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NOT FACTOR  作者: Ribain
祈る絵画編
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祈る絵画編 第四章 第二幕 存在圧


 傍観者 古川楔



「くそっ…!おいディミ!嵌められたぞ!」

「…急ぐぞ古川くん」

二班に分かれて調査し始めた当日は生憎の雨。視界も悪く人通りが少ない為、屋内つまりは店などの店内でしか調査が進まなかった。俺とディミトリアス・ロックハートは昨日の夜に下見を済ませていたスベルディア社から三百メートル程離れた喫茶店に居た。

昨日はここからでもNOTの気配をビンビンと感じていたのに、今日は喫茶店で監視を続けたがいっさいと言っていいくらいにNOTの気配を感じない。可笑しいと思い始めた矢先にレオン大聖堂方面で強い存在を感じた。

間違いなく『夕暮れ詩人』だ。

 迂闊だったのか、昨日の今日で『夕暮れ詩人』はまず動かないだろうと踏んでいた。通り魔事件の例から行くと一度襲ってから三~四日開けて次の犠牲者が出ることから分かれて調査しても大丈夫だろうと判断された。ディミトリアス・ロックハートは軍師ではない。策略家ですらない。しかし、現場の最高責任者だ。彼の指示に従うしかなかったとは言え、意見はすべきだったのだ。

「…死ぬなよ。」

「古川くん、先に行け。押す」

「ハァ?」

 俺の後ろでフットボールのタックルを連想させる構えを取るとディミトリアスは呟く。

「NOT FACTOR PATENT――code CRUST」

 ディミトリアス・ロックハートは西洋の甲冑を身に纏うとブラウンの輝きが奴の全身を包んでいる。鋭利な突起の多い甲冑の肩部に足場を見出すと前へ向き直った。足の裏に強い衝撃を感じると景色が一瞬で飛んでいく。

「CRUST…って地殻か…」

 激しい雨を身に感じながらレオン大聖堂が近づく。

「知らねぇけど…使ってみるか。」

 視界が緋色に染まると脳内でCODEをイメージした。人を見透かしたような眼をした『会長』と呼ばれる女に言い渡された自分の記号。その言葉からは確かに体育館で俺を守ってくれた力を連想できた。

 NOT FACTOR PATENT――code DEAD SOUL

 腕から生えてきた青白い人の腕は視界に捉えた二つの影を捉えようと伸びて行った。一つはフードを被った男、もう一つは尾の長い巨大な鳥だった。牽制をして壁に凭れ掛かる血塗られたヴィルマ・ガソットの前へ着地する。地面に足が着くに従いレンガ造りの通りや城壁に皹が入ったが、足に伝わる振動は思ったよりも少なく、自分の異常さというのも実感してきた。

「寝てんじゃねぇよ…アンタ強いんだろ?」

 返事は無い。腹部からの大量出血が見受けられる。

 コレット・シャルトーは…どこだ?

 俺から距離を取った二つの存在に気を配りながら辺りを探ってみる。しかしNOTの存在は前に居る二つと俺、後ろにいるヴィルマ・ガソット、遠くにディミトリアス・ロックハートの気配しか感じ取れない。これが何を意味しているのかは明確だ。

「また一人増えたな。」

 フードの男が呟いたので聞き返すように言う。

「…コレット・シャルトーはやられたのか?」

「少年は知らないらしいが、もしかして親しくないのか?」

「ほぼ初対面よ。私も彼も最近委員会に入ったばかりだからね。」

 鳥が変身を解くと、姿は昨日までヴィルマの隣に居たコレット・シャルトーと同じ顔をしていた。どうやら彼女は敵からの刺客らしい。無傷で隣に立っていることがそれを事実にしている。

「なるほどな…道理でヴィルマがやられるわけだ。仲間には刃を向けないとか古風な人だよアンタは…。」

 未だに返事をしない彼女には目も向けず。少しずつ近づいてくるディミトリアスを感じながらも、今の二体一の状況をどうしようかと考えている。

「十三委員会の人間らしいが、俺を見逃す気はないか?無益な戦いはしたくない。どうだろうか?君もニ対一では分が悪いと思っていないか?」

 フードの男は何やら休戦を申し出てきたが、殺気の満ちる奴からは目が離せない。隙を見せればやられるのは必至だ。確かに引いて貰えば助かるが、また遭遇できるとも思わない。危険な存在はこれ以上野放しにしておけないだろう。

「そうしたいのは山々なんだけど。駄目みたいだ。これも運命かな?」

 腰につけてあった黒い筒状の物質を鞘の様なカバーから抜くと機械が動く音がして黒いバスケットボールへと変わる。慣れ親しんだ懐かしい感触が蘇ってくる。見た目こそ黒いがバスケットボールは重さも形も忠実に再現されている。

(なあ古川、今日も1on1しようぜ。)

 島崎の声が背後で聞こえた気がした。アヤカも見守ってくれている気がする。戦うフィールドはコートじゃなくなってしまった、スポーツマンでもなくなってしまった。けれど俺は今までの十七年を胸に刻んでこれから血塗られた世界で戦おう。

 もう戻れないのだから。

「交渉決裂ですか…仕方ありませんね。」

「ああそうだ…神戸から取り敢えず名乗っておけって言われていたんだ。これから死に行くNOTにせめて殺した奴の名を知ってもらえるようにって――」

 ドリブルを開始するとボールからは何かの波長が生まれてきていた。

「『夕暮れ詩人』何か…身体が可笑しい…」

「…何だ…あの球…」

 そういえば何か言っていた気がするな。このボールは特殊だって。

「三室所属、委員会内序列第十位、古川楔!俺が手前らを狩る!」

 放られたボールは俺がNOT因子を発現したときに召喚した死霊の手に渡る。奴らは俺の意志疎通は測れるが基本野放し状態であるため、どう動くかは雰囲気で感じ取るしかない。でもその中に島崎の意志を感じた。

「此奴は予想以上に厄介かもしれないな。コレット…離脱だ、変身しろ。」

 フードの男が言うがコレットは蹲ったままで動かない。

「…出来ない。あのボールからNOT因子無効化のパルスが出てる。」

 軽快なパス回しから俺にボールが回ってくる。

「NOTの身体ってパルスの下はかなり脆いらしいな。試してみるか?」

 コレットに向けて強烈なパスボールを投げると、フードの男が道を塞ぐ。パスカットの要領だ。そんなものスポーツマンには御見通しだ。ロングパスはもっともカットされる危険性が高いと子供でも知っている。俺もボールも囮でありブラフ。

 宙から回り込んでコレットを地面に叩きつけたのは、戦闘不能状態と思われていたヴィルマ・ガソットだ。『夕暮れ詩人』は予想していなかった様で後ろをちらりと確認するが、一瞥しただけで隙は生まれなかった。俺のボールでNOT因子の効力は無力化出来ているはずだ。このボールを使っても無力化出来ないのはただの人間か、NOT因子が強すぎるかどちらかだ。

「古川くん!」

「こっちは任せろ!」

 ヴィルマに声を掛けてから死霊を身に纏うと、『夕暮れ詩人』からイエローオーカーの輝きが翼の様な形状を模す。圧倒的な存在感はさらに大きさを増し、俺を押し潰そうとする。存在に耐えかねたのか、彼のフードは吹き飛び、骨を彷彿させる鉄製のボディとフルフェイスマスクから伸びる触手が不気味さを醸し出す。針金を思わせる細い腕はゆらゆらと動き立ち向かう相手の意志を削ぐ。実際俺も足が止まってしまった。

「おい…来いよ。フルカワくん?」

 ビビった俺を嘲笑うかのように両手を広げる『夕暮れ詩人』は武器なんてなくても俺を倒せると言っているようだ。武器を持っていなくても全身武器のNOTは関係ないのだが。そんな仕草をするのは人間のそれだと信じたい。

(古川…今日は負けねぇからな)

 心に響く島崎の声は俺に冷静さを取り戻させる。

「…ああ、俺もさ。負けられない。」

 『夕暮れ詩人』に弾かれたボールを死霊が回して手元に戻ってくると、さらにドリブルを繰り返しNOT因子無力化のパルスを帯びさせる。震える手に持ちきれない程振動し始めたボールを両手持ちに変えるとシュートモーションに入る。夕暮れ詩人は隙ありと見たのか音を殺して俺に肉薄する。風を切る音すらしないまるで影の様な動きで、すっと俺の懐へ潜り込む。針金のように鋭利な手が俺を傷つけようと迫ると身体から青白い手が伸びて夕暮れ詩人の腕を止める。

「なんだ?」

 何にも構わず放ったシュートは宙で一瞬静止すると緋色に輝き九つの光の矢を生んだ。

「九頭龍・白羽の矢」

 雷の如く地面に突き刺さる矢を尽く回避して夕暮れ詩人は指先にエネルギー派を充てんする。輝きは弾けそうなくらい小刻みに大小を繰り返すと一定の形を持つ。直径五センチくらいの球体は一切の光を通さない黒い点と化した。

「死ね」

 放たれた破壊光線は俺を掠めるとレオン大聖堂を貫通し、背景に合った山々を飲み込んだ。その破壊力に驚くこともままならず、肉迫を続ける夕暮れ詩人から何とか距離を取ると、やっと到着したディミトリアスが俺の前へ出る。

「ディミ…」

「お前、俺よりランク上だからって調子こいてないだろうな。お前を先に送り込んだのはヴィルマ・ガソットを救出することと敵の実力を測るためだ。浮足立って一人で倒そうとすれば死ぬのはお前だぞ古川くん。」

(…古川…お前、俺がいつからこんなになったか覚えているか?)

 覚えているさ。ちゃんと落ち着いている。

「…すいません。でも浮足立つ気はなかったですよ。強くて俺には倒せそうになかったんで。適当に時間稼いで待っとこうと思っていたとこです。」

「小僧の癖に生意気な奴だ、可愛げないな」

 ディミトリアス・ロックハートは地殻の鎧を再度出現させるとギリギリまでNOT因子とのシンクロ率を上げているのか、集中に入る。その間『夕暮れ詩人』は何もせずに見ている訳は無く、当然の様に殴りかかって来た。ディミの前に出てそれをガードすると鉄にも似た硬度を持つ『夕暮れ詩人』の肉体が擦れて部分的に焼かれたのかと錯覚してしまう程だ。

「…これでニカラグアに侵入した十三委員会の連中は全員かな?ならばまとめて掛って来い手間が省ける。」

 優勢の『夕暮れ詩人』は余裕を見せられるくらいにしか、俺の相手をしていないのか。俺よりも存在感のあるディミの方に意識が向いている。だからこそ使える技もあるが。

「九頭龍・白羽の矢」

 高速ドリブルを繰り返していたバスケットボールから再度光の矢を飛ばす。一度俺の後ろを気にした素振りをした『夕暮れ詩人』だが、ディミがまだ動かないのをいいことに白羽の矢をひとつ残らず叩き折った。

 叩き折ったと表現したが、奴の手の動きは目で追い切れなかった。笑うでもなく表情を読み取れない奴の顔が一層不気味さを増している。確かにアイツは格上だと本能的に実感すると、ドリブルの勢いを強める。NOT因子無効化のパルスは多かれ少なかれ『夕暮れ詩人』にも伝わっている。例え気休め程度であろうともこれを止めるわけにはいかない。

「退け古川。」

 後ろから聞こえたディミトリアスの声に振り返ると、ショルダーアーマーが異様に伸びた鎧が置かれている。遠目からでも感じる鎧の重厚感からは鉄の冷たさが伝わってくるようだ。しかし、鎧よりもディミトリアスから生じる威圧感に足を動かせなかった。


 十三委員会に置いて強さを決定する要素が三つ存在する。一つはNOT FACTOR PATENTによる自分の力の形。二つ目はNOT因子とのシンクロ率、パーセンテージを高める程に本来の力を出すことができる。そして三つ目は『存在圧』と呼称される力、人間に置いて威圧感、存在感、プレッシャーに似ているが、『存在圧』はNOT同士でしか感じ取ることが出来ず、その効力は威力の増大と強化。委員会内序列もこの三つを加味されているが、序列二十七位にして委員会トップクラスの存在圧を保有するディミトリアス・ロックハートは『重圧甲冑プレッシャーアーマー』の二つ名で通っている。


 やっと動いた足で地面を蹴るとディミトリアスと『夕暮れ詩人』の二点間に障害物が無くなる。『夕暮れ詩人』のターゲットが俺からディミトリアスに移ると早速破壊光線の充てんに掛かる。ディミトリアスはゆっくりと一歩を踏み出す。あれだけの重厚な鎧では流石に早く動けないのだろうと白羽の矢を放とうとするが彼から感じる存在圧がそれを許さなかった。

 一歩。ゆっくりと踏み出したのは最初の一歩だけだった。

「……!」

 大気を切り裂くような加速、彼は単純な突進を行ったのだ。多大な存在圧を纏って『夕暮れ詩人』に肉薄していくが、嘲笑うかのような破壊光線がディミトリアスを一瞬で視界から消す。

「ディミ!」

 叫んだ俺が飛び出したが間に合うはずもない。途中で踏みとどまると判断が正しかったことが証明された。ディミトリアスは破壊光線を鎧に受けながら尚も加速を続けていた。伸びた一本の角が『夕暮れ詩人』に接触すると鉄スーツはピンボールの様に弾け飛ぶ。レオン大聖堂に突き刺さると大聖堂は崩れ落ちた。

「…あーあ。壊しちまった。また室長に怒られるな」

「ディミ…アンタ…」

 無機質に『夕暮れ詩人』を攻撃するディミトリアスに一抹の不安を覚える。彼はこちらの意図を察したように求めていた答えをくれた。

「古川くん。奴らに同情しちゃいけない…殺しにくくなるだろ?」

 戦いの中で『夕暮れ詩人』を知ろうとしていた自分に遅まきながら気付いた。

 立ち上がった『夕暮れ詩人』は呟く。

「…オズバルドが言っていたのは…こいつらの事か…。五年振りに出てきた俺を誘き出して始末させる。随分狡猾な男だがお前の算段は計算違いだ―――」

 『夕暮れ詩人』身体からイエローオーカーの輝きと黒い煙が舞い上がる。雨で視界が悪いだけでなく煙と光が奴の姿を捉えにくくする。身構えた俺たち二人は注意していたにも関わらず激しい強打を喰らって瓦礫に捩じり込まれる。

「――俺に勝てるNOT憑きが存在しないからな。」



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