祈る絵画編 第一章 第三幕 画策
傍観者 神戸四季
海に浮かぶ古城をイメージさせる十三委員会本部。その中央棟含め全四棟で構成されるうちの第三棟、つまりは僕が室長を務める第三室管轄の部分が僕ら三室の領土だ。先刻、十一期生のヴィルマとコレットを任務に送り出し、本部に居るメンバーは一室を除いた序列上位ランカーのみとなっている。
「…室長。」
「ロックか…お疲れ。どうした?」
僕は室長室を抜け出して、三室訓練場の直ぐ脇にある憩いの場とも呼ぶべき休憩所でコーヒーを啜っていた。殺伐とした雰囲気の漂う委員会の空気を三室だけでも良くしようと設けた場だったのだが、憩いの場となるにはギスギスした雰囲気が未だ解消できていない。徒労になるだけだと一室室長補佐のレーネにも言われたが、それを何とかするのが室長の役目だと思う。そんな憩いの場に三室室長補佐のロックもコーヒーを持って休みに来たのだろう。憩いの場では堅苦しいことは抜きにするように室長命令を掛けているので当然と言えば当然だろうが。
「いえ、何か用事があったわけではないですが。…今回の委員会内序列、見ましたか?」
「ああ。確認した。見事に十一期生は上位に食い込んだもんだね。」
「室長は委員会内序列を確認した後に副室長、室長補佐を再決定する権利があるはずですが、どうして変更されなかったのです?」
確かに熙英副室長も、ロックことディミトリアス・ロックハートも上位とは言い難い順位だ。室長は経歴と実力で会長の一任で任命されるが、副室長と室長補佐二名は毎年の序列変動時、新規入会者が来た時点で室長に再任命権が与えられる。しかし、僕は今回に限らず役職の変動は極力しないつもりだ。
「一人一人、自分の色があるだろう。前衛か後衛かってのもそうだけど。人には向き不向きがある訳だ。僕は僕の基準で君たちを選んでいるし、変える気なんて更々ない。三室は今の体制で安定しているからね。」
「…ただでさえ、下位ランカーの多い三室が上位ランカー犇めく一室と肩を並べるには現状体制の打破が必要だと思いますが。」
確かにロックの言う事は正しい。戦力的に言ったら全三室中で最下位なのは明白だ。だとしても仲間同士でいがみ合うのは良くないとも思う。この世に蔓延るNOTを全滅させることが出来れば、NOT因子を根絶やす為に惨い殺し合いが待っている。だとしても、今は仲間だ。いがみ合う理由は見当たらない。
「…心配ないさ。僕らは連携で勝負する。弱いから弱いなりに自分の力を出し切れるようにツーマンセルを組むんだろ?」
「それはそうですがね。一室も二室もツーマンセルは組んでるでしょう?俺ら以上の連携を取られたら太刀打ちできませんよ。」
「アイツらに本当の連携は出来ないよ。委員会内序列に浮ついて自分の力を過信している。本当の実力ってのは数値じゃ計れない。だから僕らみたいな最下位の三室が『三番』を倒せたんだろ?」
ロックも少し考えたようだが、皮肉ですよ、と呟き僕の言い分に納得した。
イエス、マリア、十二柱を含めた最初の十四体のNOT。その中で駆除できたのは十二柱の『三番』のみ。その功績は第三室にあるのだ。僕が室長になる前に『三番』との戦闘があった。勝ちを収めた戦闘だったが、こちらの被害も甚大。三室室員の実に半数を失う戦いだった。『三番』のコードは「アテナ」。ギリシア神話では知性と戦いの神と呼ばれるオリンポス十二神の一柱だ。倒せたことは殆ど奇跡に等しい。NOTの強さと言うのはイエス、マリアを除いた十二柱は数値順となっている。つまり、十二柱で三番目に強い敵を打倒したのだ。以来功績を認められ僕は三室室長に任命された。
「…あれは出来過ぎでしたね。以来生き残っているのは…」
「言うな。死んだ人数や生きている人数を数えるのはもうやめたんだ。僕らは屍を超えて前を見ていなければならない。今、隣に居る仲間が大事なんだろ?」
「…そう…ですね。失礼しました。」
「もう一度言うけど、今の体制を変える気は無いよ。ロック…前線に戻りたいのは分かるが、君の存在は仲間を安心させる。無自覚かもしれないけど頼りになる男なんだよ。君は。だからこれからも頼らせて欲しい。この小童の室長に力を貸してくれよ。」
ロックは窓から外を眺めていた僕の後ろに立つとニヤリと笑う。その笑みからはドス黒い程の殺気が漏れ出ていた。
「では室長。俺の鬱憤晴らしに付き合ってくれませんかね。本気の手合わせを所望します。委員会内序列二十七位のディミトリアス・ロックハート。一戦士としての牙はいつも研ぎ澄ませておきたいのでね。」
全八十六名中二十七位。僕よりは下だが数値では実力を測れない。油断も奢りもない。これは室長として受けなければならない勝負だろう。
「…仕方ないな。殺さないでくれよ。」
首を鳴らして堪えると訓練場へと僕らは向かった。
屋根の上にウクレレを持ちつつ黄昏る一人の男が居た。十三委員会本部メイン棟の屋根の上。そこに屋上はなくあるのはただの頑丈な屋根だけだ。
「~♪」
男はしっとりとした曲を歌い、雲の切れ間から覗く太陽を見ている。
「オルフェウス…」
男は呼ばれた声に振り向く。そこには予想通りの人物がこちらに歩み寄って来ていた。
「レーネ…室長補佐。」
第一室室長補佐、レーネ・デュフナー。三室室長・神戸四季と同期であり、悪魔の第五期卒業生である。彼女が現れてもオルフェウスは歌を止めない。それが役目であるかと言うように。
「代わろうか?」
「代われるならね。代わって欲しいよ。」
レーネが隣に来て分かるが、オルフェウスの身長はやけに高い。二メートルは裕に超えているだろう。その割に四肢は細く針金の様だ。細く筋肉のある体質という訳ではなく、痩せ細っている、栄養失調気味ではないかと心配になってしまう外観だ。レーネは隣に腰を下ろすと、しばらくオルフェウスの歌に耳を傾けていた。
「…どうしてここに?一室は『八番』と全面戦争中だろう?」
以外にも切り出したのはオルフェウスの方だった。顔の左半分を隠して彼は聞いてきた。
「ああ。けどな。常に全員が前線に居ることはない。『八番』との戦いは長丁場になるんだ。ボクは室井獅我とエレオノーラ・ジノヴィエフと交代で戻って来た。彼ら二人ならボクの分は稼いで余りある。それよりもいざというときの為の羽休めに戻って来たんだ。だからいいだろう。今日くらいオルフェウスの歌を特等席で聞いていても。」
「構わないさ…」
オルフェウスの歌はNOT因子のパルスを打ち消す効果がある。その効果範囲は丁度委員会本部を覆える程度で、彼の歌が途切れた時には大量のNOTが本部の兵士を認識し、標的として襲ってくるだろう。つまり、オルフェウスは四六時中、歌を止めることはできない。
「…戻ってこないのか?」
「私が?第一室に?」
「ああ。序列元五位のオルフェウスが居たならこの『八番』との戦いももっと有利に進められるはずだ。」
「元五位っていつの話をしているんだ?私は既にNOTと認定され序列も剥奪された存在だ。本来ならレーネと会話することも許されないんだよ。悪影響らしいからね。」
淋しそうに空を見上げるオルフェウス。湿った会話をしているというのに今日の天気は嫌なくらいの快晴だ。
(私もテティスも、既に一〇〇%のラインを超えたNOT。副会長の厚意で処分を免れているに他ならない。私たちは代替えが出来るまでボロ雑巾のように使われるんだ。)
そうオルフェウスが感じながら歌に乗せる歌詞は更に湿っぽさを演出している。下で暴れている三室室長と室長補佐には私の気持ちなんて分からないだろう。ふと隣を見るとレーネが気持ちよさそうに寝ている。背中を軽く曲げて寝ている姿はどこか子猫を思わせて可愛らしい。
「……そろそろ…下の勝負も片が付いたみたいだな。」
強くなっていたNOT因子の波長が和らいだのを受けて勝負の決着を悟った。
「神戸四季か…。レーネ、お前の同期はどうやら一癖も二癖もありそうだな。」
オルフェウスは静かに語り歌を続けた。溶岩に溶かされたように爛れた左半分の顔を覆い隠してレーネの子守歌に気持ちを込めた。
「…勝負あったな。」
「ああ、参ったよ。室長。」
僕とロックは訓練場で体術のみの死闘を繰り広げた。結果から見たら僕の勝ちだったが、勝負はどっちに転んでも納得のいく内容だった。
「僕もいい気晴らしになったよ。身体を動かすって大切だな。」
脱いでいた黒コートを羽織る。僕とロックは何事もなかったかのように訓練場を出た。
「しかし、室長は体術も得意だったんですね。俺は体術だけなら負けない自信があったのに、それすら訂正しなければなりません。」
「そんなことは無いだろう。僕は上位のランカーだ。確かに序列では力を測れないと言ったが、それでも僕と一進一退の攻防を繰り広げたことは誇っていいと思うよ。」
「いえ、NOT因子をフルに使ったなら俺と室長の戦いは瞬時に決着していたと思います。室長は能力の良し悪しを分かっている。ただでさえ強い能力なのにその使い方も一流と来たらもう贖いようがありませんよ。」
委員会本部で禁止されていることは二つある。
一つはNOT因子の解放。これは現在オルフェウスが張っているパルス無効化の容量を超える因子が発生することでNOTを引き寄せる可能性があるからだ。今回の勝負にNOT因子を使わなかったのはこれが理由だ。
そしてもう一つは、他室研究室への侵入。全三室がそれぞれ独自に研究している分野に悪影響がないよう技術進化の阻害を防止するための策である。第三室が研究しているのは『再生』、その過程でクローン技術の確立に至るが、これは公にはされていない。
「神戸ちゃん!神戸ちゃん!」
訓練場を出ると僕たち二人の前に現れたのは熙英副室長。何やら焦った表情だが、僕の前に来ると呼吸を整えてゆっくりと話し出す。
「…『彼』が起きたわ。」
『彼』という単語を聞いて思い当るのは一人。ロックはピンとこないようで?が頭の上に出ている。それもそのハズ。これは極秘に進めていた案件。知るのは僕と熙英だけだ。
「……そうか、直ぐに研究室へ行こう。そしてロック。」
「はい」
「僕はこれから研究室へ『彼』を取りに行く。君はそれを連れてヴィルマ、コレットと合流して欲しい。」
「…手筈通りって奴ですね。」
今回のニカラグア騒動は正直言ってヴィルマとコレットが手に負える任務ではない。しかし、彼女らの力を試すには丁度いいと思い、増援を送ることを前提として考えていた。その増援と言うのがここに居るディミトリアス・ロックハートだ。
「『夕暮れ詩人』はネクストフェイズに進んだ希少な個体だ。『二番』の眷属であることからも既に十二柱並みの実力を持っていると考えていいはず。今は人員に余裕がある時期だから出来る作戦だが、こういったことはもう出来ない。言いたいことは分かるな?」
「ええ。経験を積ませつつ、誰も死なずに『夕暮れ詩人』と仕留めて来いでしょう?」
肯定の意味も込めて目配せすると僕は長い廊下を研究室の方へと進んで行った。
「これから来るであろう十二柱との戦いに備えて、ヴィルマ、コレットの新人含め全員に経験を積ませる。それにはお前も入ってるぞ。ロック。」
「勘弁してくれ、三番の時に十分経験を積んだよ。」




