私の物語 -MY STORY-
麻也は冷たい褥の上に無理やり座らされ、唇を尖らせた。
「怒っているのか」と帝が機嫌を伺ってくる。麻也は顔を背けたまま、「別に」と素っ気なく答えた。
微かな月光が御簾を通り抜けて体を濡らす。ちらりと帝を見ると、濃紺の直衣が月の光を受け、衣模様がきらきらと輝いていた。
「今宵は満月だな」
その声を聞き、着物の彩模様に目を奪われていた麻也は我に返って目を反らす。その慌てぶりに、帝は(初な女)と微笑みを浮かべた。
「……」
何を言いたいのだろうか、この男は。麻也は、顔の熱さを否定するように考えを巡らせた。
「姫は…なよ竹のかぐや姫は…美しいと人に聞いたが予想以上にいい」
その言葉に麻也は静かに、諭すように言った。
「嘘を、つかないで下さい。帝は幾人もの女を召しておいでです。例えば…当代一と評判の梅壺の女御様。それに引き換え、私は美人ではないし、ましてや器量良しでもないです。私のような女など、帝とは不釣り合いかと…」
突然腕を掴まれた。相手の目を見れば、それはとても真剣で。怖くなり、震える声でそれを拒む。
「は…放してください」
「怖いのか」
彼は端正な唇を歪めたかと思うと、麻也の腕を勢いよく引き寄せた。そして、流れるような仕草で均衡崩した麻也を押し倒した。
虫の音が庭から聞こえてくる。風流なはずのそれが、逆に恐怖心を煽り立てた。いつの間にか、四肢の自由がすべて奪われ、顔を背けることがせめてもの抗いだった。
「梅壺よりも、好みだ」
背中に寒気が走った。帝は言葉は絶対だ。求められたら、何事も拒否してはならない。けれど…。
「…逃げないから。今はやめてください」
ようやくわかった。
これは「竹取物語」ではなく、「私の」物語なのだということを…。
帝は彼女の悲痛な叫びに眉を寄せた。
「どういう意味だ。…私に仕える気になったのか?」「…仕えることはできません」
理由を訊かれたらどうしよう。自分が本当はかぐや姫じゃないなんて言えないし、言っても信じてくれないよ。
「何故?」
やっぱり訊いてきた。
「…言えません」
もどかしさから、目を反らす。
「あぁ、そう」
思わず耳を疑った。疑ってくると思っていたのに。
「疑わないの?」
思わず、敬語が抜けてしまった。しかし、その事を帝は咎めなかった。
「疑うわけないだろう。……連れて帰るのだから」
また腕を引っ張られた。今度は引きずられていく。女である彼女の力では、男しかも年上の帝の力に抗うことはできなかった。
(この場にとどまっていられれば…)
と、麻也が咄嗟に願った瞬間、麻也と帝を繋ぐ接触部に雷が落ちた。今でいう静電気のようなものだったと思う。帝は指を引っ込めた。「…影が…」彼が絶句したまま言う。
(影…?)
麻也は帝の不可解な行動に疑問を感じ、彼の視線の先を見た。そして驚愕する。 まるで、体全体に黒い靄がかかったようだった。まさに影。
「…それほどまでに私の下に来たくないのか」
彼の声は、少し哀しそうだった。
それから、帝から小まめに文が届くようになった。宮中の出来事やたわいもない話。そのすべてに麻也は返事をした。