13【最愛】特上の笑顔を。-1
従姉様をタバカッタ罪で、浩二の左頬にグーパンチをお見舞いしたあと、じんじんと痛む右手を撫で撫でしながら、
『それって、ごちゃごちゃ小難しいことをしないで、そのまま私に言えばそれで用は済んだんじゃないの?』と、私がそう言うと、浩二は涙目で左頬を押さえつつ、
「お前が、『はいそうですか。じゃあ、喜んで伊藤君にアタックします』なんて言うタマか? 意固地になって、絶対そんなことはしないっ! って言い張るだけだろう!?」と断言しくさった。
そんなことはない!
と、……きっぱり否定できない自分が、私は、少しばかり悲しい。
「それに……」
「なによ?」
まだ、何か隠しているんじゃないでしょうねっ!?
ジロリんと、睨み付けてたやったら、
「俺は、亜弓に、心から好きなヤツと幸せになって貰いたかったんだ。それは嘘じゃない……」
と、浩二はそっぽを向きながら、照れくさそうにボソボソと呟いた。
こいつめ。
泣かせることを、言うんじゃない!
と、不覚にも、少しばかり感激しちゃったことは、絶対に内緒だ。
私が、危篤の知らせを受けたとき。ハルカは、一時心肺停止状態に陥り、本当に危険な状態だったそうだ。迅速で適切な処置と、ハルカ自身の『生きたい』と言う強い思いがもたらした『奇蹟みたいなもの』だったと、後から聞かされた。
あれから、三日後。ハルカの様子はと言えば――。
「あーあ。わたしも見たかったな。あーちゃんの、彼氏さん」
ベッドに横たわるハルカは、さも残念そうに大きなため息をもらした。
さすがに、その細い腕には痛々しい点滴のチューブが繋がってはいるけど、それでも、つい三日前の危篤状態が嘘のように元気だ。
「ふふふ。もったいないから、隠しておくのよ。無闇に見せたら、減っちゃうでしょ?」
「えー、ずるい!」
からかいモード全開の私のセリフに、ハルカは少女めいた仕草で、ぷうっと頬を膨らます。
私と直也が別れたことは、ハルカには伏せてある。教えれば、ハルカはきっと自分のせいだと、心を痛めるだろう。もともとあれは、浩二が独断でやったことなんだから、ハルカが気に病むようなことじゃない。
それでも。ハルカは、きっと心を痛めてしまう。
つい三日前に、生死の境を彷徨ったばかりのハルカに、そんな心の負担を掛けたくはない。だから、浩二にもバッチリ、口止め済みだ。
「ねぇねぇ、浩二君は見たんでしょ、あーちゃんの彼。どんな感じの人だった? カッコイイ? ハンサム? イケメン?」
「……別に。普通のサラリーマン」
興味津々のハルカの問いに、私がいる方とは反対のベッドサイドの椅子に座っていた浩二は、憮然とした表情でボソリと呟いた。
ジトっと私に向けてくるその目には、そこはかとなく漂う不満感。左頬は、私の愛の鉄槌の名残で、未だに心持ち腫れている。
「でも、正直驚いたわよー。浩二ったら、ハルカと婚約したなんて一言も言わないんだから!」
そもそも、付き合っていることすら隠していました、このヤロウは。
チラリと、冷たい眼差しを送ってやったら、浩二は気まずげに視線をそらした。
さぞ、後ろめたいことだろう。なぜ隠していたのかを問いつめられたら、後ろ暗い所業が芋蔓式にでてきてしまうんだから。
う~んと、冷や汗をかくがいいんだわ。それが、因果応報っていうものよ。それにしても。
「ハルカったら、こんなお調子者の、どこがお気に召したの?」
本当。不思議でならない。
ハルカにとって浩二は、同級生で比較的仲が良かったし、何よりも初恋の相手の親友でもあったんだから、他のクラスメイトなんかよりは、親しみやすいポジションにいたとは思う。
だけどねぇ。なんというか、予想だにしないカップリングというか。
まるで、姫君と従者じゃない?
仏頂面をしている浩二の、頭のてっぺんから足先までしげしげと観察していたら、ハルカがクスクスと笑い出した。
「あのね」
「うん」
「あーちゃんに、似ていたから」
「……へ?」
私に、似ている?
って、「誰がっ!?」
ベッドを挟んで浩二と二人、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。




