祈る絵画編 終章 第一幕 人生
傍観者 ロレンツォ・ディエゴ
十三委員会の奴らが居なくなってから、また空を見上げる日々が続いている。今は雲一つない満天の星空。月の灯りに照らされて大地が明るい。隣には自分が描いたらしい絵画『祈り』が置かれている。その絵にはシェイラの魂が定着しており、俺との会話が可能だ。
しかし、イネスとの約束を果たせず無残な負け犬である。
「シェイラ。さすがに夜は寒い日が続いて来たね。」
((そうね。私は直に感じられないけど木々の揺れ方とかから何となく感じ取れるわ。))
前はイネス・シャルトーという女性と並んでみた空。彼女とは感性が合わなかったけれど、シェイラとは合っていそうだ。さすがに妻と合わないなんて話になると問題だ。義両親に怒られる。
「シェイラ…いやあホント久し振りだね。もう積もる話はたくさんあるんだ…聞いてくれるかい?」
((いいわ。ずっとずっと聞いてあげる。私が老いてお婆ちゃんになるまで聞きますよ。私だって話はあるんですから。貴方の話が終わってから私の話も聞いて貰えますか?))
「大丈夫さ。俺もずっと聞くよ。これからはもうずっと一緒だ。ただ俺の話は長くなるぞ。どっちの精神力が強いか比べて見ようか。」
((馬鹿ね。私が勝つに決まってるでしょう))
笑い声が木霊する静かな丘の上。二人を邪魔するものはもう居ない。十三委員会もNOTの連中も、存在圧の無い彼を補足することは出来ない。
コレット・シャルトーは大丈夫だろうか。イネスから姉だと紹介されていた彼女を守って欲しいと頼まれていたが俺は余計な世話を妬いただけなんだろうか。
もう俺に『夕暮れ詩人』の声は聞こえない。今まで五月蠅く聞こえていた奴の声がここまで静かになると不気味にさえ思うが、心を満たしてくれる彼女が傍らに居てくれる。もう先は長くない俺だがこれからは一生懸命に生きようと思う。
「…もう…出来ることも少ないんだろうがな。」
ここまで来て生にしがみつく自分に嫌気が差して苦笑してしまう。もう救いようのない馬鹿だ。惚れた女の為に人の道を踏み外して、途中で出会った女性との約束も十分に果たせず、最後は未練がましく生き残るとは。本当に救いようがない。
((ロディ?大丈夫?何か難しい顔をしてるけど?))
「大丈夫さ。さ、何から話そうか…」
それでも俺はクリエイターだ。創造者として死ぬまで作品を生み出そうじゃないか。例え世俗に求められないとしても、この気質だけは変えられない。
誰かを楽しませるのがクリエイターの仕事だ。俺はそれを生業として大学を選考したのだ。そういう職に就くには技術とセンスと努力が必要で先天的な要素も強い。生きる意味を老いた今だから考えたい。
これまでの人生は復讐ばかりに囚われていた。
友達の少ない俺には刺激が少ない青春だった。
愛した人を守れない悔しい日々だった。
シェイラと水族館に行きたかった。動物園に行きたかった。遊園地に行ってジェットコースターや観覧車に乗りたかった。お化け屋敷に入って怖がる彼女を見たかった。もっと馬鹿をやって過ごしたかった。
「ばかだなぁ…おれ…ほんとばかだ…」
滴る涙を止める手立てが見つからなかった。もう身体が思うように動かないのだ。
((ロディ…少し疲れたんじゃない?今日は休みましょうか))
「……そうだな…もう…休もう。傍を離れないでくれよ…」
((ええ。ずっと居ますよ。ここに。))
ああ、幸せだ。
とても幸せだ。今日はゆっくり眠ろう。
久しぶりに安眠できる。
「…おやすみ」
((おやすみ…今までありがとう…大好きよ…))




