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NOT FACTOR  作者: Ribain
祈る絵画編
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祈る絵画編 第四章 第一幕 苦悩


 傍観者 コレット・シャルトー



 私とヴィルマ、室井、エレオノーラはDPOの志願兵である。

 Devil purge organization

 悪魔粛清機関。十三委員会の下部組織である彼らの目的は訓練生の育成と世界規模での情報収集。一般からの志願兵は一度そこに入れられて二か月の講習を受けて、調査員として世界各地へと飛ばされる。曖昧な案件の情報収集を行い本部へと報告する。五人一組でチームを組み調査するが中にはNOTと遭遇してしまうケースも稀にある。一応携帯用でNOT因子を帯びたナイフが一人一本手渡されているがこんなものは気休めだ。

 実際に私の入っていたチームがNOT二体と遭遇した。大小二人の男は小さい方が『夕暮れ詩人』と名乗り、デカい方は無口だった。

「ここを知られてしまったからには…生きて返せないな。これからの仕事もある…重要拠点は移すとしよう。」

 落ち着いた口調で喋る小さい方はパーカーのフードを目深に被っていて顔が見えない。黒い煙が滲みだして彼の手に集まり、槍の形を取ると現実味を帯びていくように彩色されていき本物の槍へ変貌を遂げる。

 無理だ。勝てない。

 そう思うのに何秒も要しなかった。逃げる算段をつけながらチームリーダーの指示を待った。判断が間違いだったと気付いたのは私以外の全員がやられた後、攻撃したのはデカい方だと思われる。地面を打ち鳴らす仕草をすると意志の欠片が五つほど私たち目掛けて飛んでくると私以外四人の心臓を貫く。

「ああ。一人殺し損ねたか…まあいい。この左腕がない女にしよう。」

 小さい男が私の胸倉を掴んだ。既に私は仲間四人を殺された恐怖で動けない。無抵抗で締め上げられ地面から足が離れる。

「DPOの訓練生だな。名はなんという?」

 拒絶することすら出来ない。有無を言わさぬ絶対的な存在。

「…こ…コレット…シャルトー…」

「そうか…コレット・シャルトー。お前に命じる。十三委員会本部の座標を調べ上げて教えろ。ある呪術をお前に仕込んでおく。これは契約だ。今お前を助け情報提供したら、こちら側へ招待しよう俺の主と会わせることを約束する。しかし破られた時はこの呪術が身体全体へ行き渡りお前を悪魔へと転化させる。」

 私の口に手を突っ込むと何かが口の中に広がる。ドロドロとした流動的な液体が体に染みわたると全身の血管が膨張する。無いはずの左腕に違和感を覚えると記憶が飛んで次に起きたのはDPO訓練生宿舎だった。

まだ新築と言って過言ではない程に美しさを保った宿舎は外観が黒く四角いことから訓練生内ではクロバコと呼ばれている。嫌味ではないが充実過ぎる設備から監獄でも連想したのだろう。起きて間もなくすると身体の異変に気が付いた。

 左腕があったのだ。


「うぅん。儂にはわからないな。」

 DPO専門執刀医ジュリアン・アレクシス・カレルは私の左腕を見て、人間として正常な腕だと判断した。

「NOT因子か何かと関係が?」

「正直言うと私は兵士じゃないからの。あの兵士たちが言っている存在圧とか、体の中に何か別のものが居るって感覚がわからんのじゃよ。」

 既に五十歳に達したお爺ちゃんであるが、彼の見てきた世界は医療でも最先端だろう。彼がわからないと言うのなら人間には分からない、ここに刻まれた黒い刻印が見えないのだ。蔑まれたこの家畜以下の刻印が。感覚的な問題ではなく、私はあの『夕暮れ詩人』に逆らえないのだ。十三委員会本部の場所を奴に伝えなければならない。この絶対的な命令は脳にまで作用している。私の思考が鈍るほどの強制力があった。

「呪術ね…確かにそういう伝承もあったけど。あれって結局のところ精神的な問題だと思うんだけど…」

 トレーニングルームで汗を流す同期のエレオノーラ・ジノヴィエフは淡々と語った。エレオノーラ、室井、ヴィルマ、ルキとチームを組んだのは卒業間近のことだった。十一期生のDPOチームは全てで十五チーム存在した。その中で私たちのエレオノーラ班は第二位の成績を取っている。このまま行けば十三委員会に入会することは叶いそうだ。

「そう…参考になったわ」

「信じるの?」

 きょとんとした表情をするエレオノーラはどんな表情でも絵になる美しさだ。私も大人の美貌が欲しい。起伏の少ない身体と低身長、童顔からよく子供っぽいとか言われたがこれでも二十五歳、いっぱしの大人だ。

「信じるって…一応班長でしょう?信頼しないとチームプレーは出来ないんじゃないの?」

「いえ…私は貴方を信用できないけど、貴方は私を信用するのかなと思ってね。だって左腕アンタのじゃないでしょ?」

 その一言は背筋を寒くさせた。バレている。

 私が命惜しさに『夕暮れ詩人』と結託して委員会を貶めようとしていることを理解しているのだ。

「ええ…?」

 疑問符はワザとらしくなかっただろうか。慎重に聞き返したつもりだったが、エレオノーラの顔が一度影を生む。しかしそれも一瞬で消えると彼女は微笑み返して何でもないとトレーニングに戻った。

 十三委員会を裏切る覚悟をして入会した矢先、妹の話を聞いた。酷い内容だったが、これから裏切る口実には丁度いい。いきなり『夕暮れ詩人』の案件が回されたのは幸運だった。本部の座標は覚えたし、もう情報を流すだけだ。


 ニカラグアについて四日目の朝は生憎の雨だった。ヴィルマや古川、ロック室長補佐が起きる前に街へと繰り出す。もう少し委員会の内部を調べてから情報を提供する気で居たが、三室室長補佐のディミトリアス・ロックハートと古川楔が合流した時点で予定を変更するしかなかった。バレ前に情報を流して助けて貰おうと思ったのだ。約束していたレオン大聖堂の前にフードを被った男が立っている。足早に近づくとライラック色の眼がこちらを向く。

「遅いぞ…」

「すみませんでした。『夕暮れ詩人』…いえ、オズバルド様。」

 彼の名を呼ぶ。十三委員会の追っていた『夕暮れ詩人』は本名をオズバルドと名乗った。あの時もう一人居たデカい方はヘラクレスと言うそうだ。

「早く座標をよこせ。」

「ええ。委員会本部の座標はこれです。」

 紙切れをオズバルドへ手渡す。そこには経度緯度で掻かれた地点座標が示されており、海上の異世界を現実へと帰す魔法の方程式だ。

「確かに…」とオズバルドが紙切れを受け取った瞬間、天の彼方から現れるイエローオーカーの光が私たちの間へと降り注いだ。発光していて視界が眩むが、見えて来た光の正体はこれまたフードを被った男だった。線の細い身体。鉄のスーツに身を包んだ男は両手を広げてオズバルドを威嚇する。

「オズバルド・スベルディア!貴様か!『夕暮れ詩人』の名を偽り、残虐を繰り返す悪童の権化は!」

「来たか…ロレンツォ・ディエゴ…」

 降臨した男の圧倒的な存在圧を目の当たりにすると立っていられなくなる。へたり込んだ私に男は手を差し伸べた。

「探すのに…二年もかかった…コレット・シャルトーだろ?初めまして。イネスから聞いている。お前を助けに来た。」

 思考が付いてこない。オズバルドが『夕暮れ詩人』じゃない?本部の座標を渡せばNOT側に連れて行ってくれるんじゃ…。でもこの人が本当の『夕暮れ詩人』?

「…いやあ役に立ったよコレット。君の事は忘れない。私たちスベルディア社はこれで十三委員会本部に強襲を掛けることが出来る。笑いが止まらないよハハ!今までロレンツォのフリをして部下を(なじ)っていた意味はあったってことか!」

 その言葉を聞いて私の思考は可笑しくなった。

 裏切って亡命した側からも裏切られて。私の行く当てがもうないじゃない。

「……『夕暮れ詩人』様……」

 雨に打たれ自分が泣いているのかも解らない。あるのは喪失感だけ。黒い闇に落ちていくだけの冷える感覚。その私の肩を抱いて励ましたのは降臨した光の男だった。

「任せろ…本当の『夕暮れ詩人』がお前の味方になってやる。」

 イエローオーカーが彼を包むと電撃的な動きをしてオズバルドへ迫る。オズバルドは不敵に笑うと闇に消えこの場から居なくなった。存在圧すら一瞬で消えた。

「ロレンツォ…君のが私にした屈辱の行為…忘れないからな…」

 オズバルドは声を残して完全にこの空間から姿を消した。

「別離空間移動…。俺の技術をどこで盗みやがった…。」

 私が…いや委員会が『夕暮れ詩人』だと思っていたのは偽物だ。本物は今の今まで何もしていない。一室の兵士にすら手を出していなかった。悪徳マフィアの身体を千切る通り魔でもなかった。全てはオズバルド・スベルディアに仕組まれたこと。

 『夕暮れ詩人』を名乗り、目の前の男に罪を擦り付け。

 座標を知るために呪術を仕込んだ左手を持たせ私を利用した。

 裏切り者は裏切られたのだ。


 唖然としていると一つの存在がこちらに近づいてくるのが分かった。見なくても分かる。この温い感じはヴィルマ・ガソットのものだ。

「コレット!」

 二つの存在圧を感じて戦闘中だと思ったのだろう。急いで駆け付けた様で刀すら抜いていない。温いにもほどがある。まだ…仲間だと思っていたの?

「―――LYREBIRD!」

 私は言葉を交わさずヴィルマ・ガソットの腹部に長い尾を打ち付ける。彼女はレオン大聖堂の城壁に全身を強打して血を流した。

「…コレット…仲間じゃないのか?」

「元仲間よ。私は選択を失敗した。もう戻る場所もアテもない。精々裏切りものとして委員会に処分されることを待つわ。」

 …もう私の安全地帯何てないんだもの。イネスも死に、私に残されていた恨みが現実に身体を縛り付けている。自由に…なりたい。恨みも裏切りも疲れた。

 雨の中、冷酷な眼差しでヴィルマを見下す。このまま『夕暮れ詩人』が見逃すとも思えないし、一戦してここで死ぬのもいいだろう。彼に向き直ると彼は私を抱きしめた。

「…多くは語らない。何があったかも聞かない。俺と逃げようコレット。お前のことは一生守ってやる。」

 今までの人生で掛けられた言葉の中で一番嬉しい一言を会って五分程度の男に言われた。涙が出るくらい嬉しかった言葉も返事をする前に降り立った一人の男のせいで台無しになった。

「寝てんじゃねぇよ…アンタ強いんだろ?」

 死霊を操る兵士、古川楔が、皮肉にも『夕暮れ詩人』と同じ登場を果たした。


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