【秘密】後ろめたさの理由。-2
翌日。
いつもの社員食堂でいつものごとく、礼子さんとお昼を食べ終えた私は、ハルカのことを相談してみた。
「心臓病かぁ……。私の知り合いにも、心臓病の人間がいるから分かるけど、あれって本人も相当辛いけど、看病する方も大変なのよね」
「そうなんですか……」
心臓がおかしくなったら、即、命に関わるだろうことくらい、私の素人考えでも分かる。水を汲み上げるポンプが止まれば、水流は途絶えてしまうのだから。
「詳しい病状は……、分からないんだったわね」
「はい。いとこからの又聞きなんで、そこまでは……」
「食べ物は制限されているかもしれないから、お見舞いの品は、オーソドックスだけどお花か、そうね、何かお勧めの本でも持っていってあげたら?」
お花と、本かぁ。
今の季節だと、何があるだろう?
やっぱり向日葵かな?
確か、切り花用の小振りの向日葵があった気がする。
本は、どんな内容がいいんだろう?
ホラーとかは、もっての外よね。あまり、ドキドキ・ハラハラするのも、いけないような気がするし。泣ける話も、なんだかなぁ。ラブコメみたいのが、いいのかなぁ。
う~ん……。
と、考えを巡らせていたら誰かに後ろから肩をトントンと叩かれ、驚いて 視線を上げると、珍しく直也がいた。
「あれ、直也?」
別に社員どうしの恋愛が厳禁な会社じゃないけど、さすがに社内で会うのは、はばかられる。だから、お昼を一緒に食べることは滅多にない。
「あら、篠原さん、珍しく社食ですか?」
礼子さんが、ニコニコと満面の笑みを、私の背後に立つ直也に向けると、直也もニコニコ笑顔を返す。
同じ笑顔でも、礼子さんのはとっても艶やかで、直也の笑顔は、見ているとなんだかホッとする。
「相席、いいかな?」
「どうぞどうぞ。邪魔者は消えますので、ご存分に愛を語らってくださいな」
首を傾げる直也に、礼子さんはそう言って、洗練された所作で席を立ち上がった。
「ここへどうぞ、篠原課長」
最近、課長に昇進したばかりの直也に、恭しく両手を差し出して自分の座っていた椅子を勧める。
「礼子さんってば!」
いくら社内恋愛に寛容な社風でも、さすがに社食でイチャつけるほど、神経太くありません!
私が少し口を尖らせてみせると、礼子さんは愉快そうクスクス一笑いして、『じゃーねー』と右手をヒラヒラ振りながら社食を出ていってしまった。
「なんだか、追い出したみたいで悪かったな」
「いいのいいの。今から、デートだそうだから」
「へぇ。あの礼子女史のお相手か。少し、興味がわくな」
ほう。 真面目を絵に描いたような直也でも、そう言うのは気になるんだ。
お相手が、我が社の後継者である現専務で、家庭持ちだって知ったら、いったいこの人はどんな反応をするんだろう。と、イケナイ興味が湧いて、思わず直也の顔をマジマジと見つめた。
もちろん、話すつもりはさらさらないけど。
別に、直也を信用していないからじゃない。これは、秘密を打ち明けてくれた礼子さんに対する、私の人間としての礼儀。
それにしても、直也って、お魚、綺麗に食べるよねぇ。
と、焼きサンマ定食のサンマを、まるで作法でも会得しているのかと思うほど綺麗に食べる様子に見ほれていると、不意に直也が視線を上げた。
「あ、そうだ」
「え?」
メガネの奥の黒い瞳は、心の中を見透かされそうで、意味もなくどぎまぎしてしまう。
なんだろう、この感じ。
一番近いのはそう、『後ろめたさ』。
なにが、後ろめたいの?
別に、後ろめたくなるようなことなんか、してないのに。
「肝心な用件を忘れていた。亜弓、週末時間あいてるか?」
「え? ああ、今週末は実家に帰る予定なんだけど……、何か、用事があったの?」
「そうか、実家に……。じゃあ、仕方ないな。今度にするよ」
そう言って、少し肩をすくめると、直也は又食事に戻ってしまった。
「え、なに、何? 気になるなぁ、言ってよ」
「ああ。ちょっと、家の両親が、会いたいっていうもんだから」
はい!?
「ご……両親って、直也のご両親!?」
「そう。でも用事があるんだから、又今度で良いよ」
こ、これは、行くべきか?
行くべきなんだろうなぁ。
プロポーズしてきた、相手のご両親が『会いたい』って言ってるんだから、プロポーズされた側としては、馳せ参じてしかるべきよね。
実家に帰るといっても、同じ県内だから、無理すればなんとか往復できるんだけど。でも……。
迷ったのは、ほんの少し。正直言うと、今はハルカの病状の方が心配だった。それに、もしも今直也のご両親に会っったとしても、きっとハルカのことが気になって、何か粗相をやらかすかもしれない。そんな変な自信がある。直也のご両親に会うなら、万全の気持ちで望みたい。
だから。
「ゴメンね。高校の時の友達が病気で入院したっていうから、友達どうしで誘い会わせて、お見舞いに行くことにしたんだ。私だけなら、なんとでも融通きくんだけど……」
「そうか、友達が……。それは心配だな」
嘘は、言ってない。
なのに、気の毒そうに言う直也に対して、やっぱり私は、心の何処かで『後ろめたさ』を感じていた。