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NOT FACTOR  作者: Ribain
蛾の誕生編
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蛾の誕生編 第四話 第一幕 行方不明


 傍観者 古川楔



 月日が過ぎるのはどうしてこうも早いのだろうか。光陰矢のごとし。そして今日は待っていた練習試合の日だ。会場は陽正高校体育館。相手が強豪校とだけあって燃えているが、俺らの嫌な雰囲気はまだ完全に排除できてはいなかった。島崎が溝口の説得に失敗し、醸し出されている雰囲気で落胆と諦めが混じった溜息をつく。

「島崎…」

 俺は良くない雰囲気の流れる場を読んで、部長の島崎に声を掛けた。既に本校の体育館の自陣ベンチで最後のウォーミングアップをしていた島崎はその動きを止めてこちらに顔を向けた。

「どうした…?」

 しかし、俺も口下手なため、上手く話を伝えられる術を知らないし、雰囲気が悪いことを直接伝える勇気もなかった。必死に言葉を探したが上手いこと言えなくて出た言葉はあまりにも素っ気なかったかもしれない。

「…今日は俺の方が点を取るからな」

 島崎は驚いた顔をしてこちらを見て何か言いたげだったが、審判から集合の合図を出され、それ以上会話もなく整列して相手校と挨拶を交わす。メンバーは溝口が来なくなってからいつも同じだった。

 四番 S 島崎

 五番 SG 原口

 六番 SF 石ヶ守

 七番 PF 古川

 八番 PG 赤間

「では、ジャンパー前へ!」

 審判の声と共に島崎が前へ出る。顔は見えなかったが、その背中からは闘志が伝わってきた。

「いらない心配だったな…。島崎は溝口が来なくて引け目を感じるほど弱くなかったか…」

 島崎は今日の練習試合までに溝口と折り合いをつけるつもりで居たらしい。結果、溝口は来なかった。引け目、負い目を島崎が感じているのかもしれないと思っていた俺だったが島崎の闘志を感じてポジションを相手のゴールに近い場所へと変えた。相手チームに悟られないように、始まった瞬間に走り出せるよう周囲への警戒も最大限にした。後は島崎次第だが、特に問題は無いだろう。

「……負けねぇよ…」

 島崎の呟きが聞こえ、相手のジャンパーは困惑したように彼を見たが、直ぐに気を取り直したようで、審判がそれを見計らい試合開始を告げる笛の音と共にボールが高く飛び上がった。俺はこの瞬間に相手のゴールに走り出す。一人、俺をマークしている相手校の六番が反応だけはしたがもう遅い。ボールが最高点を過ぎて下がり始めるかどうかといった絶妙なタイミングで島崎はボールを俺の方へ弾いた。

「いくぞ!!お前ら!」

 久々に聞く島崎の掛け声が追い風になり俺たち五人は一気に相手コートへ走り出す。原口も赤間も石ヶ守も少なからず溝口に苛立ちと言った感情を抱いていただろうが、この時はただ島崎部長の激を喜んだ。弾かれたボールは石ヶ守が拾い、自慢の高速ドライブで二人抜いて俺にパスを出すと、ゴール下に居た俺はレイアップでシュートを決めた。開始五秒で得点を決めた俺たちは主導権を握り第一クォーターだけで四十点を取る猛攻を見せた。

 この時、俺たち五人は一致団結していたと誰もが思っただろう。試合中は幾度となくアイコンタクトで会話をし、噛み合ったコンビネーションで追加点を重ねて行った。しかし、第二クォーター終了間際から奇妙な感覚に襲われた。得点的には全国クラスの相手校に対して圧倒的な点差をつけており不安は少ないのだが、そんな小さな不安じゃない。違和感や疑問にも似た何かが俺にまとわりついて離れない。

どうしてこんなにも不安なんだろう、

どうしてこんなにも島崎が気になるのだろう。

どうしてこんなにも島崎が危うい存在に見えるのだろう。

「古川っ!」

 島崎のことを思案していると彼の声が聞こえた。今、ボールを確保しているのは俺だ。ドリブルの最中に無駄なことに気を取られていた。目の前には相手校の六番。俺をマークしていたエースナンバーが待っていましたと言わんばかりにボールを奪っていく。

「…くそっ!」

 体を捩じり相手に取られる前のボールを弾こうとしたが届かない。指先の数センチ先を相手の六番が駆けていく。これで点を取られて逆転されるということではないが、流れを持って行かれる可能性がある。センターライン付近に居た俺の後ろにはPGの赤間が居たが、流石は全国区のエース、赤間を綺麗なターンで躱すと後はゴールまで凱旋だった。誰も追いつけない、レイアップでの二点コース。

「……いや…可笑しいだろ…何でお前がここに…」

 相手エースの顔が曇った。血の気が引いたように青白くなり、彼だけなく会場全体が鳥肌を立てた。

「……どういうことだ…」

 俺も驚いた。


「……今日の俺は調子がいいんだ。」


「……敵陣のゴール下に居たはずのお前がどうしてそこに居る…?」

 島崎真二は自陣ゴール下で両手を広げ、闘気を纏っているかのように存在感を出していた。相手エースはレイアップを諦め、普通のシュートに切り替え、島崎のタイミングをズラしてシュートを放つ。

「上手い…」

 近くに居た赤間から聞こえてきた。俺も敵ながら天晴と言わんばかりの技術力。ドリブルの勢いを完全に殺し、フォームを崩すことなく放たれたシュートは入る弾道だ。

「おらぁっ!」

 何が起きたのか、シュートコースに在ったボールが跳躍した島崎の手中に収まっていた。陽正高校のゼッケン四番が宙を舞う。着地の瞬間に彼は自陣フリースローラインに立っていた。気を取り直した相手エースは島崎から再度ボールを奪おうと左手を伸ばすが、島崎は後ろにジャンプし躱すとシュートを放った。高弾道で美しい弧を描いたボールは相手のゴールに吸い込まれて、静寂に包まれる会場を笛の音が反響した。

「……何メートルのシュート…決めたんだ?しかも…フェイダウェイで…」

 隣に来た石ヶ守が独り言に様に呟いた後、俺に顔を向けて真面目な顔つきで苦笑した。手は震え、顔からは運動で出たであろう汗が嫌な光り方をしていた。

「古川さん…アンタこれでも島崎と俺らと…住む世界が同じだって言えんのかい?とてもじゃねぇ、俺はアイツと同じ世界にはいねぇぜ…ああいうのを化け物って言うんじゃねぇのかよ」

 その日の試合結果は百十二対三十二でウチの勝利。内訳、島崎の得点が七十一点。俺が二十七点。全国区の高校に対して圧倒的点差で勝ったにも関わらず、俺たちの雰囲気は重かった。赤間や石ヶ守や原口の気持ちが伝わってくる。

 この感情は「恐怖」だ。

 格の違う選手を見た時、スポーツマンならばどう思うだろう。俺ならば憧れる、純粋に敵わないことを悟るかもしれないが、それでも恐怖するとは違うポジティブな考えしか持たないのだが、彼らの島崎を見る目には怯えが見える。人間とは違う何かを見るように誰も何も話そうとはしない。ミーティングルームに入ってから既に半時は経とうとしているのに俺たち五人は誰も口を開かない。全員下を向いたまま場の空気に飲まれていた。

「今日は勝てたな…」

 口を開いたのは意外にも島崎だった。一度は島崎を見るも沈黙を貫く他を押しのけて石ヶ守はギラリと光った目を島崎に向けた。

「何が勝てたな、だ。殆ど一人でプレーしてたじゃねぇか。如何にも皆で勝ち取った試合ですなんて飾ったコメントは要らねぇよ。」

「…石ヶ守…」

 赤間が石ヶ守の肩を掴み宥めようとしたが、それを振り払って石ヶ守は島崎の前に進み怒りの篭った拳で島崎の頬を殴った。仰け反りロッカーに頭をぶつける島崎の頭から血がしたたり落ちる。尖ったロッカーの端で切ったのだろう。

「そうやって一人でやって楽しいかよ。俺は確かにお前より弱ぇし、使えねぇ。この際はっきり言ったらどうだ?お前ら全員使えねぇってよ!」

 胸倉を掴み島崎を締め上げる石ヶ守に見兼ねた俺と赤間と原口は直ぐに割って入る。

「石ヶ守やめろ…!」

「放せっ!コイツは駄目だ!はっきり言わねぇといつまでも俺らに気付かねぇんだよ。才能は努力で埋められるとか迷信だ!どんだけやっても、それこそ血の滲むような努力をしてもアンタの前じゃ些細なもんだろ!見えねぇんだアンタにも溝口先輩にも!道に転がる石どころじゃねぇ!どっから飛んできたのかもわからねぇような塵だろうが俺たちなんか!そこにあっても見えねぇ!在っても気付かねぇ!そんな塵が努力したところでデカくなるわけでもねぇ!馬鹿にする対象にすらならないんだろうがっ!」

 石ヶ守は抑えられているのを振り切ってミーティングルームから出て行った。呼び止めるためだろうか、それに原口と赤間も続き、部屋には俺と島崎だけになった。

「……どこで間違えたんだ?俺は…」

「間違えてねぇさ。」

「アイツらの眼ぇ見たか?どいつもこいつも眉間に皺寄せて俺を見てた。」

「お前を羨んでいるんだ。今は誤解しているだけ。何、直ぐ元通りになるさ。」

 頭からの出血は止まったようでゴシゴシと顔についた血を拭う島崎の眼は既に光を失っていた。どこか遠くを見ているようで、意識をどこかに置いて来ているようで、見ているに堪えない絵だった。

「古川…」

「ああ。」

 彼は立ち上がると俺を見た。

「実はこの後、溝口と会うんだ。お前も来ないか?」



 俺と島崎、そして途中からアヤカも加わり、三人はいつも1on1をしている無人公園へ到着した。街灯に照らされてバスケットボールを脇に抱える一つのシルエットが見える。

「…案外…早く来てるんだな。溝口」

「…無理矢理来させたんだろうが、島崎。俺は隠居生活してたってのによ。」

 バスケコートに居たのはあの問題児の溝口だ。ボールをクルクルと回して俺たちに放って来た。

「…どういう風の吹き回しだ?溝口俊介」

 ボールを受け取った俺は意図を読み切れず疑念が生まれる。

「どうもこうもないよ。部長様が俺をスタメンに戻したいって言うが、認めなたくない面子も多くいるだろうと思ってな。手っ取り早く俺の実力見ろや。1on2でいいからさ。」

「舐めてんのか?溝口」

「古川…抑えてくれ。…分かったよ溝口お前の望む通り1on2やってやるよ。」

 三人がコートに入るとそれぞれスイッチが入る。こういうところは皆一流のスポーツマンだ。雑念が消えて全員がボールへと集中する。

「いくぞ」

「おう」

「来いよ」

 1on2は溝口対俺と島崎で、ボールを持つのは俺。島崎にパスを出すと時間が動き始める。島崎のドリブルにぴったりと付き、パスの余裕を与えない。フリーの俺がスクリーンに入るがそれも躱されてシュートモーションに入った島崎に追い縋る。しかし、島崎も読んでいた。放たれたボールの軌道は俺が思い描いた通りの基線で俺の左手に納まるとボール内の空気が応力で動かされたかのような速度でゴールネットを揺らした。

「アリウープって…島崎先輩も楔も、溝口先輩の手加減する気無いの?一応怪我人でしょう?」

 外野からアヤカの声がする。行儀よくベンチに座り監督宛らだ。ちゃんと記録を取っている辺りマネージャー魂を感じる。

「1on2だから手抜くかと思ったが…そうでもないのか?」

 俺を見て溝口が言う。冷やかしが含まれていたが切羽詰まった様子はない。寧ろ余裕綽々と言ったところ。

「俺はお前のスタメン反対なんだけどな。実力主義の縦社会だから仕方ない…島崎や監督等の総意は俺一人の意見じゃ変わらないだろうし、ここは挫折してお前を引き戻すことに協力する。」

「お前らに負けたからって戻るとは限んないぜ、古川。」

「じゃあ何の為の1on2だよ?」

「実力誇示」

「馬鹿にすんなよ。」

 苛立ちを覚える溝口の言い草にキレかけるが、俺を制し島崎が前へ出る。バスケ選手なら語るのはプレーで、だろ?と溝口にボールを渡した。受け取った溝口はクイックで島崎にボールを返し、またボールが溝口に帰った時点で1on2は再開された。溝口が攻めで俺と島崎が守り。久し振りに見る溝口のオフェンスは怪我を忘れさせる程に大胆かつ流動的だった。ドリブル、目線のフェイク、切り替えしの素早さ。昔、島崎に完敗したから弱いということは一切ない。寧ろこの超高校級とも言うべきバスケポテンシャルの高さは各高校からスカウトが山ほど来るレベルだ。

「余計なこと考えてんのか?古川。」

 溝口が一瞬の隙をついて俺の脇を抜けると、後ろの島崎もフェイクで躱して同点ゴールを決めた。

「……二人抜き…」

「おい、練習してない奴の動きじゃねぇだろ?それに怪我はどうした」

「んなもんとっくに治ってんだよボケ」

 溝口の顔には街灯を反射する汗が滲み、楽しそうな面持ちをしている。憎まれ口を叩いてはいるが、どうしても嫌い切れないのは彼の根幹のところにバスケが好きな気持ちが燻って居るからだと気付き、バスケをこんなに楽しそうにプレーするのに何で練習には来ないんだ?という疑問が膨らんだ。

「さて、じゃあ次は俺たちだな。」

 ドリブルをし開始点に向かう島崎を追いながら溝口は袖を捲り上げた。闘志に火が付いた子供の様に無邪気な顔をしている。

「……本当…楽しそうにバスケするなぁ…」

 溝口が前線を離れた理由は島崎に完敗したからなのか?

 新たな疑問は俺に一つの答えを導かせた。

「……『神隠し事件』か…」



「どうして戻ってこないんだ?溝口。怪我も治っているし、実力としてはスタメンに居ても文句はないだろ?何かを躊躇してんのか?」

 ゲームが終わりベンチへ戻ると島崎が口を開く、それぞれに汗を拭きながら耳を傾けていた。

(やま)しいことは無い。確かに品行方正な人間じゃねぇけどバスケが好きな気持ちは持っている。バスケ部に戻りてぇけど周りの眼がどうしても気になんだよ。どうして来た、また来た、何しに来たって目で訴えかけてる。息が詰まって気持ち悪いぜアイツらの中に居ると俺も吐き気がしてくる。」

ゲームが終わってみれば実力がそのまま出たスコアだった。いくら上手い選手であっても並々ならぬ選手二人相手に勝てるわけがない。確かに度肝を抜かれるプレーは数多く見受けられ誰が見ても実力はある。勝負は俺と島崎の勝ちで約束通り溝口はスタメンに戻ることになるのだが、問題はそこじゃない。

「実力派なのは解ったが…島崎、俺はコイツを認めたくはない。」

「…古川…」

「バスケが好きなのはプレーを見れば伝わってくる。けどそれ以外の行動が気に食わない。不良ぶって暴力振るうとか問題を起こす辺りスポーツマン失格だろ?監督も島崎も実力ばっか見過ぎだ。」

「古川…スポーツは実力主義の世界だろ?強い奴が勝ち続ける。お前だってそんな世界に居たんだろ?それとも今までの試合で戦ってきた相手は全員悪いことなんて知らない良い子ちゃんだと思っているのか?」

 溝口が言っていることは的を射ていて、自分が一番幼稚な考えだと言うのは解っている。俺は気に食わないとか子供みたいな理由で、一つになろうとしているバスケ部を壊している。島崎だって心の底から戻って欲しいと思っている訳ではないだろう。彼だって溝口の行動に頭を抱える日々だ。

 どうしてお前は我慢できるんだ?

 確かに溝口が居れば全国はぐっと近づくし、全国制覇も視野に入るくらいだ。溝口の実力がどれ位重要かは分かる。でも…

「俺は…溝口を使うのは反対だ。例えどんな理由を背負っていてもチンピラみたいな行動をする奴を仲間だなんて思えない。子供だって笑ってくれていい。俺は自分を変えられないし、変わる気なんてない。」

 俺の名前を呼ぶ島崎の声が聞こえたが心は動かず、エナメルバックを肩にかけて無人公園の出口へ向かう。後ろからアヤカがついて来て、いいの?と聞いてきたが俺は終始無言。それを肯定と汲み取ったのか黙って俺について来た。


 俺と溝口の絡みはこれっきりになる。いいの?というアヤカの言葉が溝口のこれからを暗示していたのだとしたら、俺はあの時戻って話し合うべきだった。意見をぶつけ合ってアイツの心を聞くべきだった。今としては後の祭り、俺は一週間後に溝口俊介が行方不明になったと知った。



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