顔合わせ -SEEING ME FOR THE FIRST TIME-
麻也は大きな失敗をしてしまったと頭を悩ませていた。
物語上のかぐや姫は帝に手紙を送ってない。帝が訪ねてきた『後』に、二人の文通は始まるのだ。しかも帝からは、
(貴女の美しいお手を見て、今すぐにでも貴女に会いたくなりました。ですがそれは叶わぬ思いなのですね)みたいな感じの歌を送ってきたし!まぁ、無視したけどさ。
物語の歯車が徐々に狂い始めている。これからは何が起こるかわからない。予測不可能だった。
帝は来る。いつかわからないけど、確実に。目の細いぽっちゃりしたオジサンだったらどうしよう…。源氏物語の絵みたいなの。ヤだな。お父様に訊いてみようかな…でも、変な誤解されたら困るからなぁ。はぁ…どうしよう。
――満天の星が煌めく夜。 麻也は御簾の外に出て、星を見ていた。今日は新月。月明かりはなく、虫の音も聞こえてこない。その静寂さが不気味だった。
「はぁ…」 息を吐くと白い霧となって空気中に溶け込んでいく。
(さむ…っ!)
寒さから逃げるように御簾の中に入り、小袿の襟をかきあわせる。
「単じゃなくて良かったぁ…っていうより、なんで童がいないのよ。格子を下げる人がいなくて、余計に寒いじゃない」
麻也は唇を尖らせ、独り呟いた。
「貴女は寒空の下でも美しいな。叫ぶなよ。この西の館には俺と貴女しかいない」 耳に直接優雅な声色が滑り込む。
体が動かない。動けないのだ。抱きしめられているために。後ろにいる声の主は、男。該当者は約一名。
「…帝、ですね」
「会いに来てしまった。俺は堪え性ではないのでね」
「一生来なくて良かったです。と言うよりも、体を離してもらえませんか」
イラッときて腰に回された手を叩く。
「無理矢理な男は嫌いです」 その声に後ろの男は微かに笑った。
「文を寄越したのは貴女でしょう」
突然体が浮いた。
「なっ…何をなさる!」
「抱き上げたくらいで騒ぐな。…小袿姿で良かったよ。十二単だったら腰抜かしていた。そんな馬鹿はやらないがな」
顔が見えた。
(う……そ…)
あの、青年だった。時雨殿ですれ違った紺絣の美男。彼は少し髪長だが、この男は髷にしているために短い。烏帽子を目深に被り、濃紺の直衣を着ている。
帝は麻也の視線に気がつき、笑いかけた。
「俺の顔に塵がついていますか」
「…いえ。あの、私たち顔見知りではありませんよね」 「何をおっしゃるかと思えば…。初めてですよ」