蛾の誕生編 第一話 第一幕 日本上陸
傍観者 神戸四季
―日本領空 旅客機内
「日本の私立高校で複数の生徒が神隠しに会っているそうだ。これはまた、どうしてここまで放置しておいたのか…」
旅客機のシートに持たれながら僕は自分の薄黄色の髪を掻き上げ溜息交じりに呟いた。腕で頬杖をしながら横の席に目を向けると、透き通ったアクアブルーの瞳をした銀髪白人女性と目線がぶつかる。
「教官。その事件はいつ頃から?」
「去年の秋辺りかららしいな。もう一年近くなるか…一人目の女子生徒がそこらから音信不通になっていたらしい。もう助からないだろうけど。お前の祖国ではこんな事件は無かったのか?」
すると白人女性は顎に左手の親指と人差し指を当て、しばし考える仕草をしたが思い当らなかったようで首を横に振った。彼女の凛とした姿勢には白薔薇を連想させるが、僕はそうかと持っていた書類に目を落とす。
「教官のとこでは?」
「僕が暮らしていたとこは日本でも田舎でね。そんなことは無かったけど、日本って人口密度高いから連続して起きても不思議じゃないな。そんなことより、緊張はしていないようだが、気分はどうかな?ヴィルマ君」
書類に落としていた目をまた白人女性に向けると彼女はニコッとした笑顔と共に僕を見る。いくら整った顔立ちをしていても笑顔は幼さが残るものだと実感した。
「大丈夫。教官いるから、失敗はしないようにするけど。」
「通過成績は基準を大きく上回っていたって聞いたけど机上と現場は別物だからな。まあ…失敗しても良いように僕らが居るわけだけれど、ここで失敗すると君の最終試験には×が付いて廃棄処分になるから気を付けるんだな。最初で最後のチャンスって奴だ。」
「教官の時はどうだったんですか?」
「僕は基準を下回っていて合格もギリギリってところだったよ。下調べをしっかりして覚悟を決めて迷わず剣を抜いたさ。なんて言っても相手は悪魔だからな。殺される前に殺すことが成功の秘訣さ。」
「…殺す殺されるが当たり前の世界なんて今の子供たちが聞いたら驚きますよね。ある程度平和になった世の中ではありますけれど未だ戦争やテロは絶えないし、貧困が進んでいる土地もある。それにNOTという悪魔まで現れてこの先が思いやられると言いますか…そもそも世界なんて見解で物事を考えたりはしないんですけれど、今も誰かの犠牲によって成り立つ平和だとしたらやりきれない思いですよ。」
「…ヴィルマ君は僕と近い価値観を持っているね。君みたいな子が各国のお偉いさんになってくれればもっともっと世の中は良くなっていたのだろうね。」
「私みたいな見習いだって個人としての考えがあるんです。私みたいな子供が増えないように戦うつもりで入ったんですから覚悟はいつでも決まっています。」
彼女の覚悟を聞くと僕は窓の外に目を向けた。それは彼女ならば試験に合格するだろうと考えたからであり、決して容姿が可愛くて見とれてしまった照れ隠しではない。
「今日は現地に向かうだけで時間が過ぎそうだから本格的に動くのは明日、日本警察まではいかなくても県警くらいには協力を仰ぎたいところだが…そう上手くはいかないだろうな。ヴィルマ君、今日のうちに書類に書かれていることを頭に入れておけ。身体が休んでいられるのも今日くらいだ。」
白人女性ヴィルマに書類を渡すと、素直に返事をして目を通し始める。僕と白人女性の身なりは一緒で、黒を下地に赤い十字架をあしらった如何にもどこからの使者という印象を受けるコートを着て、周囲から浮いている。コスプレだとか馬鹿にされるかもしれないが、これから日本に降り立ち仕事に押される毎日になるため、人目を気にしている余裕なんてない。
僕らの仕事は十年前から世界各地に出現するNOTという悪魔を狩ること。人間に寄生し、内側から蝕み、自分が食べつくされるまでNOTに寄生されていることに気付かないまま死に至る。NOTに寄生された者を助ける方法は見つかっていないため、現状は斬り捨てることが一番望ましいとされ、殺人者の異名を頂戴する羽目になっている。つまり、僕らが働くときは必ず一人は死人が出ることになり、人の死と隣り合わせでストレスの溜まる職場だ。その職場で働く人間とは、大切な人をNOTに殺され復讐に生きる奴らが殆どで、中には死刑囚や快楽主義の変態等々混じっている。笑えない職場ではあるが、仕事とは楽しくないものであると割り切るしかないだろう。
二人の乗る飛行機が着陸し、成田国際空港についたのは十六時を回ったころだった。パスポートを見せ、荷物を回収すると急ぎ足で空港出入り口へと向かう合間、後ろにヴィルマ君が続いているのを感じながら携帯端末を取り出して一本の電話を発信する。
「…こちら神戸四季。今、ヴィルマ・ガソットと日本に着いた。これから現地に入るが、何か問題があるか?」
「やーシキちゃん連絡おーそーいー」
電話の向こうから聞こえて来たのは女性の声音だが、僕らの雰囲気とは似つかない程に能天気だ。
「…熙英副室長…。僕が居ないことをいいことに、また良からぬ実験を始めてないですか?」
「そんなことないよシキちゃん。シキちゃんに勝る実験何てないんだからね。他の奴らの身体を見てもテンション上がんないけど、シキちゃんの身体見ればテンション上がるからさ。今度実験体になってよ!なんならウチも脱ぐよ!」
「僕は脱がないし、実験もしない。分かったか?変態ロン毛。」
「ちょっと!ちゃんと眼鏡を入れなさい!」
変態は気にしてないのね…。変なこだわりを持つなぁ。
「眼鏡ってお前かけてないだろ?」
「残念でしたー。先日コンタクトから眼鏡にモデルチェンジしたので眼鏡ですぅ」
「ああもう、お前の姿が目に浮かぶわ…」
「いいじゃない、いいじゃない。ウチのことを離れてても思っていてよシキちゃん。」
「もう仕事に入るから切るぞ。」
「はいはーい気を付けて」
携帯端末をポケットに入れるとヴィルマの方を向いた。ヴィルマは少し緊張した趣で目を合わせる。意志の揺らぎは感じられないが確認も込めて聞いてみる。
「準備はいいか?」
時差ボケもあるせいか、やや不安げな表情を見せるヴィルマだったが、大きく頷いた。僕は副室長との会話でシリアス展開もあったもんじゃないが、彼女は相当に気張っているらしい。今回が初任務だし、当然の反応なのかもしれないが。
「じゃあ行こうか。」
「お願いします。神戸教官」
気のせいだろうか彼女の頬に少し赤みが指していることに気付いたが、意に介さず出入り口の自動ドアに向かうとそこには既にタクシーが待っていて、運転手が後部座席の扉を開けていた。外はまだ夕闇には染まらず、綺麗な青色をしている。僕もヴィルマも一度空を見上げ美しさに感嘆の息を漏らした。
どうやらまた、この国に戻って来てしまったらしい。忙しなく走る車、誰かの携帯の着信音、人々は互いに無関心で暖かさを感じられない。鉄やプラスチック、新品の匂いが鼻に付き人工物に酔いそうになる。ああ、気持ち悪い。
運転手が荷物を手際よく積み込み、二人を乗せたタクシーは僕が行き先を伝えるとゆっくり動き出す。ロンドンからここまで八時間程度のフライトだったが、どうやら二人とも疲れてはいないようで運転手そっちのけで会話をしていた。勿論、仕事の話だが…彼女は先ほど渡した資料をと取り出して最終確認中であるが、疑問点を僕に聞いてくる。
「教官、陽正高校ってどこですか?」
「数年前にできた新設校らしいが、在校生や卒業生が優秀な成績を収めていて一躍有名高の仲間入りを果たした高校だな。都心から少し離れたところにあるらしい。僕も行ったことはない。」
「被害は三人と書いてありますね。」
「ああ、あくまで十三委員会調べだけどな。それ以降は増えていないようだ。」
「宿は近くに取るんですか?」
「少し距離を置くが決して遠くない場所だな。そっちの方が調査も楽だろうし。」
「部屋はツインですか?」
「別が良かったか?保護観察の面で一緒に居ないといけないから別にはしなかったが。」
「ありがとうございます!」
「何がだ?」
茶化したのもここまでで彼女は真剣な面持ちをして質問をしてきた。
「教官は本当にNOTの仕業だと考えているんですか?」
「勿論だ。」
ヴィルマは気付いていないようだったが、空港に着いた時点でNOTの気配を色濃く感じた。もしかしたら監視されていたのかもしれない。因子を持つ僕らとその親とも呼ぶべき彼らNOT。切っても切れない醜き同族同士の殺し合いが始まる。「神隠し事件」はどうやら当たりだったらしい。
「ヴィルマ君の初任務だ…悪魔の十二柱なんて出てこないことを祈ろう。」
「教官?」
「いや…何でもないよ。ちょっとヴィルマ君のスリーサイズが気になってね」
ぼふっ、と分かり易いほど動揺し拭き出した彼女はかなり躊躇いながらも顔を真っ赤にしながら僕の方へと口を近づけてきた。
「……えと…」
教えてきた。耳元で囁かれた。職権乱用みたいパワハラじゃないですか。
「…デカいな。」
「……Fです。」
教えなくていいよ。もう…僕だけ悪者だな。
こんな殺伐とした職場なのに、銀髪美人の部下は今日も楽しそうだ。




