恋心 -FOLL IN LOVE-
――それから数年の月日が流れる。
麻也は、帝への文を書き終え、筆を置いた。
いつの間にか、帝からの文を楽しみにしている自分がいた。帝は優しい。一生文通友達で終わるかもしれないのに、何も命令しないし、何も言わない。
だが、これもいつまで続くかわからなかった。ただ一つわかっていることは、さほど遠くないうちに月に帰らなければならないということだ。だが、これは「かぐや姫」の物語ではない。「麻也」の物語だ。
そのことを考える度に異様に胸が疼いた。自分の物語なのに、誰も「麻也」と呼んではくれない。翁も嫗も、帝も…。皆、麻也を「かぐや姫」と呼ぶ。ことさら、帝には本当の名前で呼んで欲しかった。あの美しい声で。
――そして、もう一度会いたかった。
宮中では、帝が最近、女御や更衣の所へ行かないともっぱらの噂だった。右近もその事については十分承知していた。その為、帝に進言しても何一つ変わらない事もわかっていた。
帝の気持ちも、なぜ女御や更衣の元へ通わないのかということも。
あの竹から生まれた姫は梅壺の女御のような整えられた美しさを持ち合わせていない。強いて言うなら、あの姫は気性が激しい。その物怖じしない言い方に、帝は惹かれたのだと思う。
帝は決してかぐや姫にうつつを抜かしている訳ではない。文を交わし会う中であり、無理に召し上げようとなさらない。
かぐや姫と出会ってから帝のお顔が明るくなった。かぐや姫ただ一人に恋してしまったため、御自ら後宮に向かわなくともよくなったのだ。しかし、帝には御子がおられない。今、春宮には御妹君の熙子様が御立ちになられているが熙子様は大納言で未婚の従兄の橘定一様を慕っておられるご様子。御二人を添い遂げさせるには春宮の座は邪魔だった。
「主上さま、元日祝いにかぐや姫様を招待しては如何でしょう」
根気よく返事を待つ右近に帝は重い口を開けた。
「無理だ。私が向こうに行く以外に方法はない。文にそう書いてあった」
「それでは、会いに行きなさいませ」
帝は、ちらと右近を見た。「皇子の話だろう。俺には、身分の畏を借りて、あの純真無垢な乙女と契ることなどできぬ」
「とにかく、行ってごらんなさいませ」
右近の熱心な薦めに、帝は重い腰を浮かした。
麻也は驚きを隠せなかった。
まさか、帝が来るなんて。麻也は文をもう一度見直した。嘘じゃない。「行く」と書いてある。
帝の一言がこんなに心を騒がせるなんて知らなかった。