【再会】懐かしき友。-3
洗面台。
トイレ。
ロッカーにベッド。
コンパクトだけど、機能的に配置された木目調の家具と、清潔な白い室内。
淡いイエロートーンのカーテンに半分だけ覆われた大きな窓を背にして、部屋の中央に置かれた白いパイプベッドの上。そのベッドに背を預けて、淡いピンクのパジャマに身を包んだハルカは、静かに座っていた。
私に真っ直ぐ向けられる、大きなライト・ブラウンの瞳も。
少女のような、白い頬のラインも。
ゆったりと両サイドで三つ編みにされた、癖のない明るい色の髪も。
何もかも。
まるで、時間なんか経っていないように、あの頃のままで。私は、なんだか、鼻の奥にツンと熱いものが込み上げてきてしまった。
――や、やだ。
これで泣いたりなんかしたら、笑っちゃうよ、私。
ハルカが、くしゃっと、零れるような笑みを浮かべる。
「あーちゃん!」
懐かしい声が、さらに涙腺を刺激する。
「ハル……カ」
喉の奥に絡んだ声が掠れて、うまく出てこない。
――こら。
見舞いに来た人間が、ぺそぺそしてどうするんだ。
しっかりしろ、亜弓!
私は、心の中で自分に活を入れると、ベッドサイドへ歩み寄った。
「ハルカ、久しぶりー。ゴメンね、浩二に聞くまでハルカが入院したこと全然知らなくて。あいつめ、もっと早くに教えろって言うのよね! あ、はい、これお見舞い。お花と、適当に面白そうな雑誌とか小説とか持ってきてみた」
私は、涙がこぼれそうになっているのを悟られまいと、早口でまくし立てた。
「ありがとう、あーちゃん」
そんな私に、ハルカはニコニコと柔らかい笑みを向けてくる。
「持ってきた本、全部読んじゃって退屈してたところだから、助かっちゃった。あ、ミニ向日葵だね。わたし、大好きなんだ」
『えへへ』と、はにかむように言うその表情に、涙腺が悲鳴を上げる。
ああ、ヤバイ。マジで泣きそう。
な、なにか、気持ちを紛らわせる方法は!?
忙しなく考えを巡らせていると、今自分が手渡したばかりのミニ向日葵の花束が目に止まった。
これだっ!
「あ、花瓶ある? 私、お水汲んでくるから」
これは、花を花瓶に活けるのを口実に、いったん病室から退散しよう。
そう目論んだのに。
「あ、花瓶はそこ。入り口の洗面台の下に入ってると思う」
ハルカの白い指先が指し示す方に、ハッとして顔を向ける。
げげ。
そうだった。
この病室、部屋の中に、洗面台もトイレもくっついてる!
「あ、あはは。今の病院って、至れり尽くせりだよねー。ビックリしちゃったよ、私」
こうなったら、浩二を話のツマにして、この難局を乗り切ろう。
私は、そう心に決めた。
この際。薄情な従弟殿には、犠牲の羊になってもらうことにする。
洗面台の下から花瓶を出して、ミニ向日葵とかすみ草の花束を活けながら、私は小さな計画を行動に移した。
「浩二ったら一緒に来ればいいのに、『俺は喫煙室にでも行ってる』なんて言うのよ。薄情なヤツよねまったく」
「浩二君が、そんなことを?」
「そうなのよ」
って、あれ?
ハルカって高校の時、浩二のこと、確か『佐々木君』って呼んでなかったっけ?
なんてチラリと不思議に思った。
でも、もう卒業してから七年も経つんだし、私が知らないハルカと浩二の接点があるのかもしれない。何度か、お見舞いにも来ているみたいだし。呼び方が変わっても、不思議じゃないか。
「まあ、タクシードライバーして貰ったから、文句は言えないんだけどね。女の子の病室だから、浩二ったら照れてるのかしらね」
「そうなのかな?」
少女めいた仕草で、ハルカが小首を傾げる。
ハルカだって私と同じ、二十五歳。
もう女の子って年じゃないんだけど、ハルカの場合『少女』って言っても違和感がない。
「きっとそうよ。アイツ、ああ見えても、照れ屋なところがあるからねー」
きっと今頃、浩二は、喫煙室でくしゃみを連発しているに違いない。
「そうだね」
ハルカは、楽しそうにふふふと笑った。
おう、浩二君。
君もなかなか役に立つじゃないか。お礼に、もっとネタにしてあげよう。
気を良くした私は、更に浩二の話題を続けることにした。
「そうそう。それに何だか、下っ腹に肉が付いたから、ダイエットしてる~なんて言うのよ。あのスリムな体型で言われてもねぇ」
クスクス笑いつつ、活け終わった花瓶を、ベッドサイドのテーブルの上に持っていく。
「ここに、置いとくね」
と、テーブルに落とした視線の先にあるものに気づいて、私は、ものの見事に全身『ぴきん』と固まった。
えっ?
何これ?