祈る絵画編 第一章 第四幕 『夕暮れ詩人』
傍観者 ヴィルマ・ガソット
私たちの乗るヘリコプターが襲撃を受けたのは中央アメリカの大陸が見えた瞬間だった。私たちの視力で中央アメリカを視認した瞬間に、私たちのヘリコプターは何らかの砲撃を受けた。異変に気付いたのはコレットと私。何の危険を察知してヘリコプターから飛び降りる。上空五〇〇メートルという距離は案外高く、落下までにはしばらくの時間がある。勢いで飛び降りた私たちの目に映ったのは機体を貫き爆散するヘリコプター。操縦士は助けられなかった。気掛かりではあったがあの一瞬では助けられない。そう諦めを付ける。
「島の方から!」
コレットの声で我に帰ると立て続けに島の方向から砲撃が飛んでくる。どうやら今度は私狙いみたいだ。時速何百キロというスピードで迫る物体をギリギリまで引き付け、腰に下げた日本刀で居合斬り。どうにか成功し、一息付こうとしたが、その砲撃は予想を超えていた。
「!…これは!」
同じ弾道で三メートル後ろにもう一発控えていた。ブラインドと呼ばれる技術。空中では身動きが取れない。しかも居合を行った後の崩れた体勢からこの砲撃を躱すことはほぼ不可能に近い。
「NOT FACTOR PATENT――code LYREBIRD」
コレットの声が聞こえると視界の端から長い尾が伸び砲弾を砕く。伸びてきた尾が何かを知覚するよりも早く私たちは海へと落ちた。
「ぷはっ…」
「ふはっ」
海面に顔を出した私は島の方を見る。NOT因子で強化された視力で捉えることが出来たのはギリギリ岸辺のみ。そこに人影は見えない。コレットを見ると彼女は人間の状態のままでNOT因子を開放したのは一瞬のことだったようだ。
「今の砲撃は?」
「ヴィルマ。あれは砲撃というより投擲ね。投げられていたのは岩だったわ。」
投擲と聞いて驚愕を隠せない。ここから一番近い岸辺まででも十数キロはある。しかもヘリコプターを粉砕するほどの威力を持った投擲だ。
「確実にNOTじゃないですか…。これが資料に書いてあった『夕暮れ詩人』なの?」
ディミトリアス・ロックハート室長補佐に貰った資料に書いてあったNOTのコード『夕暮れ詩人』十二柱『二番』の眷属。ネクストフェイズ到達者。視認できなかったが、今の攻撃は『夕暮れ詩人』からのものであると推測される。
「なんでニカラグアに『夕暮れ詩人』が住み着いているのかしらね」
「…ネクストフェイズはNOTと人間の記憶が入り混じった亜種。その中でも『二番』の眷属。これって私たちだけで当たる任務なの?」
疑問を口にしても誰かが助けてくれる訳ではない。教官が私とコレットで解決できると踏んで渡してくれた任務を無理だと決めつけるのは良くない。私はNOT因子を少し解放させ、海面に足を付く。NOT因子は物を拒絶する力がある。これを利用して水の上を歩くことも可能なのだが、これは意識しないと出来ない。コレットも私を見習い海面に立つと二人で一度、先程まで乗っていたヘリコプターの残骸を見る。バラバラに破壊された金属の塊は拉げ、海上で炎を上げていた。
「…操縦士…救えなかった…」
「ヴィルマ。今のは仕方無いじゃない。助けようとしたら私たちは死んでいたのよ。それ以前に新人もいいところの私たちが人を救える余裕があると思うの?」
「人を救えなきゃ私たちが戦っている意味が分からないでしょ…」
消え入るような声で囁くと私は岸辺に向かい歩き出す。コレットも後に付いて来ると続きを話し出す。
「…私たちに何を求めてるのか知らないけど、万能戦士じゃないのよ。室長も言っていたでしょ?僕らが動くときには必ず人間が一人は死ぬって。私たちは被害を食い止めるために居るのであって人助けを目的とはしていない。ヴィルマは根本的に委員会の方針に逆らっているわ。」
「…それでも…いいじゃない。私の力は…私の好きに使うわ。」
「それが人助け?馬鹿じゃないの?」
思わず後ろに居るコレットに振り返る。彼女は眉間に皺を寄せて苛立ち交じりの顔をしていた。彼女のトラウマにでも引っ掛かったのだろうか、彼女の眼が段々と白緑色に染まりNOT因子の解放を促しているのを感じる。
「ヴィルマ…貴方、偽善者ね。いくらバディでも仲良くできないタイプだわ。結局そういうこと言い触らす人って、人助けしている自分に酔ってるだけでしょう?集団組織に歯向かってまで通す野心なの?自分が正義のヒーローだと錯覚してるんじゃないの?」
「…どうしてそこまで言われないといけないの?確かに私は委員会の方針に倣わない信念を持っているけれどそれが任務に支障を与えている覚えはないわ。私の言動が過去のトラウマに障ったなら謝るけど、私の信念を侮辱するのは許さないわ。」
口は災いの元。私たち二人の関係は任務開始直後から亀裂が入り取り返しのつかないものへと発展していく。私が初めて組んだツーマンセルは目的地に着く前に瓦解。一度の戦闘ですれ違い終わりを告げそうだ。
ニカラグアに入ってからは完全に別行動になる。私は今回の主目的であるニカラグアのレオン大聖堂周辺の聞き込み調査。コレットは現地に着くなり、教官に報告の電話を入れるとどこかへ消えてしまった。自分より年上の癖に変なトラウマを抱えている人だなと、熱が冷めるにつれ同情してしまう。彼女は自分よりも闇が深い。何か途轍もなく多くの鎖が彼女の心を縛っている。
「人の弱さ…か…」
私たち兵士を人間と呼ぶ人はどれくらい居るのだろうか。悪魔の力を借りて化け物と化した私たちを見れば人間と呼ぶ人はまずいない。いくら精神が人間だとしても、肉体は完全に悪魔なのだ。化け物と呼ばれるには十分。それに加えて私は一度死んでいる身。ゾンビと罵られても否定できない。
コンビ間のトラブルというのは任務に付き物で、自分のその例外でないことは分かっているつもりだ。トラブルに発展する大きな要因は余裕が無いことで起きる焦りや不安。何事においても新人が陥りやすい事象だが、その点を差し引いてもコレットは何かと問題の渦中にいることが多い。十一期の中でも常に室井やルキと言い争いが絶えなかったし、コレットと馬が合う相手というのを見たことがない。彼女の心は何かに囚われたままだ。数か月前まで私もそうだった。復讐に取り憑かれて、ただ殺す相手としてNOTを見ていた時期もあった。しかし、私にとってそれを変えてくれたのが教官だったのだ。教官には何度も救われている。教官に救われて、意識を改めた私はNOT因子適合試験でまた失敗した。不適合による爆死。私の人生は幕を閉じるはずだった。第二の人生、始まりは無機質な白い部屋のベッドの上。窓辺に立つ教官が優しく語りかける。
(……第二の命、僕の為に使え。)
私は二つ返事をして十三委員会の十一期生として委員会へ入会。今は教官への忠義が私の生きる糧であり、目的だ。コレットには心の支えが無いのだろう。私にとっての教官の様な存在がないのだ。
「……十一期で浮いているのも当然ね。室井はそれを見越して絡んでいたのかしら。コレットを見ていると悲しくなる感じは否めないからね。」
彼女の雰囲気からは不幸なオーラが滲み出ている。傍から見ればそれは顕著なことだった。室井はガサツなように見えてかなり気を配れる男だ。彼女が暗くならないよう無駄に突っかかっていたのだろう。結果として問題を起こすだけだったが…。コンビとしてはいい二人だと思ったのだが、今は別の部隊に所属する身。これからは言葉を交わす機会も少ないだろう。二人の間に何か特別な感情があったのかと聞かれればどうも言葉にしがたいが、今、私とコレットの様に決裂することは無かったのだろう。私ではなく室井だったのなら気に入らないなどと託けずに協力し合ったのだろう。室井という男は信頼に足る人物だったのだ。
「…まあ仕方ないか。私は教官からの命を実行するのみ。」
目の前に広がる白い宮殿、レオン大聖堂。大きな獅子のオブジェが威嚇しているが、その姿には恐怖よりも頼もしさが見て取れる。協会の守護獅子。NOTの気配は近くに感じられないが、慎重に聞き込みを行った方がよさそうだ。前回の古川の様に予想外の二体目が出てくる可能性だって低くは無い。ましてや今回の標的は『夕暮れ詩人』と呼ばれる委員会内序列上位ランカーに匹敵する力を持つ相手なのだ。
用意周到が過ぎるくらいでやっと勝負になる。




