無いはずの文 -THE LETTER WHICH CANNOT BE-
「主上、どうなさいました?」今上帝はかぐや姫からの文を見て、唇を歪めた。
「嫌、だとさ」
そして、右近に文を投げて寄越した。文は桃色の上等な和紙で包まれた桃の花びらで、「否」と一文字書かれている。
「随分と素っ気ないお返事ですが、これからどうなさるおつもりですか」
「『実力行使』は嫌だぜ、正直言って」
「では…」
「親から攻めるか」
竹取の翁は帝から呼び出しを食らったので腰を抜かした。近頃は帝の使者が来るわ、ばあ様は短気になるわどうかしちょる。そう、ぶつぶつと呟きながら一番上等だがヨレヨレの水干を着る。
帝の私邸である清涼殿は掃除が隅々まで行き届き、塵や埃は一粒も落ちてはいなかった。
天井から御簾が垂らされており、帝の顔はわからなかった。
「面を上げよ」
翁は顔を上げた。帝は齢19で大変、美男だときく。最近は干魃や川の氾濫が起きてはいない、歴代屈指の賢帝だ。
「竹取の翁よ。突然だが、そなたの娘のかぐや姫をわたしに渡す気はないか?」
「かぐや姫を、でございますか。ですが前に主上様の御使者がわたくしの屋敷に見えましたとき、我が娘は」
「嫌がった。が、かぐや姫は齢17。もう婚期は過ぎている。そなたも早く孫の姿は見たくはないか?」
翁は何も言えなかった。図星を指されたからだ。
「かぐや姫を召した暁にはそなたに従五位の下の位を授けよう」
従五位の位は天上人。平民に貴族の位を授けるほど、この帝はかぐや姫を欲しているのか。
確かに孫の顔は見たいがここで返事をしてかぐや姫が許してくれるだろうか。「かぐやはわたくしめの実の娘ではありませんので、本人に訊いてからでしか返答しかねまする」
「絶ッ対に嫌です!」
「かぐや姫が宮中に上がれば、わしは貴族になれるのぢゃよ」
「だったら、お父様が貴族になったのを見届けて、自刃して果てます。お父様、帝の御言葉をすべて鵜呑みになさらないでください。私を召し上げたいなんて狂気の沙汰だわ。なんて馬鹿げているのでしょう。帝には私から文を出しておきますわ」
主上さまへ
私が主上さまに召されるかどうかは主上さまと私の問題です。従って、我が父に話しを持ちかけるなど言語道断。そんなに私が欲しいなら、ご自分でいらっしゃったらいかがですか?それとも、主上さまはお一人では何も出来ないのですか?
「言ってくれるねぇ、なよたけのかぐや姫。右近、日を改めて、牛車を用意しろ」
主の軽やかな声に右近は目を白黒させた。
「は…ぃ!?何故に牛車なのですか?」
彼は端正な唇をつり上げ、立ち上がった。
「姫からの呼び出しだ。試されている。翁には直前に連絡しろ。この姫は頭が速いそうだ。バレると困る」
確かに頭が良さそうだったと右近はかぐや姫の顔を思い浮かべた