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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
9/33

  【再会】懐かしき友。-3


 洗面台。

 トイレ。

 ロッカーにベッド。

 コンパクトだけど、機能的に配置された木目調の家具と、清潔な白い室内。

 淡いイエロートーンのカーテンに半分だけ覆われた大きな窓を背にして、部屋の中央に置かれた白いパイプベッドの上。そのベッドに背を預けて、淡いピンクのパジャマに身を包んだハルカは、静かに座っていた。

 私に真っ直ぐ向けられる、大きなライト・ブラウンの瞳も。

 少女のような、白い頬のラインも。

 ゆったりと両サイドで三つ編みにされた、癖のない明るい色の髪も。

 何もかも。

 まるで、時間なんか経っていないように、あの頃のままで。私は、なんだか、鼻の奥にツンと熱いものが込み上げてきてしまった。

 ――や、やだ。

 これで泣いたりなんかしたら、笑っちゃうよ、私。

 ハルカが、くしゃっと、零れるような笑みを浮かべる。

「あーちゃん!」

 懐かしい声が、さらに涙腺を刺激する。

「ハル……カ」

 喉の奥に絡んだ声が掠れて、うまく出てこない。

 ――こら。

 見舞いに来た人間が、ぺそぺそしてどうするんだ。

 しっかりしろ、亜弓!

 私は、心の中で自分に活を入れると、ベッドサイドへ歩み寄った。

「ハルカ、久しぶりー。ゴメンね、浩二に聞くまでハルカが入院したこと全然知らなくて。あいつめ、もっと早くに教えろって言うのよね! あ、はい、これお見舞い。お花と、適当に面白そうな雑誌とか小説とか持ってきてみた」

 私は、涙がこぼれそうになっているのを悟られまいと、早口でまくし立てた。

「ありがとう、あーちゃん」

 そんな私に、ハルカはニコニコと柔らかい笑みを向けてくる。

「持ってきた本、全部読んじゃって退屈してたところだから、助かっちゃった。あ、ミニ向日葵だね。わたし、大好きなんだ」

『えへへ』と、はにかむように言うその表情に、涙腺が悲鳴を上げる。

 ああ、ヤバイ。マジで泣きそう。

 な、なにか、気持ちを紛らわせる方法は!?

 忙しなく考えを巡らせていると、今自分が手渡したばかりのミニ向日葵の花束が目に止まった。

 これだっ!

「あ、花瓶ある? 私、お水汲んでくるから」

 これは、花を花瓶に活けるのを口実に、いったん病室から退散しよう。

そう目論んだのに。

「あ、花瓶はそこ。入り口の洗面台の下に入ってると思う」

ハルカの白い指先が指し示す方に、ハッとして顔を向ける。

 げげ。

 そうだった。

 この病室、部屋の中に、洗面台もトイレもくっついてる!

「あ、あはは。今の病院って、至れり尽くせりだよねー。ビックリしちゃったよ、私」

 こうなったら、浩二を話のツマにして、この難局を乗り切ろう。

 私は、そう心に決めた。

 この際。薄情な従弟殿には、犠牲の羊になってもらうことにする。

 洗面台の下から花瓶を出して、ミニ向日葵とかすみ草の花束を活けながら、私は小さな計画を行動に移した。

「浩二ったら一緒に来ればいいのに、『俺は喫煙室にでも行ってる』なんて言うのよ。薄情なヤツよねまったく」

「浩二君が、そんなことを?」

「そうなのよ」

 って、あれ?

 ハルカって高校の時、浩二のこと、確か『佐々木君』って呼んでなかったっけ?

 なんてチラリと不思議に思った。

 でも、もう卒業してから七年も経つんだし、私が知らないハルカと浩二の接点があるのかもしれない。何度か、お見舞いにも来ているみたいだし。呼び方が変わっても、不思議じゃないか。

「まあ、タクシードライバーして貰ったから、文句は言えないんだけどね。女の子の病室だから、浩二ったら照れてるのかしらね」

「そうなのかな?」

 少女めいた仕草で、ハルカが小首を傾げる。

 ハルカだって私と同じ、二十五歳。

 もう女の子って年じゃないんだけど、ハルカの場合『少女』って言っても違和感がない。

「きっとそうよ。アイツ、ああ見えても、照れ屋なところがあるからねー」

 きっと今頃、浩二は、喫煙室でくしゃみを連発しているに違いない。

「そうだね」

 ハルカは、楽しそうにふふふと笑った。

 おう、浩二君。

 君もなかなか役に立つじゃないか。お礼に、もっとネタにしてあげよう。

 気を良くした私は、更に浩二の話題を続けることにした。

「そうそう。それに何だか、下っ腹に肉が付いたから、ダイエットしてる~なんて言うのよ。あのスリムな体型で言われてもねぇ」

 クスクス笑いつつ、活け終わった花瓶を、ベッドサイドのテーブルの上に持っていく。

「ここに、置いとくね」

 と、テーブルに落とした視線の先にあるものに気づいて、私は、ものの見事に全身『ぴきん』と固まった。

 えっ?

 何これ?




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