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朝、目を開けると隣から視線を感じた。

「……麻也」

麻也はその言葉にドキリとした。

「昨日、胸の中で呟いた」「う、嘘です!そんな…」勢いから横を向くと、帝は麻也の腰を引き寄せ、首筋の白い柔肌に口づけた。

「嘘ではない。そなたは私にそう呼んでほしいと言った。それが本当の名だと」麻也が黙っていると、帝は耳に唇を近づけた。

「私の真名は、朔哉。真名の交わりは三日夜餅に相応する。…そなたの背の君は私だけだ」

「…背の君」

微かな呟きに帝――朔哉は微笑んだ。

「二人だけの時は真名で呼び合おう。…一夜の契りで子を授かるのは難しい。だが、我らが契るのも昨夜が最初で最後かもしれない」 朔哉はそれだけ言うと立ちあがって、直衣を纏い始めた。麻也も起きあがって、乱れた単を整える。瞳の端に捕らえた褥には赤い花が散っていた。

「…麻也?」

朔哉は麻也の視線に気がつき声をかけた。

「私の体は…帝に召されたですね」

朔哉はその紅花を見て優しく微笑むと、麻也に口づけた。

「私は心が欲しかった。その清らかな心が私を見つめると救われたように思うんだ」

「帝…」

「私の妃になってはくれないか」

「私は…」

朔哉のもとで毎日を過ごしたかった。だが、悲劇は必要なのだ。このまま、朔哉のもとに身を寄せても離別が待っているに変わりはないだろう。

「帝のことはお慕い申し上げております。ですが、行けません」

「私の愛が信じられないのか」

その瞳はとても真剣で美しかった。だからこそ、その瞳に心中を見抜かれそうで怖かった。

「みか…」

「こちらをちゃんと見ろ」頤を持ち上げられ、視線が交差する。

「み…帝……」

「名を呼んでくれ」

名を呼ぶのが怖かった。声までも相手のものになってしまうようで。

何も返事しないでいると朔哉は麻也に頭を傾けた。 唇が触れた。そう思ったのはつかの間で、唇を何かでこじ開けられた。それが相手の舌だと気がつくのに時間はかからなかった。

「…ゃ。……て」

抗いの間に拒絶を示す。

「私の名を言え」

噛みつくようなそれに抗うことはできなくなった。

「…ぅ。…さ、朔哉さ…ま」「好きだよ。…麻也」

 彼は麻也の唇を優しく奪い、麻也の髪をまさぐった。指の腹が頭皮に触れる度に麻也はその刺激に震えた。「私の宮に来て、夜毎私を慰めてくれ」

「朔哉さま、…それだけはご勘弁下さい」

「何故!?」

朔哉の声は震えていた。

「…今は、言えません」

麻也、と朔哉は呟いた。

「わかった。もう宮に入れとは言わない。だが、これでもう我らが会うことはないだろう」

麻也はぱっと顔を上げた。朔哉の顔は苦痛に歪んでいた。

「宮に来ない人間が、私に会えると思うな。だが、宮に来ようとも後ろ楯ないそなたは更衣止まりだろう。女御らに目の敵にされ、苛められるより私と離れていたほうがよいのかもしれぬ」「…朔哉さま。申し訳ございません」

「だが覚えておいてくれ。私の心はいつもそなたと共にあるということを」

「はい」

朔哉はその言葉にひっそりと微笑すると麻也のちょうど心臓の位置に口づけを落とした。そのとき麻也の体が小刻みに震えたことがわかった。

「子を授かったら文で知らせてくれ」

「わかり…ました」

 月光が御簾を通して見えた。満月だった。麻也の瞳から、つと涙が伝う。今夜は陰暦葉月十五日――その日は惜しくも『竹取物語』でかぐや姫が月に昇天したおよそ半月前のことであった。

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