の結果って奴ですよ。」
長話なら珈琲持って来るよ。と僕は席を立つと彼女はカフェオレで頼む、と返事をしてきた。別に僕ら仲悪い訳じゃないんだよな。レーネは正直じゃないだけで仲間思いの優しい奴だ。NOTを取り逃がしたことが何度かあるようだが、それにしたって彼女の実力が折り紙つきなのは第一室室長から聞き及んでいる。
「お待たせ。」
「すまん。使わせてしまって。」
上目づかいに口を紡がせるレーネ。見返り美人と是非言いたくなる金髪のショートボブに緑の瞳。食堂でもかなり目立っているが、先ほどまで着ていたコートを脱いで白いワイシャツになっているところが、彼女なりに気遣いを感じられる。しかし、そのワイシャツも線やらレースやらが入っていて、一見容姿も相まって貴族?と見紛う出立である。ちなみに彼女は二十二歳である。僕は二十一歳だけどね。
「本題…というか実を言うと本当にお前の様子を見に来ただけなんだ。」
「そうかい…ご苦労なことだね。態々見に来なくても会議でよく顔を合わせるだろう。何か不安なことでもあったのかい?」
「なんだよ、同期の女の子が見に来てやっているのに冷たい態度だな。」
「悪かったな、女の子に冷たくて。」
「しかし何だ。ボクもお前も恵まれない環境にあるよな。ボクは既に室長補佐になって部下を十八名も亡くしてしまったし、お前も折角助けた一般人がNOT因子の適合試験で爆死したんだろ?」
「ああ、そん時はマジで研究室の連中を殺そうかと思ったくらいだ。」
「ヴィルマだっけ?その子の名前。」
「ヴィルマは今、最終試験してる僕担当の子だよ。間違うな。」
「そうか失礼した。」
彼女は両手で可愛らしくカップを持ち、カフェオレを啜りながら言う。
「でも…神隠し事件。お前ら二人だけでは不安だ。予想以上に大きいヤマになる予感がする。お前が強いのは知っているが、どうも心配でならない。新人の監督役はもう終わったし、私にも手伝わせてくれないか?」
確かに僕が空港に着いた時の違和感を考えれば増員を要請してもいい位のヤマである可能性は否定できない。しかし、十二柱なんて出てきたら逆に増員したところで動きが鈍るだけになる。
「いや…大丈夫。ありがたいんだけどね。例え十二柱が出てきたとしても僕がなんとか支えるから心配しなくていいよ。レーネは早くギリシアに帰って第一室が相手にしている『八番』に備える方が委員会にとってもプラスだと思うよ。」
「…確かに今、一室は『八番』との渦中にいるけど室長、副室長、そしてもう一人の室長補佐がいるからある程度状況はいいはずなんだ。それよりもお前らだ。下手して立った二人で十二柱の一つと当たって見ろ。何もできずに負けることになるぞ!」
悪魔の十二柱。十年前に分裂した最初のNOTであり、始まりのNOT、イエス、マリアと十二柱のみが繁殖器官を持つ。僕らにとって十二柱を残らず殺すことが目的であり、存在する意味そのものでもある。僕は彼女の言わんとしていることが分かる。普通のNOTと十二柱のNOTでは能力値が違い別種の生き物だと考えても相違ない。十二柱の一角と直接対峙してしまった僕らは奴らの恐ろしさを一番わかっている。
「十二柱の実力を解っているからこそ、下手に準備不足で戦うつもりがないとは思ってくれないのかい?レーネ」
「お前のことを馬鹿になどしていない。実力は解っているし、無理して功績を上げようと私欲に駆られる奴でないことも良く知っている。けど不安なんだ。仲間が死ぬのは、どうしても五年前のパルテノンを思い出してしまう。」
僕とレーネの第五期メンバーを襲ったパルテノン神殿での事件。
「知ってる。レーネが室長補佐になってから亡くなった兵士たちの墓を回るようになったのも、NOTを逃がすのは仲間を助けるためだってことも、ちゃんと知ってるよ。だから言う。大丈夫、僕を信じて。必ず、ヴィルマ君と戻って来るさ。」
うん、と皿にあった最後のサンドウィッチを頬張る彼女は食い意地が相当張っている。いやホント可愛げあるな。頭撫でたくなるわ。
「……なんか言ったか?」
「いや、何も。」
「不安で心配だが、一番付き合いが長いからな。お前の言葉を信頼してやらんと立つ瀬がないだろう。」
レーネは席を立つとコートを持ち、出口へと向かう。僕はそれを見送っていると彼女は一度止まり振り返る。
「男に二言はないからな。ちゃんと二人で帰ってこいよ。」
「ああ、解ってる。心配すんな」
コートを羽織り、今度こそ帰るのかと思ったがレーネはまた僕の方を向いた。
「……それとあと一つ。」
「なんだ?」
「なんでこのヤマを、『神隠し事件』を選んだ?何か意図があるんじゃないのか?だから、ボクを巻き込まないんじゃないのか?」
「それこそ心配し過ぎだ…他意は無い。」
考え過ぎか、とレーネは手を振って帰る。出入り口の扉が閉まると僕は一息ついてコーヒーを啜る。芳醇な香りとカフェインが身体をリラックスさせるのに貢献してくれた。
「レーネは鋭くて困るな」
出入り口の扉が開いて彼女が顔を出すようなことはなかった。




