05【再会】懐かしき友。-1
土曜日は、今にも泣き出しそうな空模様だった。
もう、八月になるのに、少し肌寒く感じる。
アパートのある県南から、実家のある県北へは、電車とバスを乗り継いで約一時間半。同じ県内にあっても、ハッキリ言って、実家は田舎だ。
周りは、田んぼと畑と雑木林。
隣の家まで、って、これは従弟の浩二の家なんだけど、車で優に、十分はかかってしまう。それくらいの、ど田舎。
アパートのある県南は、都心に近いこともあって、それなりに発展している。で、目的地のハルカが入院している中央病院は、その名の通り県の中央にある。
暴露しちゃえば、アパートから直行すれば一番近いわけで、実家に帰る必要はなかった。だけどこの時、私は、無性に実家に帰りたかったのだ。
強いて言えば、この辺のホームシック的な感情が、直也に対する後ろめたさの一因かも知れない。
いったん実家に戻った私は、久々に母の手料理でお昼をすませたあと、浩二の運転する車で中央病院に向かった。
浩二に会うのは、お正月以来。
まだ半年くらいしか経っていないのに、少しばかり浩二の雰囲気が変わったような気がする。
サッカーで鍛えただけあって元々太っている方じゃないけど、頬のラインがシャープになっているし、何だか全体的に一回り痩せたような、そんな感じ。
髪を、短くしたせいもあるのかもしれないけど。
短いツンツン頭は、まるで高校生の頃に戻ったみたいな錯覚を覚える。
『にやけた顔をしている垂れ目のツンツン頭』って言えば、大抵の同級生には浩二だって分かったものだ。
それにしたって、やっぱり大分スリムになっているような気がする。
「何だか、浩二、痩せたんじゃない?」
思わず、そう聞いてしまった。
「サッカーやらなくなってから、下っ腹に肉が付いてなー。女の子がぽっちゃりしているのは好きだけど、男のぽっちゃりは許せないんだ、俺。だから、ダイエットしてんの」
と、浩二は、もともと垂れ加減の目尻に笑いじわを寄せて、カラカラと笑った。
けど、その笑顔にも、いつもの覇気がない。
「何よ、それ。どこに肉なんか付いてんのよ?」
助手席から、運転席の浩二の下腹部にチラリと視線を走らせたら、
「見るなよ、亜弓の、エッチー!」と、言われてしまった。
二十五歳のいい年した大人の男が言うセリフかい?
ああ、もう。こう言うヤツだった、こいつは。
具合でも悪いのかと、心配して損した。
ため息を付きつつ視線を上げると、フロントガラスにポツリと水滴が落ちてきた。それを皮切りに、次々に落ちてくる雨の粒。
「あーあ。とうとう降り出しちゃったね、雨」
「ああ……」
パタパタと、フロントガラスに、大きめの雨粒が丸い模様を描いていく。
動き出したワイパーの向こうに見えてきたのは、県下でも一、二の規模を誇る『中央病院』。地下二階地上四階建てのこの白い建物は、最近建て直しされたばかりで、見るからに真新しい。
ここには、国内でも名医と名高い心臓外科のお医者様がいるのだそうだ。ハルカは、そのお医者様の執刀で、心臓の手術を受けることになっているのだとか。
あまりに大きな、立派すぎるその佇まいに、なんだか、怖いような感覚に襲われてしまう。
子供の頃から、病院って何だか苦手だ。
病院が好きな子供の方が少ないだろうけど、私の場合は、八歳の時に亡くなった祖母が、入院して病気で苦しむ姿を見ていたから、よけいにそう思うのかしれない。
苦しみながら、まるで枯れ木のように、病院のベッドの上で息を引き取った祖母の姿が目に浮かんで、私は、来る途中、花屋で買ってきたミニ向日葵とかすみ草の花束を、潰さないようにそっと胸に抱え込んだ。
フワリと、微かなに優しい香りが鼻腔に届く。
向日葵って、なんだかお日様の匂いがする。
私は、静かに目を閉じて、懐かしい友の顔を思い浮かべた。
色素の薄い、サラサラのストレートヘア。
長いまつげに縁取られた、ライト・ブラウンの大きな瞳。
丸みを帯びた白皙の頬。
可憐なピンクの唇が、私の名前を呼ぶ。
『あーちゃん』
少し、舌っ足らずなハイトーンの澄んだ声。
ここに、ハルカがいる。
心臓の病を抱えて、入院している。
――私は。
私は、はたして。
ハルカに会ったときに、笑顔になれるのだろうか?