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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
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03【偶然】繋がっていたい人。


『良い男で、良い夫』かぁ……。

 私も、その意見には、異議なしなんだけどなぁ。

 彼ならば、結婚しても態度が変わるなんてことは、まずないだろうし、子供が生まれても、きっと厳しくて優しい父親になるだろうって、そう思う。

 結婚相手として、これ以上を望むべきもないほどの、『いい人』なんだけど……。

 なのに。なんで、こんなに煮え切らないんだろう、私ってば。

「はぁあっ……」

 夜、アパートに戻った私は、妙な疲労感に襲われて、居間で風呂上がりの缶ビールを飲みながら、大きなため息を一つ吐き出した。

 テーブル代わりの明るい木目の家具調コタツに、二人掛けの淡いブルーのローソファー。そのローソファーに背を預けて、両足を『う~ん』と、前に投げ出す。目の前に置かれたサイド・ボードの上のテレビからは、本日のスポーツニュースが流れてくる。ちょうど、地元で行われたプロサッカーの試合のダイジェストらしい。

 サッカーか……。

 高校の時。

 ううん、中学の時からずっと。

 暇さえあれば、グランドを駆け抜けていく彼の姿を、目で追っていた。

 真っ直ぐ、ボールを追いかける真剣な眼差しに、小さな胸をドキドキと高鳴らせて。

 ただ、遠くで見ていられるだけで、それだけで、幸せだったあのころ。

 ふと、脳裏に浮かぶのは、忘れられない、『あの日』の光景。

 まっすぐなハルカの眼差しの向こうに浮かんだ、彼のちょっと照れたような笑顔――。

 忘れたはずの古傷が、胸の奥底でズキンと、微かな悲鳴を上げる。

 思い出したくなくても、思い出しちゃうんだから、こんなテレビ見なきゃいいんだけど、それでもついつい見てしまう。

 何かで繋がっていたい。

『彼に』

 心の何処かでそう思っている自分がいる。

「ったく……何年経ったと思っているのよ? いいかげん忘れなさいってば、諦めが悪いやつめっ」

 一人ごちって、テレビの画面にぼうっと視線を走らせる。

 伊藤君は、大学を卒業して体育の教師になったと、いとこの浩二から聞いていた。

 何でも、母校でサッカーの顧問をしているっていうから、彼らしい。今も、きっと、あの頃と変わらない真剣な眼差しで、ボールを追っているんだろう。

 感傷めいた思いに浸りながら、グビリと一口缶ビールを口に含んだ、その時。テレビの中で、緑のグランドを縦横無尽にボールを蹴り出していく一人の選手の姿がアップになった。

 青いユニフォームが、風のようにグランドを駆け抜けて行く。

「えっ……?」

 見覚えのあるその風貌に、思わず鼓動がドキンを大きく跳ね上がる。

 ま、まさか……?

 そんなはずはない。

 だって、伊藤君は、母校の体育教師になったって――。

 ドキン、ドキンと、うるさいくらいに鼓動が跳ね回った。

 まさか。

 まさかよね?

 信じられない思いで、画面を目で追う。

 その選手は、ブッちぎりでゴールを決めた。

 わき上がる歓声。

 そして流れるアナウンス。

『ゴール! 逆転ゴールを決めました、伊藤貴史選手! 見事な、逆転ゴール!』

『イトウタカシ』って、言ったよね、今?

 思わず、テーブルを脇に退けて、テレビの前まで這っていく。

 再び彼が映るんじゃないかと、固唾を飲んでテレビの画面を食い入るように見詰めていると、ゴールの様子がスローモーションで再生された。

 大柄だろうサッカー選手の中にあっても、飛び抜けた長身。

 日に焼けた、小麦色の肌。

 ボールを追う真っ直ぐな眼差し。

「伊藤……君?」

 本当に伊藤君なの?


 高校を卒業してから七年目。

 初めて目にした伊藤君の姿は、あの頃のまま。

 ううん。

 あの頃以上に、眩しいくらいに輝いていた――。




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