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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
32/33

  【約束】夏の終わりに。-2

 お焼香をすませ、すぐに帰らなければいけない伊藤君を、私と浩二は火葬場の玄関ポーチまで見送りにでた。

「忙しいのに、今日はすまなかったな、伊藤」

 申し訳なさそうに言う浩二に、伊藤君は、柔らかい笑みを向ける。

「日本に戻ったら、改めて墓前にお参りさせて貰うよ。その時は、一緒に酒でも呑もうや浩二。佐々木――、亜弓ちゃんも一緒に」

 佐々木が二人いるからか、伊藤くんは、私を『亜弓ちゃん』と呼んだ。

 なんだか、こそばゆいような恥ずかしいような妙な感覚に捕らわれて、私はちょっと焦りながらコクンと頷いた。

「うん、そうだね。呑もう、呑もう!」

「ああ。俺も、楽しみにしているよ」

 浩二もそう言って、笑顔にはほど遠いものの、微かに口の端を上げる。

 私は、一つ大きく息を吐き出し、背筋をしゃんと伸ばして、伊藤君の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「伊藤君」

「うん?」

「サッカー、頑張ってね。いつだって、一番に応援してるからねっ!」

 これが、今の私のせいいっぱい。

 友達として、親友の従姉として、サッカーという夢に挑戦し続けている伊藤君に送ることの出来る、せいいっぱいの言葉。

「ああ。ありがとう。頑張るよ」


 秋めいた柔らかい日差しの下。

 伊藤君の四輪駆動車が遠ざかるのを目で追いながら、浩二が静かに口を開いた。

「いいのか?」

「うん?」

「伊藤に、お前の気持ちを伝えなくても、いいのか?」

 ――私の気持ち。

 あなたが好きだって。

 誰よりも、あなたが大好きだって。

 ずっと、心の一番奥深いところで、息づいていた思い。

 伝えたい――。

 だけど。

「……うん。いいの」

 だって。

 今の私じゃダメだから。

 伊藤君のように、夢を叶えるために努力しているわけでも、ハルカのように、ひたむきに自分の生と向き合っているわけでもない。

 ただ漫然と、なんとなく毎日を、流されるままに過ごしてきた。

 そればかりか、自分の心を偽り優しい人を欺き続けて、最後には手酷く傷つけてしまった、そんな人間だ。

 だから――。

「今の私じゃ、胸を張って伊藤君に好きだなんて言えないから。今は、言わない」

「……そうか」

 私の気持ちを理解してくれたのか、否か。

 浩二はそれ以上は何も言わずに、上着の胸の内ポケットから何か白い紙を取り出し、私に差し出した。

「はいよ」

「え?」

 それは、小さな向日葵のイラストが描かれた、白い封筒だった。

 封筒の真ん中に書かれている、見覚えのある女の子らしい繊細な文字列が目に入った瞬間。私は、思わず、息をのんだ。

『あーちゃんへ』

 そこには、ハルカの筆跡で、そう書かれていた。


 あーちゃんへ。

 わたしは今、この手紙を病院のベッドの上で書いています。

 昨日の発作の時、死なずにこうして生き長らえたのは、きっとこの手紙を書くために神様がわたしに下さった、最後のプレゼントなんじゃないかと思います。

 あーちゃんがこの手紙を読むとき、きっと、わたしはもう、この世にはいないでしょう。

 でも、わたしは、自分の人生を不幸だなんて思っていません。

 私には、あーちゃんという、一番の友達がいて、浩二君という、一番大好きな人がいて、そして、かけがえのない、大切な思い出があったから。

 あの、高三の夏祭りの夜。

 本当は、伊藤君が好きなのに、告白をするというわたしの背中を、笑顔で押してくれたあーちゃんの手の温もり。

 苦しいとき、悲しいとき、あの笑顔と手の温もりに、わたしはいつだって励まされて来ました。

 もしもあの時、あーちゃんが『頑張れ!』って背中を押してくれなかったら、きっと、今のわたしはなかったし、隣に浩二くんはいなかったと思います。

 本当に、ありがとう、あーちゃん。

 あの時、あーちゃんは、わたしに勇気をくれました。

 だから、最後にわたしから、あの手の温もりの代わりに、エールを送りたいと思います。


 今、心から好きな人がいますか?

 もしもいるなら、その人に、好きだと、言ってください。

 思いを届けてください。

 きっと大丈夫。

 だから。

 頑張れ、あーちゃん!


 三池ハルカ




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