蛾の誕生編 第三話 第三幕 NOT因子
傍観者 ヴィルマ・ガソット
ホテルに着いたのは日が完全に落ちてからだった。部屋に戻るとそこには連絡した通り神戸教官がベッドに腰を掛け、テレビのニュースを見ながら待っていた。どうやら成田国際空港前で起きた奇怪な事件について特番が組まれているらしい。
「神戸教官…」
「警察にでも見つかったか?」
テレビから目を逸らさずに教官は言った。
「はい。まあ…ですが教官。どうして彼らの様な公的機関と協力できないのです?どう考えても不便ではないですか?」
「ヴィルマ君。君はNOTについて勉強しているよね?」
NOTについて一般人は知らない。奴らは人間を生命源とし、内側から人間を食らう。奴らにも知能があり、頭のいい奴ほど用意周到に時間をかけて人間を食らう。取り憑いて何年もかけて体を少しずつ蝕み、本人に自覚が無いうちにそれはNOTへと変わる。NOTは取り憑いた場合、見た目は人間と見分けは付かない。だから、私たちは中でも頭のいいやつに対して警戒しなくてはならない。
「はい、承知しています。」
「君の報告から聞こうか。」
「陽正高校の生徒から聞き込みを行った結果、どうやら神隠し事件について詳しい人物は居ないようです。消えている生徒は十二名。しかし、一つ気になる点が…」
「なんだい?」
「陽正高校男子バスケットボール部です。凄い選手がいます。」
「ほう…それで…?」
「どうやら、人間離れした動きをするようなので調べる価値はあるかと思いました。他の部活や、学業面で飛び抜けた才能の持ち主は見当たりませんでしたし、可能性は高いかと思います。」
「そうかい。やってみな。ただし、長期戦を覚悟することだ。…NOTは興奮するとボロを出しやすい。そこのところは人間に似ているんだろう。」
「それは…?」
「これは経験談だ。覚えておいても損はない。支給された武器は持っているのだろ?」
「ええ。常に持っています。」
「それがいい。君がある程度の確信を持ってNOTと思しき奴らを特定したということはNOTである確率は高いはずだ。運命なのか、NOT因子を埋め込んだ我々十三委員会の兵士たちとNOTは惹かれ合い易い。」
私は腰のホルダーに収められた棒を抜き取る。その棒は剣のような形状に加工してあるが、殺傷能力は低く先端がやや丸みを帯びた形になっている。
「不斬黒刀。またの名をNOT -BLADE。対NOT用に十三委員会が開発した刀だ。僕らNOT因子を持つ者は無意識のうちに体からあるパルス状が溢れている。ある周波数と言ってもいい、十三委員会の服もその不斬黒刀もそのパルスを流しやすい、共振しやすい素材で作られている。そして僕らNOT因子を持つ兵士たちとオリジナルのNOTが発しているパルス、周波数は完全に同じであり、この僕らとNOTのパルスが相殺し合う。するとどうなるか…」
「…NOTに直接攻撃が当たる。」
「ご名答。一般の兵器、拳銃、ミサイル、細菌ウイルス、核に至ってもNOTには通用しない。通用しないのはそれに対して耐性があることを意味している訳ではなく、単に奴らに届いていないというだけの話なんだ。NOTの防御壁とでもいうのだろうかね。だが、その下は驚くほど柔らかく弱い。故に殺傷能力は必要ないんだ。」
「それに意味があります?」
不斬黒刀をホルダーに仕舞いながら私は神戸教官に尋ねた。首を捻ってやっとこちらを向くと、私に指を指した。
「君みたいな新人の為だよ。」
「…と言いますと?」
彼は自分の刀を抜いて私に見せた。どうやら私のものとは若干形状が違う、というよりもしっかりと砥がれ、刀として存在していた。
「僕らみたいなベテランはある程度、人を殺すことを止む無しとして割り切っているから見てごらん。僕の不斬黒刀は刃が付いている。しかし、君のは付いていない。どうしてだかわかるかい?」
「えーと…」
「答えは至極簡単さ。僕らは人をも殺す。これが警察、国家権力と協力できない由縁だ。しかし、誤解が無いよう正確に言うと僕らはNOTと認定したNOT憑きの人間を殺すということだ。半人半妖とでも言うのかな、半分は人間、半分はNOTの悪魔、だから僕らは人間を殺しているということになり、半人半妖だと皮は人間だ。人間は流石に刃が無いと斬れないだろう?だから僕らの不斬黒刀には刃が付いている。」
「しかし、不斬黒刀と…?」
「不斬黒刀。それは斬らずの刀だからその名が付いたのではなく、不=NOTを斬る黒刀だから不斬黒刀という名になった。」
教官はホルダーに不斬黒刀を仕舞うと私を隣に来いと促した。急いで向かい、ベッドの隣に腰を下ろすと、神戸教官は腕を捲り、ホテルのメモ用紙とセットで置いてあるボールペンを持ち、芯を出すと自分の腕に向かって思いっきり突き刺した。
「わっ…!」
私は思わず目を瞑り顔を背けた。神戸教官は変わらぬ声で私に語りかけた。
「怖がらないでいい。予想した結果にはなっていないよ。」
恐る恐る目を開けると、ボールペンは捲り上げられた腕に刺さることなく数ミリ手前で静止していた。眼を凝らすとその数ミリの間には空気の歪みのようなものが見られる。
「教官…これが…」
「ああ。これがNOTのパルスによる防御壁って奴だ。だから、一般の武器は俺たちにも効かない、僕らは一般市民からしたら人間の皮を被った化け物だと思われても仕方がないことだ。これも他国が僕らを受け入れない理由の一つにもなっているだろう。だけどこれなら…」
神戸教官は自分の不斬黒刀を抜刀し、捲られた腕を傷つけた。当然のように赤い血が流れ落ちる。
「あ…っ!」
「わかったかい?僕らの武器は半人半妖の者に、強いて言うなら味方も殺せるつくりになっている。それが教官たる僕らクラスの人間の使命さ。不本意でも仲間の始末すら任務に入ってくる。残酷な世界だよ。」
話に気を取られていると神戸教官の出血が止まる。驚くほどの速度で傷口が再生していたのだ。
「これが…NOT因子の恩恵ですか…」
「そうだね。NOT因子において長所となる部分は多い。筋力、視力、敏捷力などの身体能力の向上そして、細胞の活性化による高速再生。しかし、恩恵を受ける反面、短所として、短命、因子の暴走。不安定なこと極まりない。短所をどうにかして改善できれば凄く過ごしやすい体だよね?風邪とか引かないし、もし怪我してもすぐ治るから便利だし。でもさ、十三委員会なりの気遣いだろう。君らみたいな見習いや新米には人間を殺す罪を犯さないように配慮してくれているんだ。一応ね。だからって訳でもないけど、新米や見習いには基本僕らクラスの誰かがついてハイブリッドが出た場合と誰かが裏切った時に備えている。十三委員会から支給されたものは常に身に着けているんだよ。でないと自分を守れないからね。」
「はい、解っているつもりです。」
「長期戦で考えるんだ。見習いの時から急ぐ必要はない。そして一つヒントをあげよう。陽正高校の男子バスケ部だったよね?」
教官は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。それは陽正高校の年間日程表だった。見ていくと来週の土曜日に男子バスケ部の練習試合が入っていることに直ぐ気付いた。
「教官…これは一体どこで…」
「立場上、法に触れることも少しはやらないといけないんだよヴィルマ君。…僕の予想ではもしヴィルマ君の予感が的中していたとしたらその練習試合の日に何か起こるんじゃないかと思う。イベントってのは重要で思い出に残りやすい。感情に関与しやすいってことになる。今が不安定な状態ならばここらで何かが起きても不思議じゃない。だが、油断は禁物だ。これはあくまで予想であって、絶対ではない。NOTが君の心の準備を待ってくれているとは限らない。」
「はい…」
「心の準備はしておいてくれ。君の父と母の時みたいにはならないと思うけれど、初めて君はNOTの敵として向かい合うんだ。それなりの覚悟は必要だと思う。」
「…はい、それも解っているつもりです。前々から覚悟していたことでしたので。夢を捨ててこの世界に足を踏み入れたのは確かに憎しみや恨みからでしたし、今だって父と母の仇討ちの為にNOTを斬りに行くようなものです。憎しみが唯一の私の支えですか…わああああああ…」
ふいに神戸教官は私の頭をぐりぐりと撫でまわした。ぐちゃぐちゃになった私のロングヘアを見て神戸教官は笑った。
「でも、背負い過ぎは駄目だ。確かに殺伐とした裏社会に僕らは居る。だけれどもそれは表をより安全に綺麗に保つためだ。自分が理想とする世界になるように僕らは戦うんだろ?憎しみ、恨みを捨てろとは言わない、…けど笑ってなさいな」




