月にて -AT THE MOON-
翁と嫗にすべてを話した麻也は、その日から外に出してもらえなくなった。
「…朔哉さま。朔哉さま」
ひとりになると決まってその言葉が漏れる。
満月まであと5日…。目の下が涙のせいで赤く腫れていた。泣いても仕方がないことはわかっている。承知の上だ。
「今一時、泣くのを許して下さい…」
麻也は切実にそう願った。
この後のことは皆さんもご存知だろう。
翁は帝に武士たちを借りかぐや姫の昇天を妨げようとするが、失敗する。最後にかぐや姫は帝宛てに歌を詠み、不老不死の薬と共に翁に託した。
朔哉は麻也が月に昇るのを宮の縁から見てたいた。
「孕んでいたのだろうか…皇子か皇女か。…俺は鳥を逃がしたのか」
その独り言を右近は黙って聞いていた。
「右近、俺は鳥を囲えば良かったのか」
「帝…、私にはわかりかねまする。あの少女は…まこと月のお人であられたのでしょう」
朔哉は瞳を閉じた。
「俺は好きだったのか…」 右近は何も言わずに頭を垂れた。
姫様、姫様と何度言われても実感がわかない。麻也は天女たちの呼び掛けに無視を決め込むと文机の前に座った。
物語のかぐや姫は天女の羽衣を羽織ると地上世界の記憶がなくなるとあるが、あれは嘘だ。なにも忘れていない。
ぽろぽろと眦を伝うものにはもう慣れた。
「沙羅…」
と呼ばれた。まだ慣れないが、新たな名だ。呼んだのは月の帝…私の兄。
「兄上様…」
「なぜ泣く…あの男が忘れられないのか?」
麻也はそっぽを向いた。「カグヤヒメ…だったな。向こうでの名は」
月帝はため息をついた。麻也は月帝の言葉を無視すると、近くにあった本を読み始める。
「下界の帝は、それほどまでに恋慕う程の男だったのか」




