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NOT FACTOR  作者: Ribain
蛾の誕生編
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蛾の誕生編 第二話 第三幕 悪魔の柵

 傍観者 ヴィルマ・ガソット


 これは過去の話だ。


 その日は朝から土砂振りの雨だった。

「ヴィルマー。今日は遅くなるの?」

 母の声が聞こえてダイニングに降りてきた私の耳に届く。

「うーん図書館に寄って来るけど直ぐ帰ってくるよ」

「はは、本当に読書好きだなぁヴィルマ」

「父さん。今は大学のレポートのために調べ物をしてるだけよ。いつものミステリー小説は今休み中。」

母は食品会社でパートをしていて夕方まで仕事、父は個人経営会社の従業員であり、収入は多い方ではなく決して裕福な家庭ではなかったが普通の別に不自由はない暮らしをしていた。私はそんな両親を見て多くの人の役に立たなくても目の前の人たちの役に立つ社会人だと思った。確かに規模は小さいし、今のグローバルな社会では通用するような考えではないのかもしれないが、それでも私が目指したのは社会人になって身近な人の役に立てるように地域に根ざした仕事に就くことだった。今日も大学で勉強した後に図書館へ寄りバスと電車を乗り継ぎ家に帰ってきた。家の近くに市場やレストランが多くあって夜の街に煌めく街灯も相まって大きく賑わっている。通りは人が溢れ返るほどでは無いにしても多いと感じるくらい視界には人が映っていた。そんな煌めく大通りを一本入ったところにひっそりと建つ我が住まいはまだ父も母も帰っていないのか、家の電気は付いていなかった。もう日が落ちて大分経っていて、両親も遅くなるなんて言っていなかったので疑問を覚えながらも玄関を開けた。

結果を言えば家の中に父と母は居た。帰って来て私の帰りを二人で待っていたようだった。ダイニングにはまだ湯気が立ち上るスープやパスタがあり、つい先ほどまで生活していたことが覗えた。父と母はダイニングテーブルに食事を並べ、いつもの決まった定位置の椅子に座り私の帰りを待っていた。

ただ、第三者がそこに居たことと、父と母は既に着ていた服だけになっていたこと以外を除けば何気ないいつもの光景だった。そこに居た第三者は裸で体つきは成長期の少年のそれだったが、顔はグチャグチャになっており、年齢層の違う顔のパーツを寄せ集めたような顔立ちをした白い人型の何か。

「グギャギャッ…」

 それは私を確認すると不恰好な口を歪めてゆっくりと私の方へと歩み出した。私はまだ家に入っていない。玄関を開けて見えた光景に衝撃を通り越し、思考が止まっていた。私の思考がやっとの思いで動き出したとき、第三者は目の前に来ていた。

 目の前に第三者の目があった。左右の眼はぐりぐりとカメレオンのように違う動きをして私の様子を覗っているようだ。私は動けなかった。目の前の存在が悍ましくて、汚らわしくて…しかし、その存在は身体の色が嫌なくらいに白い。

「あなたは…」

 決死の思いで私は口を動かし言葉を発したが後が続かない。すると存在は大きな口をがっと開けて私を食べようとしたのだろうか?少しずつまた距離を縮めてきた。初めて感じる黒くて大きい圧迫感、身丈は二〇センチメートルくらいしか差は無いはずなのに、何メートルもの大きい存在を相手にしていると錯覚してしまうほどの圧力をそのときに感じた。

「アァー…」

 私は動けなかった。

 このまま食べられると思って目を瞑った。世界は真っ黒になった。何も見えない。自分の選択が間違いだと今更気付いた。この時私は動いて逃げなければならなかった。逃げて助けを求めていれば違った結末になっただろう。

 

金属が風を斬って振動する音が聞こえた。続いて、先ほどまで前にあった圧迫感が取れてどこからか新たな風が舞い込む。圧力の消えた私は何かの糸が切れたかのように力が抜け、玄関のそこに座り込んだ。やっと目を開けると視界に見えたのは黒を地にした赤十字。いや、あれは十字架だ。だが、横棒から延びる縦棒の長さが不自然だ。逆十字。本来上に来るべき部分が下に来ているのだ。その意味は神への冒涜?

「怪我は無いですか?」

 黒い装束と逆赤十字に身を包んだ男は私を振り返り言った。黒装束の奥には顎を切り取られたさっきの存在が仰向けにバタついている。動き回り辺りに血の赤色が散布する。

「え…えぇ…」

「なら良かった。事情はアレを始末してから言いますので。」

 黒装束の手には二本の金属製と思しき棒が握られている。長さは五〇センチメートル程度の小さいものだったが、黒装束がその棒を構えると棒の周りの空気が振動した。棒はただの棒だった。削られて剣のような形に見えるが素人目でもそれ自体に殺傷能力は無いように見えた。しかし、それとは裏腹に彼が棒を振るうと金属が風に振動するような音が聞こえて、あの気味の悪い存在の腕を切断した。

「ギギィイイイイイイイイ!!」

 のた打ち回る存在は家の中へ奥へと逃げていく、しかし、彼の前には私の目の前にいたはずの黒装束が立っていた。彼は迷わず存在の首を落とした。赤い液体を吹き出し場に散らばる肉片を私は人間のものとは思えずに、まるで違う世界での出来事のように捉えていた。

「大丈夫じゃあないよね?立てるかい?ゆっくり話そう…」

 棒を腰の鞘みたいなところに仕舞い、差し出された彼の手を私は取ることが出来なかった。彼は後に私の初期教育係になる神戸教官であり、薄黄色の髪が特徴的だった。家の中へ移動し、ダイニングの椅子に座ると彼は父と母は死んで生き返らないということと、先ほどの存在について知っている限りのことを話してくれた。信頼できる人間なのかどうなのかは置いておいて、説明された内容は頭に入ってきたが、至極当然のように理解することはできなかった。私は父と母の死体を見ていないのだ。一緒に食べた最後の朝ごはんの時の顔が過ぎる。

 笑顔だった二人はもう居ないのだろうか?

「折角だからそのご飯食べなよ。ご飯に掛からないように殺したから心配いらないよ。」

 目の前には未だ湯気の立ち上るパスタとスープ。先ほどの存在を見てから食欲はなく、寧ろ頭痛と腹痛で吐き気が襲ってきている。

「……お母さん……お父さん…」

 私自身、無意識のうちに目の前の夕食を食べていた。何か人間としての道から脱線した暗い密林に迷い込んで行く感覚が全身を包み支配していった。涙は止めどなく溢れ、作法も何も不恰好なまでの食べ方で料理の中に母と父の最後の温もりを探していた。


「君のお父さんとお母さんを殺めた存在を我々はNOTと呼称している。まあ、何か聞きたいのならばここに連絡すると良い。」

 彼は番号の書かれた紙を私に渡すと処理が終わった私の家から出て行った。あっさりとした別れだった。だが、これが私の人生のターニングポイントになったのだ。眠れず翌日になってその番号にかけると「十三委員会」という場所に繋がった。そこではNOTによって犠牲になった人々の援助を行っているとのことだった。私はこのまま大学に通えるとのことで十三委員会が全て出資すると話をしてくれたが、その話を私は断った。もう大学に行く理由も見つからない。NOTという存在を知ってしまった今となって私はもう安全にこの世界で生きていくことなんてできないのだ。

「すいませんが、私を助けてくれた人に繋いでくれませんか?」

 私が言ったその言葉に電話対応していた人は驚いたのか反応を詰まらせたが、「わかりました。少々お待ち下さい。五分ほどでこちらから掛けなおします」と言い残して電話の切断音が聞こえてきた。

 あの時、私が逃げて街の人たちに助けを求めていたならば、事態はもっと深刻になっていたことだろうが、人間として死ぬことが出来ただろう。悪魔と戦う血みどろの世界を知ることなく不幸だったと嘆いて死ねた。だがもう嘆くことは出来ない。NOTを知ってしまったから。NOTの身体能力のそれは人間をも軽く凌ぎ、NOT一体で何人の被害が出てしまうかなんて想像はできない。私は電話を掛けた時点である覚悟を決めていた。

 約束通り五分後に電話が掛かって来て出るとその声は昨日聞いた人の声だった。

「もしもし…君は、昨日の子かい?」

「…はい、ヴィルマといいます。」

「僕は神戸っていう。それでどうしたんだい?」

「私に生き抜く術を教えてください」

 それが十三委員会に入るきっかけだった。


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