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好きだと、言って。  作者: 水樹ゆう
(Ⅰ)~忘れえぬ人~亜弓編
28/33

  【沈黙】愛は盲目。-5


 何がどうして、こういう事態になったのか。

 一世一代の私の決断に捨てゼリフを吐くでもなく、「残念だよ」と、心に刺さる呟きと寂しげな笑顔を残して直也が病院から去った後。聞いた浩二の話を要約してみると、こういうことらしい。

 大前提を言えば、ハルカと伊藤君は、一度も恋人関係になったことがない……そうだ。

 確かに、高校三年のあの夏祭りの夜、ハルカは伊藤君に告白をした。

 その後。サッカー部の練習がオフの日に、何度かデートらしきこともしたらしい。

 ハルカから直接デートの話を聞いたことは無かったけれど、私もこの辺りのことは、友達からの情報でなんとなく知っていた。

『伊藤君と三池さんの、デート目撃談』

 その話を小耳に挟むたび単純な私は、『ああ、順調にいっているんだなぁ』と、すっかり二人が恋人同士になったことを、信じて疑わなかった。

 でも実際は、二人は恋人同士になるには至らなかったし、高校を出てから会うこともなかったのだとか。

『伊藤君とハルカが恋人同士』

 それは、ハッキリ言って。

 簡単に言って。

 どう言っても。

 ……私の、激しい思いこみだった。


 私の大いなる思いこみに気付いていて、浩二がそれを否定しなかった理由。

 それは、実に単純明快。根本を辿れば、『ハルカに頼まれたから』

 もちろん、『ハルカと伊藤君が恋人同士だと、私に思わせる』、なんてことを、ハルカが頼むわけはない。

 頼んだのは、『あーちゃんの伊藤君への思いの橋渡し』で、それを遂行するために、浩二が勝手に目論んだことだった。

 私に精神的な揺さぶりを掛けて本音を引き出し、『伊藤君を好きだ』と認めさせ、最終的にはハルカの願い通り、私と伊藤君はめでたくハッピー・ゴールイン!

 と、いう筋書きだったらしい……。

 そう。

 ハルカは、私の伊藤君に対する恋心を、知っていた。

 それどころか。

 浩二曰く、

 私の胸に秘めたる、否。胸に秘めていると思っていた、伊藤君に対する恋心――。『それを知らなかったのは、伊藤本人』くらいで、クラスメイトもサッカー部の連中も、はては顧問の先生まで知っていたという周知の事実だったそうだ。

 それを聞いたときの、私のショックといったら。

 言葉にできないし、したくもない……。


 ハルカはあの告白の後、ずっと、後悔していたのだそうだ。

 告白をしたことや、思いが届かなかったことをではなく、私の伊藤君に対する思いを知りながら、知らないフリをしてしまったことを、後悔していた。

 その思いは時とともに風化することもなく、恋人になった人物のせいで、もっと強くなっていく。

 その恋人っていうのが、私の従弟の浩二だったから。

『もしかしたら、あーちゃんは、今も伊藤君を思い続けているのかも。もしもそうなら、なんとかしてその思いを実らせてあげたい』

 病床のハルカにそう頼まれていた浩二は、私が『伊藤君がサッカー選手になっていることに驚いて文句の電話を入れた』ときに、『未だに伊藤君に思いを寄せている』と確信したそうで、あの手この手を使って、私と伊藤君をくっつけようと画策したのだと、そういうことらしい。


 一連の説明を、浩二から聞き終わった後。私の中にあったのは、得体のしれない脱力感。

 ここ数週間の、あの怒濤の日々は、いったい何だったんだろう?

 思わず、虚しい気持ちになっても、誰もとがめたりしないはず。

 そして、次にふつふつと湧き上がってきたのは、浩二に対する憤り。

『私の為を思ってくれた』、なんて、感謝する気持ちには到底なれない。

 そう。

 私は、心の狭ーい女なのだ。

 あの、病院帰りの車中での意地悪な質問。

 無神経な、伊藤君とのデートのセッティング。

 ……まあ、これは、私もまんまと乗っかった手前、あんまり強くは言えないけれど。

 でも。

 その後の、浩二の部屋での、あの痛い一言。

 私が、いったいどれだけダメージを受けたと思うのか。それなのに。

 全てを話し終えた浩二の、肩の荷がおりたような、この妙にスッキリした表情。

 なんだか、ムカツク。

 やっぱり、ムカツク。

 ぜったい、ムカツクっ!!

「……浩二」

 ムカツキ指数がマックスに達した私は、ドスの利いた声で唸るように浩二の名を呼んだ。

「うん?」

 って、首を傾げるその表情も爽やかですね、浩二君。

 すうっ。

 私は、大きく一つ深呼吸して、右手をグーに握りしめ、

 そして。

 浩二の左頬目がけて、思いっきりグーパンチを繰り出した。




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