【約束】夏の終わりに。-2
お焼香をすませ、すぐに帰らなければいけない伊藤君を、私と浩二は火葬場の玄関ポーチまで見送りにでた。
「忙しいのに、今日はすまなかったな、伊藤」
申し訳なさそうに言う浩二に、伊藤君は、柔らかい笑みを向ける。
「日本に戻ったら、改めて墓前にお参りさせて貰うよ。その時は、一緒に酒でも呑もうや浩二。佐々木――、亜弓ちゃんも一緒に」
佐々木が二人いるからか、伊藤くんは、私を『亜弓ちゃん』と呼んだ。
なんだか、こそばゆいような恥ずかしいような妙な感覚に捕らわれて、私はちょっと焦りながらコクンと頷いた。
「うん、そうだね。呑もう、呑もう!」
「ああ。俺も、楽しみにしているよ」
浩二もそう言って、笑顔にはほど遠いものの、微かに口の端を上げる。
私は、一つ大きく息を吐き出し、背筋をしゃんと伸ばして、伊藤君の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「伊藤君」
「うん?」
「サッカー、頑張ってね。いつだって、一番に応援してるからねっ!」
これが、今の私のせいいっぱい。
友達として、親友の従姉として、サッカーという夢に挑戦し続けている伊藤君に送ることの出来る、せいいっぱいの言葉。
「ああ。ありがとう。頑張るよ」
秋めいた柔らかい日差しの下。
伊藤君の四輪駆動車が遠ざかるのを目で追いながら、浩二が静かに口を開いた。
「いいのか?」
「うん?」
「伊藤に、お前の気持ちを伝えなくても、いいのか?」
――私の気持ち。
あなたが好きだって。
誰よりも、あなたが大好きだって。
ずっと、心の一番奥深いところで、息づいていた思い。
伝えたい――。
だけど。
「……うん。いいの」
だって。
今の私じゃダメだから。
伊藤君のように、夢を叶えるために努力しているわけでも、ハルカのように、ひたむきに自分の生と向き合っているわけでもない。
ただ漫然と、なんとなく毎日を、流されるままに過ごしてきた。
そればかりか、自分の心を偽り優しい人を欺き続けて、最後には手酷く傷つけてしまった、そんな人間だ。
だから――。
「今の私じゃ、胸を張って伊藤君に好きだなんて言えないから。今は、言わない」
「……そうか」
私の気持ちを理解してくれたのか、否か。
浩二はそれ以上は何も言わずに、上着の胸の内ポケットから何か白い紙を取り出し、私に差し出した。
「はいよ」
「え?」
それは、小さな向日葵のイラストが描かれた、白い封筒だった。
封筒の真ん中に書かれている、見覚えのある女の子らしい繊細な文字列が目に入った瞬間。私は、思わず、息をのんだ。
『あーちゃんへ』
そこには、ハルカの筆跡で、そう書かれていた。
あーちゃんへ。
わたしは今、この手紙を病院のベッドの上で書いています。
昨日の発作の時、死なずにこうして生き長らえたのは、きっとこの手紙を書くために神様がわたしに下さった、最後のプレゼントなんじゃないかと思います。
あーちゃんがこの手紙を読むとき、きっと、わたしはもう、この世にはいないでしょう。
でも、わたしは、自分の人生を不幸だなんて思っていません。
私には、あーちゃんという、一番の友達がいて、浩二君という、一番大好きな人がいて、そして、かけがえのない、大切な思い出があったから。
あの、高三の夏祭りの夜。
本当は、伊藤君が好きなのに、告白をするというわたしの背中を、笑顔で押してくれたあーちゃんの手の温もり。
苦しいとき、悲しいとき、あの笑顔と手の温もりに、わたしはいつだって励まされて来ました。
もしもあの時、あーちゃんが『頑張れ!』って背中を押してくれなかったら、きっと、今のわたしはなかったし、隣に浩二くんはいなかったと思います。
本当に、ありがとう、あーちゃん。
あの時、あーちゃんは、わたしに勇気をくれました。
だから、最後にわたしから、あの手の温もりの代わりに、エールを送りたいと思います。
今、心から好きな人がいますか?
もしもいるなら、その人に、好きだと、言ってください。
思いを届けてください。
きっと大丈夫。
だから。
頑張れ、あーちゃん!
三池ハルカ




