04【秘密】後ろめたさの理由。-1
アイツめ!
浩二のヤツ、私に嘘をつきやがったな!
仮にも、三ヶ月年上の従姉様に、嘘を教えるなんて良い根性じゃないか。
よーし、文句を言ってやらなくちゃ!
壁掛け時計をチラリと確認すると、十時を少し回ったところ。
この時間なら、さすがにもう会社から戻っているはず。
私は、すぐさま『おじさんち』。つまり父の弟の家である、浩二の実家に電話をかけた。
『はい、佐々木です』
「こっちも佐々木です」
都合が良いことに、浩二本人が電話に出たので、ぶすっとした声で名乗ってやった。
『んあ? なんだ、亜弓か?』
あちらさんも晩酌中だったのか、声に酔っぱらい臭が漂っている。
『珍しいな、どうした? お袋にでも、用があるのか?』
実にのんびりした声音に、なんだかムカッ腹が立ってくる。
おばちゃんに、用はない。アンタに用があるのよっ!
「亜弓かじゃないわよ! 浩二、アンタ、私に嘘を教えたでしょ!?」
『嘘ぉ? 何じゃそりゃ。何のことを言ってんだ?』
ほうほう、おとぼけなさる。
昔、子供の頃。
一人じゃどこにも出掛けられなかった弱虫のアンタを、魚釣りやカブトムシ取りに連れて行ってあげた恩を忘れたか、泣き虫浩二!
「伊藤君のことよ」
ドスの利いた声で言ってやったら、浩二は電話の向こうで一瞬声を詰まらせて、『あ、ああ、なんだ、そのことか』と、ポツリと呟いた。
『もしかして、今日のスポーツニュース、見たんだ?』
「見た。偶然だけどしっかり見たわよ、華麗なる逆転ゴール」
『……ふうん』
「ふうんって、伊藤君は高校の体育教師になったんだって、浩二、言わなかったっけ? 何で、プロサッカーチームで、ご活躍しているわけ?」
『まあ、なんだ、あれだ』
「なによ?」
『一度は、堅実に公務員になったものの、夢を、諦められなかったんだと』
「え?」
『だから、体育教師を辞めて、最後のチャンスだと思ってプロテスト受けたんだ。したら、見事に合格したとそう言うこと』
夢を、諦められなかった――。
こうと決めたら絶対引かない意志の強そうな、まっすぐな黒い瞳が、脳裏に浮かぶ。
それだけなのに。
胸の奥がどうしようもなく、ざわめく。
「そっか……。そういうことだったの」
とても、彼らしいな。
そう思っていたら、ふうっと、電話の向こうで浩二が大きなため息を一つ吐き出した。
「何? 悪かったわよ、嘘つき呼ばわりしちゃって。ほらさ、知ってる人がテレビに出てたもんでビックリしちゃったのよ、ゴメンね」
さすがに気がとがめて、素直に謝った。
『それは、別に良いけど。……亜弓、今、付き合ってる男いるんだよな?』
「は? いるけど、なんで?」
脈絡のない質問に、浩二の言わんとすることが掴めず、眉を寄せる。
私に彼がいたら、どうだと言うんだろう?
伊藤君がプロサッカー選手になったことと、どんな繋がりが?
『いや……』
電話の向こうに流れる、微妙な沈黙。
何だか、何かを言いたいけど『ためらっている』そんな感じ。
こんな浩二は初めてだ。
家が近所なこともあって、いとこの浩二とは、子供の頃から姉弟のように育った。
身内びいきになっちゃうけど、とても良いヤツだ。
お調子者な所もあるけど、善良で、お人好し。いつもニコニコ、ムードメイカー。だから、一見コワモテで他人から『恐いヤツ』『何を考えているか分からないヤツ』と敬遠されがちだった伊藤君と馬が合ったのだ。
もっとも、浩二はもともと、誰とでも合わせてしまうような『八方美人的』な所があるんだけど。
それでも、いとこの私から見ても、浩二と伊藤くんは、サッカーのチームメイトとしても友達としても、良いコンビだったと思う。
「何よ、歯切れが悪いなぁ。何か言いたいなら、ハッキリ言いなさいよ」
電話の向こうで黙り込んでしまった浩二に、発破をかける。
自分の優柔不断さは棚の上に上げちゃうけど、他人がハッキリしないのは、あまり好きじゃない。
『ああ。あのさ……』
「うん?」
『ハル……、三池のことなんだけど』
「え? 三池ってハルカのこと?」
『ああ』
何で、浩二からハルカの名前が出るんだろう?
高校を出てから、すっかり疎遠になっちゃったけど、ハルカも地元で、OLをしているって風の噂で聞いている。あ、そうか。伊藤君経由で、聞いたのかな?
あの二人は、きっと幸せにやっているんだろうな……。
また。心の奥に、ズキンと鈍い痛みが走った。
まったく。
いつになったら、この痛みは消えてくれるんだろう。
我ながら、往生際が悪いというか何というか。
それとも。
叶わぬ思いほど、時と共に薄れずに、募ってしまうものなのだろうか?
「ハルカが、どうしたの?」
『ああ。口止めされてたんだけど……。三池、今、中央病院に入院しているんだ』
「――え?」
ニュウイン?
一瞬、何のことを言われているのか分からずに、ポカンとしてしまう。
でも、『中央病院に』の単語で、その言葉の意味に思い当たった。
「入院って、なんで!? ケガでもしたの!?」
あまりに思いがけないことに、声がワントーン跳ね上がる。
色白で小柄で、華奢を絵に描いたような子だったハルカ。
入院だなんて、ベッドの上に寝ているハルカなんて、痛々しすぎて想像したくない。
『持病の心臓病が悪化したんだ』
浩二から聞いて初めて私は、ハルカに心臓の持病があったことを知った。
そう言われれば確かに、高校の体育も見学しがちで、保健室にも常連さんだった。だた、それは『虚弱体質なんだ』程度にしか私は認識していなかった。
まさか、心臓病だなんて。そんな大変な病気を、抱えていたなんて――。
一番の親友だと言いながら、私はハルカの何を見ていたんだろう。
いつも笑顔で。私に元気をくれた、ハルカ。
もっと早く連絡を取り合えば良かった。
そんな後悔ばかりが、頭の中をグルグル回る。
『亜弓?』
「あ、ごめん。中央病院に入院しているのね?」
『ああ』
「わかった、週末にでも、お見舞いに行ってみるよ」
じゃあね。
って電話を切ろうとしたら、浩二が『俺も一緒に行くから』と言いだした。
まあ、親友の彼女なんだから、お見舞いの一つもしなきゃだね。
と言うことで、今度の土曜日に、いったん実家に帰って、そこから浩二の車で、一緒にお見舞いに行くことになった。