蛾の誕生編 第五話 第一幕 新人の判断
傍観者 ヴィルマ・ガソット
「島崎真二。私は彼をNOTと認定します。考察…判断は難しかったですが彼がNOTであることはまず間違いはありません。」
私は神戸教官とタクシーの中で今回の「神隠し事件」について自分なりの見解を述べていた。
「神隠し事件で失踪した人間は十二人。しかし、十三委員会が「神隠し」…NOTの捕食対象にあったと認定しているのは三名。以外九名は何らかの形で存在を確認されています。死体という形で発見された方もいらっしゃいましたが、結果から見ても純粋に食料になったのは三名ですね。一人目、一年A組 副島歩。二人目、同じく一年A組 小子内梨央、三人目は小子内梨央の兄、三年B組 小子内流星。流れからして三年B組の生徒に寄生している可能性が高いことはお分かり頂けると思います。」
「おう…それで?」
「以前より聞き込み調査をしておりましたが、友人の様子がおかしいと証言した女子生徒がおり、彼女の素性を調べたところ彼女は陽正高校男子バスケ部マネージャーであり、特殊な生い立ちをしていましたが、彼女、色芳彩香自体は白。所属の男子バスケ部を調査した結果、島崎真二という突出した動きを見せる存在を発見し、今まで感じたことの無いような昂ぶりと言いますか、同族意識を感じた次第ですね。彼自身三年B組で黒の可能性は十二分にあるかと。」
「もう一人、男子バスケ部には三年B組の生徒の原口という奴と、エースとして名高い三年A組所属の古川楔、溝口俊介という奴らが居るが彼らはどうだ?」
「否定することはできませんが、その線は薄いかと思います。三人目小子内流星が消えたのが六か月半前、島崎真二は六か月…半年前くらいから身体能力が格段に上がったのだという証言を取れたので。そこまで劇的な変化は奴ら以外には考えられないかと」
「そうか分かった。ヴィルマ君は自分の信じた通りに動いてくれ。僕はそのフォローをするよ。大丈夫失敗は無いさ。しかし、君の意欲も目を見張るものがあるよね。単身、私服で陽正高校バスケ部の試合を見に行くとは…そんな丸腰状態で相手がもしNOTと化したらどうするつもりだったの?」
私は先ほどまでの行為を思い返し反省をする。確かに実際、大事には至らなかったとはいえ、いつ誰がNOTとなるか解らない状況での潜入は不味かったかもしれない。
「それに関しましては私の経験浅はかな部分が…」
「でも怪我しなくてよかったよ。でも中には同族が来ただけで激しく暴走するNOTも居たからね今度から気を付けるといいよ。」
「はい…ご忠告ありがとうございます。」
「島崎真二か…いや、NOTだと思うけども…何か引っかかるな…」
「教官?」
「…ああ、見えて来たね。陽正高校」
「はい。」
黒地のコートに赤い逆十字。NOTを相手にする手前、一応は正義の団体を気取っているが、彼らの正装に正義といった印象は受けづらい。十三委員会新米のヴィルマ・ガソット、第三室室長の神戸四季はタクシーを降りて陽正高校の校門に辿り着いていた。
「ヴィルマ君。どうだい?」
神戸教官は解っていることを敢えて彼女に聞いてきた。
「…居ます。こんなに強く奴らの存在を感じたのは初めてです。」
ヴィルマは少なからず不安を感じていた。腰に下げている不斬黒刀に手を掛けると震える手を宥めるように力を入れた。それでも恐怖は拭えない。両親のことがフラッシュバックして手が止まりそうだ。
「行こうか。君の初陣だ。」
神戸教官は慣れているようで緊張の欠片も感じられない。市街地にいるのに今日はやけに辺りが暗い。街灯の明かりが一つも付いていないのだ。不気味な世界に迷い込んでしまったのではという錯覚がより手をこわばらせた。
「了解です。」
しかし、恐怖してはいられない。私ヴィルマ・ガソットの様に恐怖から救われる命だってあるのだ。そういう人の為にも手を拱いている訳にはいかない。
手の震えは神戸さんが言う「武者奮い」というものだ。
さぁ…ここからが私のステージです。私の目のアクアブルーはより光を放っていたことだろう。
傍観者 神戸四季
既に事は起こった後だった。僕とヴィルマが体育館へ着いた時には吹き抜けで一階を見ることが出来る二階トラックの落下防止用手摺は抉られ、窓は半分近く割れて散乱、体育館二階トラックは無残な状況になっていた。
「遅かったか。しかし、この破壊は人間さが残っているように感じるな。何かを見られて逆上したとか、邪魔をされたとかという類か?…ってヴィルマ!」
ヴィルマは手摺を乗り越え二階から一階へと降り立つ。長い銀髪が月明かりに照らされて美しい光を放ち、アクアブルーの目は眼前の影を捉えていた。二つとも人間の姿をしていたが、一人は暗闇でも解るほど体からドス黒い闘気を纏い、目は黄色に輝く。まるで野生の猛獣が迷い込んだと見間違うほどに獰猛な眼をしていた。
「…処理対象『NOT』を確認。第三室室員ヴィルマ・ガソット…行きます。」
対象の眼を見て覚悟を決めたヴィルマ・ガソットは呟く。
「Not factor patent―code SILVER MOTH」
ヴィルマの身体から銀色の鱗粉が舞う。不斬黒刀を手に取り対象に切りかかろうと目にした矢先、もう一人の存在が注意を引いた。これではまた一人犠牲になってしまう。良く見るとどちらも陽正高校の男子生徒のようで格好から察するにバスケ部員らしい。男子学生を確保しようと軸足に体重を掛けたところで男子学生が異常な行動を取った。
「やめて!待ってくれ!」
男子学生はあろうことか両手を広げてNOTを庇ったのだ。ヴィルマを敵と認識したのかは解らないが、ヴィルマとNOTとの間に意志を持って割り込んだ。どうやら男子生徒は私がアイツを殺そうとしていると察したのだろう。
「俺は陽正高校3年!古川楔!彼は島崎真二だ!まだ駄目だ!彼と話をさせて欲しい!もう少し時間をくれ!」
古川という生徒はNOTへと落ちた島崎という生徒と話をしたいと言った。それがどれだけ危険なことか、ヴィルマは瞬時に察知でき、言葉で語るよりも先に動き出していた。
「そうだ…それでいいヴィルマ君。自分で危険の判定をしろ。」
二階トラックから戦いの輪に参加する意思がなくギャラリーと化していた。元々これはヴィルマの試験な訳で彼女が一人で解決するしかない。合格条件はNOTの討伐。その役目を誠実に守る。
「糞…やっぱり駄目か…」
古川は自分の願いが聞き届けられなかったのを受け、今度は言葉ではなく行動で止めてやろうとヴィルマを追った。止めようとしているのを察したのかヴィルマはそれに気づき一度目を配らせた。
「無駄です。私は身体を弄ってあるので生身の人間では捉えられませんよ。」
ヴィルマは古川の横をすり抜け島崎へとさらに近づく。古川が諦めずに食らいつくと黒装束のマントを掴むことが出来た。
「……スポーツ選手をなめるなよ!」
「…まさか…掴まれ…」
人間死ぬ気になればなんでもできる。走馬灯や火事場の馬鹿力がその例で人間のリミッターを解除する力。そのリミッター解除が働いたのだろうとヴィルマは考えた。そうでなければNOT因子を埋め込み半妖状態の私たちを捉えられる訳がない、と。この少年、古川楔にとっては今回のNOT島崎真二がそれほどに大切な人間だったのだろう。完璧に振り切ろうと古川に裏拳を入れるが彼は一向に離さない。
「行かせねぇよ!」
「…くっ…しつ…こい」
空いている左手で男子生徒を引き剥がそうと連打を続ける。傷つけるわけにはいかないので不斬黒刀で殴りつけることはできない。いくら殴りつけてもしがみついてくる古川への対応を迷っていると黒い気配がドッと背筋を寒くした。
「古川…!」
黒い闘気を纏い島崎というNOTは完全覚醒を終えた。最早人間と呼べないその姿は球体に細い手足と羽を取ってつけたような歪な形をしていた。体長は三メートルを越え、それでも人間の言葉を話すNOTは異常としか思えない。
「……島崎逃げろっ!こいつはお前を…!」
「ギィアアアアアア!」
「放して!アイツはもう人間じゃない!殺すしかない!」
自分の理念とは異なることを言い、身を切るような苦痛を浮かべる。
「駄目だ…島崎は…これから高校バスケ界のヒーローになるんだ!お前に俺たちの十年間を否定する権利はねぇ!」
「逃げろ…古川…」
NOTが腕を振り回し古川とヴィルマを見境なく襲った。ヴィルマはその攻撃を不斬黒刀で叩く。NOTに対して使うのは初めてだったが、NOTの体躯を殆ど抵抗なく分解でき、まるで木に付いている葉を薙いでいる感覚で、攻撃の大半を不斬黒刀で薙ぎ払った。腕を分解することに成功するも、再生速度はヴィルマの予想を超えていた。腕は二本で左右片方ずつ攻撃して来るが、右腕を分解すると左腕が襲ってくる、その左腕も分解すると今度は再生し終わった右腕が襲ってくるという終わりが見えない応酬はヴィルマの精神だけを削っていく。何連撃目かヴィルマが不斬黒刀で消し飛ばし損ねるとその腕は後ろに居た古川に向かっていく。
「避けて!」
「……え…?」
黒い腕は黒いガスを纏いつつ古川の腹部を抉った。ヴィルマの対応が間に合いNOTの腕を薙いだ御陰で古川の腹部は多少抉られた程度で済んだが、人間の彼が耐えられる痛みではない。
「ギィアアアアアアアア!」
NOTは吠え体育館を揺らす。共振したのか窓ガラスは全て割れ、破片が内と外に散らばる。
「大丈夫?」
ヴィルマは痛めた左耳を抑えながら古川を横目で確認する。古川は服を真っ赤に染めており、倒れたまま荒くなった呼吸で肩が上下している。返事はどうやらできない。古川自身呼ばれていることに気付いているのか怪しく、意識が朦朧としていた。視界が拉げて平衡感覚が保てず音も反響して上手く聞き取れないようだが、それでも友の名は忘れない。
「しま…ざ…き…」
「まだ…アレを信じているとでも言うのですか?貴方は…」
NOTに家族を殺されているヴィルマにとってはNOTを信じるという行為が信じられない。彼女にとっては倒すべき敵であり、憎むべき敵。
「ギィアアアアアアアア!」
三度目の咆哮はヴィルマに向けられたものだった。眼が存在しないNOTだが、ヴィルマは咆哮が自分に向けれた殺意であり、食物連鎖において捕食する存在を見下す飢えだと感じ取れた。
「……ッ!」
初めて相対した本物の怪物にヴィルマは怖気づかない。呼び動作なしで繰り出された鞭のような両手を不斬黒刀で切断せず、上へ跳躍。後ろの古川に当たらないのは計算済みで伸びた大樹の幹のような腕を足場に二度目の跳躍。今度はNOTの核らしき球体に向かい特攻を仕掛ける。
「…切断するから再生…するッ…」
「……ん…惜しいな。それは間違いだ。」
僕は文字通り上から見下す。
「NOTは再生しない。破壊された個所を捨てて生まれ変わる。」
ヴィルマもそれは知っている、養成所で習ったはずだ。異形の怪物は規格外で規定に定まらない。定まった形なぞ存在しないと。
NOTの球体に肉薄したヴィルマは不意に思い出す。過ぎった嫌な予感に振り被った不斬黒刀にまで緊張が伝わり軌道が逸れた。逸れた刃は左翼を切断し、ヴィルマはNOTの第三の手で吹き飛ばされる。着地は成功したが口から滴る鮮血が内面的なダメージを物語る。
「仕留め…損ねました。」
「ギィ アアアア アアア」
呻くNOTに隙は感じずそのままの距離を保つ。堰き込んで手に付いた自分の血に昔をフラッシュバックした。白いNOTが顎を切断されて悶え苦しむ姿。消えた母と父の存在。そして漆黒の衣と赤い逆十字。吐き気で脳内がグチャグチャになるが一つ、ヴィルマにとって利点があった。
――昔を思い出せた。
あの時動けなかった自分を救ってくれた人物の顔を思い出した。その人は今でも上で見て自分を支えている。
「醜態を晒しました。教官…」
「いい。君の限界を見せてみろ…ヴィルマ」
僕は自分の黒刀。こちらはヴィルマの物と違い刃が付いた斬るための黒刀を二階から彼女へと投げる。左手でそれを受け取ったヴィルマは右手に持っていた自分の不斬黒刀と合わせ二刀流になる。
「準備は出来ました。覚悟も決めました。あとは――」
月明かりが彼女に降り注ぎ黒刀を輝かせる。
「そういえば剣術は今期トップだったな。」
「ギィイ アアア…ギギャギャギャ!」
「―――舞うだけです。」
黒衣の美女と黒い怪物が激闘を繰り広げる。壁には穴が開き、床は割れる。黒い怪物が刻まれ、黒衣の美女が刻まれる。血が血を争う闘争。平行線に見えた戦闘もいつしかヴィルマが優勢になっていた。
「終わり…です!」
「ギギャ!」
振り被ったヴィルマに力の無い反撃を繰り出したNOT。易々と避けると今まで意識の端に置いてあった存在に気付く。球体からは表情は読めないがその瞬間だけは不敵に笑っていた気がした。
「……怪物が!」
奴の腕が伸びた先には倒れた男子生徒 古川楔が居た。彼は先ほど食らったNOTの攻撃で身動きが取れず這い蹲っている。後方に跳躍し、NOTの腕を狙う。しかし、怪物も馬鹿ではないらしく、腕を枝分れさせた。無数に伸びる腕を落とすのは困難。二振りの刀は乱舞し尽くを薙ぎ払ったが一本、たった一本のみ無数の乱舞をすり抜けた腕が古川を襲う。
――間に合わない。
刹那に感じ取ったヴィルマは古川を守ることを諦め、NOTに止めを刺すことを選んだ。死ねばNOTは消える。蒸発するように跡形もなく。タイムラグがあるとしてもここで息の根を止めれば男子生徒に被害が及ぶ前に殺せる。
「楔っ!」
体育館に新たな声が響く。どうやら女子生徒らしい若々しい声が聞こえたが、振り向いている暇はない。不斬黒刀にNOTの周波数を纏わせ投擲。NOTに突き刺さり断末魔が聞こえたのと男の悲鳴が聞こえたのは同時だった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「ああああああああああああああああああああああ!」
NOTは破壊した。黒い怪物は崩れ、元の人間と思しき人物が見えたかと思うと消えて行った。
「任務終了。」
彼女は胸を撫で下ろし、後ろを振り向く。
しかし、そこに男子生徒はいなかった。いや、厳密に言うと元男子生徒は存在していた。眼を緋色に輝かせ、腹部に穴が開いた女子生徒を抱えて泣いていた。
「……何でだ。…どうしてアヤカは死なないとならなかった?」
女子生徒は間違いなく絶命していた。ヴィルマは彼が抱えている女子生徒がこの前校門で話を聞いた生徒だと漸く気付く。
「貴方は…」
「もう隠す必要はない!抑える必要もない!…俺は…お前が憎い!」
黒い煙を吐き出す。闇と表現したらわかりやすいだろうか。光を遮断するような深く暗い空間を彼は作り出した。
陽正高校3年A組 古川 楔。
彼もNOTだった。




