祈る絵画編 第二章 第一幕 裏切り者
傍観者 コレット・シャルトー
ヴィルマと別れてから既に二時間が経過した。この時間は同時にニカラグアについてから二時間が経過したことも告げている。手掛かりは無し。
「人を食い千切るって…これが普通の人間の仕業ならかなり逸脱した存在ね。十中八九NOTだと言ったところかしら。果たしてその『食い千切るNOT』と『夕暮れ詩人』は同一なのかってところも気になる。もし、別々だったのなら一人では対応しきれないな。」
ヴィルマと喧嘩してしまったことを悔やむ。子供っぽい理由で怒りが沸点に達し、別れてしまった。委員会内序列七〇位。私の実力ではNOT一体を相手にするのがやっと。最終試験の時に引率のキッカさんからも言われた。
(アナタはまだ…一人で戦う術が分からないようですね。そういう子は最初の任務で死ぬって相場が決まっているのですよ。だから、食らいついてでも生きなさい。生きたいと思いなさい。でないとアナタは直ぐに死んでしまいますわ。)
丁寧な言葉とは裏腹に淀みの深い不気味な女性だった。しかし、彼女の言っていたことは当たっていて、後衛の私は一人で戦うなんて出来ないだろうし、今回の任務では本部も警戒するほどの相手『夕暮れ詩人』と手合わせすることになる。
ため息交じりに空を見上げると青い空はどこまでも透き通って吸い込まれそうなくらいだ。世界はどうしてこうも純粋なのか。ゆっくりとした時間が流れ思い出したくもない過去を思い出す。
「……どうして妹を救ってくれなかったのかな。」
今はそこにある左腕に触れ、逆流して来るような痛みに耐える。怪我などしていない、左腕は正常に回復しているにも関わらず、この痛みは一切引かない。これが妹を救えなかった自分への罰なんだと思っていた。左腕の感覚が無くなっていき、変な汗が溢れ出る。
「これは…違う…まさか…」
いつから居たのか目の前にはフードを被った何かが居た。
「……教えてやろう。」
「『夕暮れ詩人』…」
そこに居たのは今回のターゲットであるNOT『夕暮れ詩人』。しかし、私は落ち着きを取り戻すほどに冷静だった。
「…それは十三委員会が悪魔と契約したからだ。NOTを根絶やしにするため卑劣な手を数多く使う人間らしさがない辺りがアイツらだ。寧ろNOTよりもNOTらしい。イカれた集団さ。」
『夕暮れ詩人』は流暢に語る。私が敵であることを知りつつ攻撃をしてこないのは私たち二人の間に只ならぬ契約が存在しているからだ。
「……ヘリを狙撃したのは貴方なの?」
「ああ。ブロック石を投擲した。お前の同行者を殺そうと思ったんだがな。ヘリの操縦士しか殺れなかった。それより情報はどうした?十三委員会本部の座標を教えろ。俺とお前の間にある契約を全うしろ。」
『夕暮れ詩人』との出会いは今回が初めてではない。私が十三委員会に入会する前、彼に殺されかけた。訓練兵として遠征に出ていた私他四名はNOT二体と遭遇。その片方が『夕暮れ詩人』だったのだ。その時交わした条件は私を見逃す変わりに十三委員会本部の座標を教え寝返ること。今、約束通り本部の座標を教えれば私はNOT側へと迎えられ十二柱と謁見し、完全なNOTとして十三委員会、強いては人類の敵となるだろう。
「…ええ。だけど今は待って。私は任務中なの。怪しまれないように行動してこれからも十三委員会内のスパイで居続けた方が都合よくない?」
「……それは一理あるが調子に乗るなよ。コレット・シャルトー。」
「乗らないわよ。妹を殺した委員会を丸裸にして殺してやるんだから。その目論見を実現させるには貴方たちNOTと組んでいるのが一番の近道だもの。調子に乗ってヘマをするような女じゃないわよ。」
フードを被った男は陰鬱な雰囲気のままコレットから遠ざかって行く。記憶から薄れていくように視界からゆっくりと消えていく。
「……『夕暮れ詩人』はお前たち二人を歓迎しよう。コレット・シャルトー、ヴィルマ・ガソット…短い余生をこのニカラグアで愉しめ…」
完全に消えてしまった後にコレットは思い至る。やはりバディのヴィルマまで調べ上げている。『夕暮れ詩人』にはそれなりの情報ネットワークがあるのだろう。これではどこまで知られているのか分かったのもじゃない。NOT間での連絡網でもあるのだろうか?だとしたら人間側、つまりは十三委員会にとっては不都合だ。
連絡網で情報交換できるほど頭を使えるNOTが複数いる。
つまりはネクストフェイズ到達者が協力し合い十三委員会を標的にし始めていることの裏付けである。十三委員会は基本として一体のNOTに複数人で応戦する格好を取っている。一対一で敵わない訳ではないのだろうが、その方が死者も出にくく確実にNOTを処理できるからだ。しかし、この定石が逆転した場合、十三委員会側には相当数の被害が出る。七十二万分の一。人類比での数値は残酷だ。約一万人は、NOT若しくはNOT因子を体内に宿している者である。十三委員会内でのNOT因子適合者は八十六名、百人にも満たない。つまり残り九九〇〇人はNOTということになる。我々は気が遠くなるような戦いを挑んでしまったのだ。コレットがこの対比に気付いた時には既に訓練課程で『夕暮れ詩人』と契約を交わした後だったので、NOT側に付いて本当に良かったと思った。人類には勝ち目なんてない。大人しくNOTに従っておけばいいんだ。
私にとっては妹を殺された恨みの方が強いんだ。例えNOTであろうと妹には生きていて欲しかった。死んで欲しくは無かったんだ。NOTは人間を食べることで成長すると聞いていたが妹は人間なんて食べちゃいない。無害だったのに…それを…十三委員会は…
「…妹を…殺しやがって…私が殺してやる…全員な…」
私には力がなかった。運動も頭もそこそこで突出した才能なんてない普通の子だった。腕を失うまでは…失ってからは蔑みや愁い眼を多く向けられ酷く扱われた。足手まとい、お荷物。何をしてもその印象が付き纏う。
でも私は力を手に入れた。NOT因子と「LYREBIRD」というコードを貰ってからは敵が居なくなったかのようだった。順位が七十位という下位で設定されたのは好都合だ。どうせ十三委員会の連中は私の事を甘く見ている。下位だと蔑んでいる。どうせ私には見向きもしないだろう。ヴィルマだってそうだ。私とバディを組むから視界に入っているのであって普段ならば気にも止めないだろう。私は誰にも感知されない。誰も私の事なんて考えない。故に生まれる隙に付け入る。
裏切り者?いいじゃんか。その称号は私がもらってやる。




